中国抜きのTPPは輸出産業にも問題

TPP(環太平洋経済連携協定)についての議論が行なわれている。問題は農業保護と貿易自由化の兼ね合いであると、一般には考えられている。すなわち、「輸出産業の立場からはTPPに参加して貿易自由化を促進するのが望ましいのだが、引き換えに農産物に対する関税撤廃を求められる。そこで、農業関係者を説得し、農業を以下に保護するかを考えなければならない」という理解である。

確かに、農業問題は重要だ。しかし、その前に検討すべきは、「TPPによる関税引き下げが輸出産業にとって本当に望ましいか」という問題なのである。TPPが貿易を拡大するのは自明のことと考える人が多いが、必ずしもそうではないのだ。

これは、「関税同盟の理論」として、1950年代にヴァイナーなどの経済学者によって議論されてきた問題である。そこで得られた結論は、「関税同盟によってかえって貿易が阻害されることもある」ということだ。だから、貿易自由化の観点から見て、関税同盟は必ずしも正当化できるものではない。本来は、輸出産業の立場から見ても慎重に考えるべき問題なのだ。ただし、この議論は簡単に理解できるものではないので、説明が必要だろう。

TPPはFTA(自由貿易協定)の拡大版なので、まずFTAの貿易阻害可能性について説明しよう。

FTAが締結されれば、協定国との貿易は、FTAがない場合に比べて増大する。これは明らかだ。しかし、二国間協定であるために、協定国以外の国との貿易が阻害される可能性があるのだ。

日本のFTAは海外進出した日本企業の現地工場が日本から部品を輸入する際の関税引き下げを目的としている場合が多いので、それを例にとって説明すれば、次のとおりだ。仮に、日本がたいとはFTAを結ぶが、中国とは結ばないとする。すると、タイに進出した日本の現地企業は、日本から部品を関税なしで輸入することができるので、生産コストを引き下げられる。したがって、日本とタイの貿易は増えるだろう。しかし、中国の現地工場はそうした利益は享受できない。したがって、本来は中国への部品の輸出を増やすべきなのだが、それが実現しないことになる。「中国との貿易を増やすのが望ましい」と言っているのではない。「タイとのFTAがない場合に比べて、中国との貿易が減少することが問題」と言っているのだ。関税を抜きにして考えれば、中国の現地生産のほうがタイの現地生産より効率的に行なえる可能性があるにもかかわらず、中国とタイの関税の相対関係が歪んでしまうために、最適な生産配分が達成できない可能性があるのだ。この攪乱効果は、「貿易転換効果」(trade diversion effect)と呼ばれている。

セカンド・ベストは状況を悪化させることも

TPPは多国間協定なので、一見するとFTAのような問題は生じないような気がする。しかし、そうではない。

今提案されているTPPでは、中国が入っていないため、上の例と同じ問題が生じる。つまり、中国との貿易は阻害されるだろう。

中国はいまや日本にとって最大の貿易国であり、中国抜きでの経済活動は考えられない。そうした条件下において中国を排除した協定が日本にとっていかなる意味を持つかは、慎重に考えるべき問題だ。

この問題を避けるには、中国も協定に入れる必要がある。しかし、仮にそれが実現しても、協定に入っていない国はまだ残っているので、やはり問題が生じる。たとえば、本来は東欧に建設した現地工場に部品を輸出するのが望ましいにもかかわらず、TPP圏内の貿易だけが不当に増える、ということが起こりうる。

結局のところ、全世界がWTO(世界貿易機関)を通じて関税引き下げを行なわなければ、問題は解決されないのだ。

WTOを通じて関税を一律に引き下げるのは「ファースト・ベスト」だ。しかし、WTOでの交渉はなかなか進まない。そこで、FTA推進論者は、次のように主張する。「FTAはファースト・ベストではないが、セカンド・ベストだ。だから、状況は現状よりは改善されるだろう」。

しかし、関税同盟の議論は、「セカンド・ベストは必ずしも改善にはならない。かえって事態を悪化させることもある」と指摘しているのである。こうした指摘は、日本ではFTA推進論者の主張にかき消されて顧みられないが、忘れてはならないものだ。

TPPは中国を排除する仲よしクラブ

以上で述べたのは、協定参加国の立場から見ての、経済的な側面の議論である。

協定非参加国の立場から見れば、関税同盟が迷惑であることは明らかだ。

たとえば、韓国がアメリカとFTAを結ぶとしよう。すると、アメリカとの貿易において、日本は韓国に比べて不利な立場に置かれる。韓国とアメリカのFTAは、日本にとっては迷惑なものなのである。

今回のTPPに関しても、「もし日本が参加しないと、日本は仲間はずれにされてバスに乗り遅れる」という議論が行なわれている。確かに、そのとおりだ。特定国間の関税同盟は、非参加国から見れば、迷惑以外の何物でもないのである。

仮に日本が入ったとしても、中国が排除されていることは、中国の立場から見れば大きな問題だ。「これは中国を排斥するための仲よしクラブの結成だ」と中国が受け取ったとしても、少しも不思議はない。それは、中国との政治的な関係に悪影響をもたらすだろう。世界第二位の経済大国になった国を排斥する同盟関係をつくることは、政治的に見て決して得策とは言えない。

交渉の経緯も、いささか奇妙だ。元々は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド間の協定として2006年に発足したものだ。そこにアメリカが突然入ってきたのは、直接的には農産物輸出の拡大が目的だったのだろう。

しかし、結果的には、中国を排除する経済圏が太平洋圏につくられることになる。今提案されているTPPに参加する可能性がある国は、日米以外は、経済規模がそれほど大きな国ではない。参加可能国の中では、日本とアメリカが圧倒的なシェアを持っている。つまり、これは事実上は日米間のFTAなのである。

最後に誤解のないように述べておきたい。ここでの議論はTPPに対して懐疑的なものであるが、それは国内農業保護の立場からのものではない。

私は農産物の関税撤廃には大賛成だ。現在の農産物輸入にかかる高い関税のために、日本の食料品価格は国際的に見て、非常に高くなっている。この結果、日本の家計は、多額の食料費の支出を強いられているのだ。日本のエンゲル係数は、先進国の中では異常な高さになっている。家計の犠牲において、日本の農業が成立しているのである。

しかも、そうした手厚い保護を行なうことによって日本の農業の生産性が上昇したかと言えば、決してそんなことはない。むしろ、保護があるために生産性向上のインセンティブが失われ、農業生産性は低下した。

農業の自由化は本来はTPPとは独立に進めるべき課題だが、仮にTPPがそれを進めるためのショックになるのであれば、それは意味があることと考えられる。TPPに関して積極的な意義を認めうるのは、この点だけだ。

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