1ドル=80円でもまだ4割ほど円安

「円高が進んでおり、過去最高値に近づきつつある」というのが一般の認識だ。しかし、「そうではない」と何度かこの連載で書いた。その理由は次のとおりだ。

1995年から現在までの間に、日本の物価はほとんど上がらなかった。しかし、アメリカの物価はかなり上がった。消費者物価指数(CPI)で見れば、2009年の平均値は、95年平均値に対してアメリカでは41%高いが、日本では0.4%低くなっている。

簡単化のために、95年の為替レートを1ドル=80円とし、物価上昇率の端数を無視しよう。アメリカで95年に1ドルであったものは、平均すれば09年には1.4ドルになっている。

95年においてこれと同価値のものは、日本では80円だったのだが、それは今でも80円である。したがって、09年においてもこれらが同価値であるためには、1.4ドル=80円、つまり1ドル=57円でなければならない。

そうでなければ、本来は同価値のものが、日米で異なる価格付けをされることになる。たとえば、為替レートが1ドル=80円のままでは、日本で80円のものをアメリカに輸出すれば、1ドルで売れる(輸送費などを無視する)。ところが、その商品はアメリカでは1.4ドルになっているのだから、日本からの輸入品が圧倒的な価格競争力を持つことになってしまう。

ところで、こうした考え方には批判がある。実務家の観点からすると、「今でも4割ほど円安」というのは、とうてい受け入れられない暴論だというのだ。

批判の根拠は、価格指数の取り方に関するものだ。アメリカの消費者物価が上がっているのは、サービス価格が上昇しているためであり、貿易可能財である自動車などの価格は上がっていない。むしろ下がっている。だから、「95年と同じ名目為替レートであっても苦しい」というものだ。

この議論は一見したところもっともらしい。しかし誤りである。なぜなら、「アメリカで価格が下がっている財は、日本ではもっと下がっている」ことを忘れているからだ。

やや煩雑な計算になるが、そのことを数値で示してみよう。ここでは、自動車などを含めた「耐久財」の価格を用いることとする。耐久財の価格指数は、95年から09年の間に、アメリカかでは128から110に下落し、日本では142から83に下落した。95年に142円の耐久財をアメリカに輸出すれば、142/80ドルと評価された。この耐久財は、アメリカでは09年には(142/80)×(110/128)ドルになっている。これが日本で83円と評価される為替レートを1ドル=f円とすれば、(142/80)×(110/128)×f=83である。これを解くと、f=54.4となる。

したがって、「1ドル80円であっても4割方円安であって、本来は50円台でなければならない」というのは、耐久財の価格を取っても成立する結論なのである。

この結果は、次のように解釈してもよいだろう。95年から09年の間に、1ドルで買える耐久財の量は、1.16倍に増えた。しかし、1円で買える耐久財の量も増えて、1.71倍になった。だから、円の購買力はドルよりも、1.71/1.16=1.47倍に高まったことになる。したがって、名目為替レートは、1.47倍だけ円高になっていなければならないのだ。

金利平価で考えても同じ結論になる

以上で述べた結論は、「金利平価」という考えで導くこともできる。

これは、「日米金利差と同率だけ円がドルに対して増加する必要がある」という関係だ。なぜなら、円増価率が金利差より小さければ、「円で借りてドルに転換し、ドル資産で運用してから円に戻す」という取引(円キャリー取引)が確実に利益を生んでしまい、日本からアメリカへの資本流出が際限なく進んでしまうからだ。

ところで、名目金利は、実質金利プラス物価上昇率である。したがって、仮に日米両国の実質金利が等しいとすれば、日米金利差は、日米の物価上昇率の差に等しくなる。したがって、円はドルに対して消費者物価上昇率の差に等しい率で増加しなければならない。これは、上で述べた購買力平価説にほかならない。

具体的な数字で言えば、次のとおりだ。

アメリカのCPI上昇率は、95年から09年の平均値で見て、年率2.47%である。他方、日本では、-0.03%だ。したがって、物価上昇率の差は2.5%であり、これがほぼ日米金利差に等しい。したがって、円はドルに対して年率2.5%、14年間では41%増加しなければならない。

右に述べたのは、耐久財の物価でも、ほぼ同じ結論になるということだ。

すなわち、アメリカの耐久財価格上昇率は、95年から09年の平均値で見て、年率-1.1%である。他方、日本では、-3.8%だ。したがって、耐久財価格上昇率の差は2.7%になる。

この値を使って購買力平価式を当てはめれば、円はドルに対して年率2.7%、14年間では45%増価しなければならない。CPIで計算するのと若干の差はあるが、ほぼ同一の結論だ。

このように、重要なのは物価上昇率そのものではなく、上昇率の差なのである。そして、差に関しては、CPIで見ても耐久財価格で見ても、大きな差はない。以上で述べたことをまとめれば、次のようになる。

金利差=CPI上昇率の差=耐久財価格下落率の差=円の増価率

円高が日本企業衰退の原因ではない

95年以降07年までの期間において、購買力平価や金利平価に比較して、円は大幅に過小評価された。

そのきっかけをつくったのは、90年代後半以降の為替介入であり、特に03年から04年にかけて行なわれた未曾有の大規模介入だった。それが円高にならないという期待を高め、円キャリー取引を誘発し、さらに円安を加速した。したがって、これは「円安が円安を呼ぶ」という「円安バブル」であった。

それによって、日本の輸出産業(とりわけ自動車産業)の価格競争力は、実力以上に強くなったのである。

金融危機によって円キャリー取引が破綻し、円安バブルも崩壊した。そして、為替レートは正常に戻りつつあるのだ。

ところで、購買力平価にせよ金利平価にせよ、得られる結論は、為替レートの「水準」に関して評価するには、いずれかの時点のレートを「正常なレート」と仮定する必要がある。基準時点を変えれば、現在の為替レートの水準に関する評価も変わる。

ここでの議論では、95年のレートを正常なレートだと考えた。それには理由がある。95年以前には、大規模な為替介入がなかったからだ。90年代後半以降、顕著に介入が行なわれて為替レートが歪んでしまったのである。

つまり、「90年代後半以降07年までの為替レートが異常に円安であり、日本産業の価格競争力が過大評価されていた」という結論は、ほぼ間違いない。少なくとも、日本企業が衰退した原因が、07年以降の円高にあるのではないことは明らかだ。日本企業が目指すべきは、1ドル=50円台や60円台で利益が得られるビジネスモデルを確立することである。

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