負担反対は当然だがそれは破滅へ続く道

大震災からの復興に必要とされる政策は、国民に負担を強いるものだ。供給面に制約が生じているからである。この点が、数年前に生じた世界経済危機との本質的な違いだ。

世界経済危機で日本が受けた打撃は、「輸出の激減」という需要面のものであった。これに対して必要な経済政策は需要の喚起であり、それは(少なくとも直接的には)、誰にも損失を与えずに実行できる。日本では、エコカー支援などの需要喚起策が取られた。それは、特定の業界を救済したという公平の問題を含んでいたが、経済全体としての負担増にはならなかった(本当は、社会資本整備のための公共事業を増やすべきだった。私は、「戦後初めてケインズ政策が必要な事態が生じた」と考えて、公共事業拡大を主張した。拙著『未曾有の経済危機克服の処方箋』第6章を参照)。

ところが、今回生じている供給面での制約に対応するには、国内の需要を減らす必要がある。あるいは、輸出を減らして輸入を増やす必要がある。国内需要削減のためには、電気料金値上げや増税などの「負担増」がどうしても必要だ。また、純輸出(輸出-輸入)を減らすには円高が必要である。

しかし、このどれに対しても強い反対がある。前回、部分だけしか見ない意見が多いと述べた。それだけではなく、反対の多くは感情論で裏づけされている。誰も負担を望まないのだから、それは当然のことだ。

実際、負担増に対する感情的な反対意見は、すでに支配的になっている。しかし、そうした状態が続いて供給不足が解消されなければ、結局は望ましくないかたちでの負担増が実現する。

特に今年夏には需要が供給能力を超過するのが確実なため、需要を抑制しなければならない。このためには、電気利用コストがなんらかのかたちで上昇せざるをえない。問題は、それを、「料金引き上げで行なうか、それとも、停電で行なうか(あるいは自主削減で行なうか)」という選択である。

今問われていることは、「今までどおりの料金で、今までどおり電気を使い続けること」と「電気料金を値上げすること」のあいだの選択ではない。「計画停電で電気利用を強制的に切られるか」、それとも「料金を上げることで需要を削減するか」という選択なのである。

計画停電をすれば、不公平で大きな犠牲が発生する。特に医療現場で非常に深刻な問題が発生する。自家発電があっても、十分な時間の手当はできない。停電の中での出産は、きわめて危険な状態で行なわれることになる。在宅介護の場合もそうだ。命にかかわる問題が発生するのだ。

それにもかかわらず、「電気料金の値上げには絶対反対です」と言っているエコノミストがいる。私は、これを聞いて、本当に情けなくなった。

私が「ダイヤモンドオンライン」で行なっている電気料金値上げ提案に対しても、感情的な反発が多い。「事故を起こした東京電力が料金を引き上げるなどもってのほか」とか「オール電化住宅にしてしまったので、いまさら値上げなど暴論」などといった意見だ。「経済学者は我欲と銭しか頭にないのか」という意見もあった。

今のままでは夏の大規模停電は不可避なので、対策は急務だ。1、2カ月のうちにぜひとも対処する必要がある。きわめて緊急の課題だ。

介入がなければ円高になる

マクロ経済的なバランスに関する問題は、もう少し複雑でわかりにくい。

前にも述べたように、震災からの復旧のために、投資支出が増大する。投資は、民間住宅、企業設備、公的資本のすべての分野で発生する。その半面、国内総生産は供給制約で拡大できないので、格別の政策介入が行なわれなければ利子率が上昇して国内への資金流入が増大し、円高になる。これによって純輸出(輸出-輸入)が減少する。円高のために、国内生産設備を国内で再建するのでなく、海外拠点に移すことも行なわれるだろう。これは、国内での企業設備投資を減らし、国内の需給のアンバランスを緩和させる。

なお、「復興財源として無利子国債を発行する、震災復興債を外国で発行する、対外資産を取り崩して国内に環流させてそれで国債を購入する」等の提案がなされている。しかし、これらが通常の内国債発行と異なるのは、見かけ上だけである。マクロ経済与える影響は、国内での国債発行となにも違わない。

私は、円高によって純輸出が減るのが自然の動きだと考えている。しかし、円高の進行を阻止しようとする政治的バイアスは非常に強い。

実際、3月18日に協調介入が行なわれ、一時1ドル=76円台まで急騰した円レートは急落した。

協調介入が行なわれたのは、「日本が保有するアメリカ国債が売られる危険がある」とのアメリカ側の懸念があったからかもしれない。

なお、「日本経済新聞」3月19日付によれば、ガイトナー米財務長官は、15日の乗員銀行委員会において、これを懸念する質問に対して、「それはない。なぜなら日本の貯蓄率は高いから」と述べたという。

日本の貯蓄率(国民経済計算ベース)は、1980年代には確かに高かったが、その後低下し、2007年では2.2%とアメリカの3.4%より低く、先進国中で最低の水準になっている。ガイトナー長官が事実とまったく異なる認識に基づいてアメリカ国債売却を否定したのは、大変気になることだ。

また、言うまでもないことだが、日本国内でも、円高に対する反対派きわめて強い。日本を代表するある金融機関のトップは、新聞のインタビューに対して、「円高に憤りを感じる」と述べた。「復興のための資金調達が増えれば金利が上がる。金利が上がれば円高になる」ということを理解できないのだ。円高を阻止しようとするのなら、銀行は復興のための融資申し込みを断る必要がある。

外国の足長おじさんは20兆円くれるだろうか?

本当は円高を進めて国内の供給制約を緩和し、製造業の海外移転を促さなければならないのだが、円高反対の強いバイアスがある以上、それは望めない。

しかし、それでは経済全体の需給が均衡しない。円高を避けるために金融緩和がさらに進められれば、インフレが生じて消費が削減されることになる。それを避けるためには、増税を行なって消費を削減しなければならない。それにもかかわらず、「非常時に増税するのはけしからん」という意見が強くある。「復興税」を提案した自民党の谷垣禎一総裁も、党内の反対で提案を後退させている。

これまでも財政赤字の問題が議論されてきたが、それは「10年後に国内消化が難しくなる」という類いのものだった。しかし、今回、多額の復興資金需要が生じてしまったことで、それが焦眉の急になったのだ。

値上げも増税も、それらだけを取り上げれば、人びとが反対するのは明らかだ。だから、「反対」と言えば、人びとの共感を得られる。耳当たりがよいだけの意見に、人びとは惑わされる。しかし、それがもたらすものは、日本経済の破滅でしかない。

負担そのものを避けられるのは、復興に必要な20兆円分の資材を、外国の足長おじさんがタダでくれる場合だけである。

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