金融危機後の課題は財政赤字とインフレ

世界金融システムの主要な問題は、民間金融機関が抱える損失の処理から、国が抱える債務の問題にシフトした。

このことは、IMF(国際通貨基金)のGFSR(世界金融安定報告)に明確に表れている。この報告は金融危機の勃発以来、数回にわたって公表されてきたが、2010年10月からは、「ソブリンリスク」(国債のリスク)が主要なテーマとなっている。BIS(国際決済銀行)の年次報告にも、同様の問題意識の変化が見られる。

振り返ると、今回の金融危機の始まりは、06年夏頃にアメリカの住宅価格が下落に転じたことだった。それによって、金融機関に損失が発生した。08年9月のリーマン・ブラザーズ破綻で危機がピークに達し、公的資金投入がなされた。しかし、アメリカ金融機関の業績はその後急速に回復し、主要金融機関への公的資金投入分は、09年中にほぼ全額返済された。

この過程は、1990年代に生じた日本の金融危機がきわめて長期にわたったのと対照的だ。日本の場合のきっかけは、90年1月から株価が、91年から地価が、それぞれ下落し始めたことだ。それに伴い、イトマン事件などの金融不祥事、金融機関による不正融資、総会屋への利益供与などの問題が発覚した。しかし、金融機関の不良債権や損失は隠蔽され続けた。損失が公にされて処理がなされたのは、5年以上たってから後のことである。住専(住宅金融専門会社)の処理が95年12月(公的資金投入が96年)、山一證券の自主廃業が97年11月、日本長期信用銀行の破綻(一時国有化)が98年10月であった。銀行への最初の公的資金投入は98年3月に行なわれた。そして、不良債権の処理が一応終了したとされたのは、05年3月だ。

金融機関の損失の原因となった住宅価格や株価の下落から金融機関破綻のピークまで、日本では8年かかったが、アメリカは2年だった。公的資金投入から不良債権の処理終了まで、日本では7~10年を要したが、アメリカは1年あまりですんだ。危機の原因発生から処理終了まで、日本は15年以上かかったが、アメリカは3年半ですんだことになる。

金融庁は、2月24日、住専から引き継いだ債権を整理回収機構(RCC)が回収する際に生じた二次損失の処理策をまとめた。関連する預金保険法の改正案を3月に国会に提出する。危機の原因発生から、じつに21年が経過している。

アメリカの透明性と日本の不透明性

危機の進展や処理のスピードに日米で大きな差が生じたのは、アメリカの金融取引が直接金融(市場を通じて行なわれる取引)であるのに対して、日本は解説金融(銀行との相対取引)であるためだ。

アメリカでの投資対象は、住宅ローンを証券化したMBSやCMO、CDOだった。これらは、市場で取引しうる規格化された金融商品であり、その価値の低下は市場価値の下落として顕在化した。それに対して、日本の金融機関の債権は、不動産への融資であった。債権価値の悪化や発生損失額を知るには、個々の案件をいちいち評価しなければならない。

投資主体が金融機関の子会社であった点は、日米で共通している(日本では住専などのノンバンク。アメリカでは「影の銀行」と呼ばれた投資目的の特別会社SIV)。しかし、資金調達の方法は大きく違った。日本では親銀行からの融資であったが、アメリカではABCP(資産を担保にしたコマーシャルペーパー)による短期資金市場からの調達であった。日本の場合には組織内の取引なので、外部からはその実態が見えない。アメリカの場合には市場取引なので、問題がただちに顕在化する。

実際、アメリカの短期金融市場は、証券化商品の価格下落に対して、07年秋に急激に収縮した。そのため、SIVは資金調達ができなくなり、投資対象を処分せざるをえなくなった。こうして、金融危機が一気に顕在化したのである。

リーマンショックの直後、日本では、「アメリカ式貪欲金融資本主義が崩壊した」とか、「資本主義が自壊した」という議論が流行した。しかし、それらは事態の本質を見誤った皮相的なものだ。「バブルが発生して、リスクを無視した無謀な投資や融資が行なわれ、バブル崩壊の結果、金融機関に損失が発生した」という点では、どちらも同じだ。違いは、アメリカでは、市場を通じる取引だったために、損失がただちに顕在化したことだ。だから、金融危機は誰の目にも明らかなかたちで発生した。しかも急激に進行したために、ショックが大きかったのだ。それに対して日本では、組織内の取引や相対取引であるために、損失が隠蔽され続け、闇の勢力とのあいだで取引が行なわれていたのである。アメリカでの危機の進行や処理が陽性で透明であったのに対して、日本の場合には陰性で不透明だった。

残された問題と新たに発生した問題

危機の後遺症として残された問題は、日本においては、製造業が利益を回復できないことと、税収が減少したため財政赤字が拡大したことだ。アメリカにおける後遺症は、失業率が高止まりしていることだ。日本では経済活動のエンジンである企業が打撃を受けたのに対して、アメリカでは企業が雇用を調整して回復したため、勤労者家計が犠牲になった。どちらも深刻だが、日本の問題は企業のビジネスモデルと産業構造が大転換しないと解決できないのに対して、アメリカの問題は企業利益増加の効果が家計に波及すれば解決される。その意味では、日本が抱える問題のほうがずっと深刻だ。

一方、危機に対処するための政策は、新しい問題を引き起こした。アメリカの金融緩和は世界に過剰流動性を供給し、新興国と商品市場にインフレをもたらした。また、ヨーロッパとアメリカでは、ソブリンリスクが深刻化した(尚、日本の財政赤字拡大は、税収減少と無責任なバラマキ政策の結果生じたものであり、危機対応のための積極政策の結果ではないことに注意が必要だ)。

つまり、世界経済が直面する問題は、「危機の後遺症、プラス、財政赤字とインフレ」である。新たに発生した問題については、まだ解決の糸口が見えない。中国の不動産バブルの崩壊は、世界的な波及効果をもたらす可能性がある。また、原油価格、食料価格の高騰は、これから日本経済に深刻な影響を与えるだろう。

その半面で、危機を引き起こした張本人であるアメリカの金融業の利益増加は著しい(10年第3四半期の前年同期比利益増加率は33.3%)。情報関連産業は、経済危機によってもさほど大きな影響を受けず、現在も力強い成長を続けている(同41.0%)。製造業の中でもコンピュータ関連の利益増加は驚異的だ(同323.3%)。これらは、高収益の先端的な産業であり、中国などの新興国が追随できない強さを持っている。日本の製造業が、これまでの主要市場であった先進国市場を諦め、新興国市場において新興国企業との価格競争という消耗戦に突入しつつあるのと対照的だ。

結局のところ、金融危機・経済危機とは、アメリカの没落でも資本主義の次回でもなく、資本主義のダイナミズムが自己調整の過程で引き起こした激震だったのだ。

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