世界はグーグルの前にひざまずくか?

ほぼ発足当初から、私はニフティのメールサービスを使っていた。1980年代、「パソコン通信」と呼ばれていた頃の話である。

90年代の中頃、それまでニフティを使っていた人びとが、次々とインターネットメールに移行していった。企業や大学がドメインを取得し、組織メンバーにメールアドレスを配り始めたからである。私自身も大学のアドレスはもらったのだが、律儀にニフティにとどまった。

しかし、最近、ついにニフティを見限らざるをえなくなった。メールが使いにくくなってしまったからである。それまではPCに記憶させることができたIDとパスワードを、そのつど入力しなければならなくなった。PCに記憶させることは可能だが、接続を切ると、記憶が失われてしまう。

したがって、毎日、IDとパスワードを入力しなければならない。そのうえ、トップページの「メール」のボタンは画面の外にあるので、画面を動かす操作が必要だ。たいした手間ではないとはいえ、毎日無意味な操作を強いられるのは、精神的に苦痛だ。スパムメール排除機能が向上して使いやすくなったと感じていた矢先だけに残念なことだが、ニフティを主要な連絡手段にはできなくなった。

そこで、グーグルが提供するGメールに切り替えることとした。これは、登録するだけで無料で使えるサービスである。まだβ版だが、きわめて使いやすい。

サービス利用の見返りに個人情報を提供する

なにより便利なのは、メール発信者やメール内容を検索できることだ。

これまで、特定のメールを参照したいとき、多数の着信分から目的のメールを探し出す必要があった。しかし、発信者名を検索できれば、目的メールの発見はきわめて容易になる。

強力な検索サービスが利用できると、仕事の進め方だけでなく、基本的なものの考え方さえ変化する。

過去のメールを、なにも整理せず保存しておく。そして、必要なものを即座に取り出す。これだけで、さまざまなことができる。

たとえば、ある案件についての連絡や交渉の経緯を、一覧することができる。「言った言わない」問題を防ぐため、重要なやり取りは日記に残しておくことが必要だと、私はこれまで考えていた。しかし、いまやその必要はなくなった。了解事項や約束事をメールに書いておけば、ただちに経緯を一覧することができるからである。

このように、蓄積されたメールは、きわめて有用なデータベースになる。これまでもメール記録のデータベース的利用は可能だったが、強力な検索機能が利用できるようになって、その有用性は格段と高まった。もはや私は、Gメールから離れることができない。

ところで、私のメールはグーグルのサーバーに保存されている。したがって、グーグルは、私の個人情報を知り、利用することができるわけだ。

「検索連動広告」というかたちで、すでにその利用が行なわれている。発信者やメール内容を検索すると、それに関連した広告が現れる。それを見たとき、「これは単なるメールサービスではない」と、強く感じた。

私は、有用なサービスの無料利用と引き替えに、個人情報を提供しているわけである。前回述べたように、一般的検索サービスやオンライン書店のサービスを通じて、われわれはすでに個人情報をサービス供給者に提供している。それに、メールの情報が加わるわけだ。

メールの情報は、孤立的な検索語や購入書籍に比べて、はるかに詳細である。それを用いれば、サービス提供者は、原理的にはさまざまな情報を得ることができる。

メールの内容をチェックすればもちろんのこと、そこまでしなくとも、誰と誰がどのような頻度でメールを交換しているかを分析するだけで、人間関係を知ることができる。

これまでマーケティングに利用可能だった情報のほとんどは、地域、年齢、所得などで分類された集計量だった。しかし、メールサービス提供者は、個別情報を直接に知ることができるわけだ。販売者や政治家にとっては、のどから手が出るほどほしい情報だろう。

企業は従業員のメールは把握できるが、それ以外はわからない。しかし、Gメールは、社会全体のメールを鳥瞰できるのである。

原理的には、これまでも郵便配達でこの類いの情報は入手できた。しかし、人間の手作業による分析では、全体像を描くことはとてもできなかった。メールは電子情報なので、自動的な操作によって処理し、分析することができる。したがって、きわめて大量のデータを処理し、そこから目的の情報を得ることが可能になったのである。

『1984年』のビッグ・ブラザーが望んで果たせなかった全国民の監視が、技術的な観点だけから言えば、近い将来に可能になる。

グーグルは、「デスクトップ検索」というサービスも提供している。これは、個人のPC内情報の検索だ。便利なサービスだろうとは思ったが、PCの情報が見られることになるので、敬遠していた。しかし、「メールを見られている以上、PCの情報を隠したところで無意味かもしれない」と考えるようになった。私のように考えて個人情報を提供している人は、かなりいるに違いない。そして今後ますます増えるだろう。

われわれの個人情報は他国の企業に吸い上げられる

これまでも、「グーグルは全知全能であり、世界を支配する」と言われた。しかし、それは「グーグルの検索結果の上位に位置しなければ存在しないのと同じ」という意味であり、主として提供者である企業の立場からの評価であった。

しかし、ここで述べたことは、個人も含めてすべての人びとがグーグルの監視下に入る状況が、ありえなくはないということだ。

もちろん、グーグルはメールサービスを独占しているわけではない。グーグルが保有するサーバーがきわめて多数であるのは事実とはいえ、全世界の情報を把握しているわけではない。また、グーグルは、検索連動広告以外に個人情報を利用することはないだろう。

しかし、全人類がグーグルの前にひざまずくSF的世界が絶対に来ないとは断言できない。このような状況下で、個人情報保護法などまったく無意味だろう。

では、こうした事態を回避するために、何が必要だろうか。それは、サービスの供給を独占させないことだ。複数の主体が競合的なサービスを提供し、利用者が分散するなら、ただ1つの主体が全世界の個人情報を独占するような状況を回避することができる。

「複数の供給主体が競争する状態」は、これまでも求められたことだ。ただそれは、価格支配の防止を念頭に置いたものだった。競争の維持は、情報独占の防止という観点から、新しい意味を持つようになったのである。

こうした状態は、規制や法律によって実現できるものではない。優れたサービスの提供者が次々に登場することによって実現するのである。シリコンバレーの状況を見ると、期待が持てそうだ。

しかし、日本にそうした提供者は登場しそうにない。政府が「日本は世界最先端のIT国家」などと寝言を言っているあいだに、日本人の個人情報は他国の企業に吸い上げられつつある。日本人はこのことをはっきりと自覚する必要がある。

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