なぜ異常な円安が批判されないか

円安が進んでいる。先頃公表されたBIS(国際決済銀行)の年次報告書は、最近の円安を「明らかに異常」と指摘している。

主要通貨との為替レートを1年前と比較してみると、次のとおりだ。ドルに対しては、1ドル114円から123円台に下落。ユーロに対しては、1ユーロ146円から165円台に下落(最安値)。ポンドに対しては、1ポンド211円から246円台に下落。実効為替レートで見ると、1985年9月のプラザ合意以前の安値になっている。

海外とのあいだに金利差がある状態での円安進行は、理解しがたい現象である。日本の金利が低い状態は、本来は、為替レートが円高に動くことで調整されるはずだからだ。

このメカニズムが働かない理由として考えられるのは、投資資金が円からほかの通貨へ逃げていることだ。つまり、円が見捨てられているのである。

日本の経済成長率が低いので、世界の投資資金が集まらなくなっているが、それだけでなく、日本人の個人投資家も海外投資を増加させている。現在までのところ、幸いなことに、「キャピタルフライト」と言われるような急激な動きにはなっていない。しかし、こうした傾向が続くのは、ゆゆしき現象だ。

他方で、日本国内で円安を問題視する声は、ほとんど聞かれない。株式市場は、むしろ、「円安による企業業績の拡大」を歓迎し、株価は7年ぶりの高値を記録している。参議院選挙を前に、本来は通貨価値をめぐって真剣な経済論議が起こらなければならないのだが、年金記録問題にとらわれて、まったく議論が起こらない(なおざりにされているのは円安問題だけでない。税制などの基本問題もそうだ。また、一時はフィーバーしたかのように取り上げられた格差問題も、すっかり下火になってしまった)。

むしろ円安の維持を求められている日本

日本では、為替レートは日常生活で直接に感知されないので、円安を問題ととらえる人びとが少なく、円安は政治的な問題にはならない。その半面で、輸出産業の声が経済政策に強く反映され、政策は円安方向に引きずられる。

これまでは、円安に対して海外から批判が生じ、ある種の牽制機能を果たしてきた。85年にアメリカの自動車産業からの圧力でプラザ合意がなされたことは、まだ記憶に新しい。しかし、最近では、そうした声が海外からほとんど聞かれなくなった。G7でも、円安に対する批判は聞かれない。プラザ合意の時代は、はるかに遠い昔になってしまったと感じる。

こうなった原因としては、いくつかのものが挙げられる。第一に、製造業の輸出国として世界が注目しているのは、日本ではなく中国になった。円安で日本の輸出が伸びても、もはや大きな問題とは見なされなくなったのだ。

第二の理由は、先進国の経済構造が、製造業中心のものから脱却してしまったことである。アメリカに自動車産業は残っているが、もはや衰退産業で、アメリカが国家的に支えようとする動きはない。

ヨーロッパでも、ドイツなどを別とすれば、産業構造は大きく変わり、製造業からの脱却が進んだ。だから、輸出増加のために、通貨をことさら安くしようとする必要はなくなった。ユーロ高に対して、EUが歯止めをかけようとする気配は見られない。

第三に、日本が安い資金コストで世界に資金を供給することが必要と考えられている。したがって、日本が今後も超金融緩和を継続して円安を維持することが望まれているのだ。

このように外圧がなくなった今、円はとめどもなく減価してしまう恐れがある。さらに問題なのは、日本政府自体がこれに対する利害関係者になってしまっていることだ。

巨額の外貨準備を主としてドル建て資産で保有しているからである。したがって、政府自身が、円高への動きを阻止したいという強い動機を持っている。

この動きに歯止めをかける可能性がある唯一のものは、日本人の海外における購買力の低下である。最近イギリスを旅行すると、ホテルや食べ物が高くて驚いたという話を聞く。ヨーロッパに駐在して円で給与が決まっている人たちは、生活が苦しくなっているとも聞く。

本来は、こうした購買力の変化が為替に影響するはずだ。しかし、旅行者の経験は一時的なものだし、外国旅行は高すぎるなら、しなければよいだけの話だ。海外駐在の人びとにとって問題は深刻だが、彼らの声は国内政治には届かない。それに、これらの人びとは国民全体からすると、それほど大きな比重を占めるわけではないので、いずれにしても政治的な圧力にはなりえない。

自国通貨を見限ることは経済政策への反対表明

このように、円安をとどめる要因がほとんど考えられない。円安になっても差し迫った問題を引き起こすわけではないので、その傾向が続く。

もちろん、購買力が低下しているのは、海外旅行者や海外勤務者だけではない。円で労働の対価を得るすべての人びと、そして円で資産を保有するすべての人びとの購買力が低下している。しかし、この変化は目に見えるかたちでは表れないので、問題であると意識されない。

しかし、長期的に見ると、現在の状況は、きわめて深刻な問題をもたらす危険を内包しているのだ。

第一は、インフレの危険だ。ここ数年の顕著な資源・原料高に円安が重なれば、日本の輸入物価は高騰する。これは国民生活に深刻な問題をもたらしうるものだ。現在のような物価情勢のなかで「インフレの危険」などと言っても、耳を貸す人は少ないかもしれない。しかし、インフレは家計にとって最も過酷な負担となる。したがって、いくら警告してもし過ぎることはない。

第二は、日本人の海外投資が増えることだ。最近では、外貨建ての投資信託の売れ行きが好調であることに見られるように、個人の外貨投資の増加が顕著である。わずか1年程度のあいだに大きく値上がりしたなどという話が身近に聞かれると、資産を適切に運用しなければならない退職後の人びとは動揺する。

自国通貨で資産を保有することがリスクとなり、外国に投資しなければならなくなるような事態は、まことにゆゆしきことだ。それは、日本国民が日本政府と日本銀行の政策を信頼しないことを意味するからである。しかし、自分自身を守るために、そうしたことを考えざるをえなくなってきているのかもしれない。

国民は選挙を通じて経済政策に反対の票を投じることができるが、それだけでなく、自国通貨を見限ることによってもその意思を表明できるのである。最近の個人投資家の円離れ現象は、そのことを意味するものだ。

そして第三の問題は、円安に依存する国内産業構造が温存されてしまうことである。これまでの超金融緩和で生き延びた重厚長大産業は、世界的な原材料高に支えられて好調だ。そして、買収防衛策で殻に閉じこもる。その半面で、本来は日本の将来を支えるべき新しい企業が育たない。東証マザーズなどの新興株式市場は、ライブドア事件や村上ファンド事件以来、惨憺たるありさまだ。

このような閉塞的状況から抜け出すきっかけは、残念なことに、どこにも見出すことができない。

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