法人税引き下げでなく課税ベース拡大が必要

2011年度税制改革の焦点は、法人税率の引き下げであるとされている。引き下げが必要である理由として、「日本では法人税の実効税率が高い」ということが挙げられている。

しかし、「実効税率」と言われているものは、課税所得に対する表面的な税率であり、法人の実際の負担率とのあいだにはかなりの乖離がある。

この連載の第530回で述べたように、税務上の利益は企業会計上の利益に比べてかなり圧縮されている。したがって、分母に会計上の利益を取ると、企業の実際の負担率は、せいぜい30%程度にすぎない。個々の企業について決算書から税引き前純利益に対する法人課税(法人税、事業税、住民税)の負担率を計算すると、企業によって差があるが、30%台のところが多い。

ところで、10月25日に、09年度の法人税に関する数字が公表された。それによると、申告所得は33兆8310億円、申告欠損額は27兆3632兆円だった。したがって、ネットでは6兆4678億円になる(なお、法人税収は8兆7296億円で、前年度比10.1%の減収)。

他方で、法人企業統計での09年の純利益は、金融業、保険業を除くベースでも18兆8136億円だ(金融業、保険業を含むベースでの税引き前純利益は、現在公表されている資料では不明)。したがって、税務上の利益は、企業会計上の利益に比べてかなり圧縮されていることがわかる(法人企業統計の対象は国税統計の対象と完全に一致しているわけではないが、金融業、保険業を含めれば、ほぼ同じである)。

第531回では、過去の数字の比較から、「不況期には企業会計上の利益と税務上の利益の乖離が拡大するようだ」と述べた。09年度は、製造業の利益が大きく落ち込む戦後最悪の状況の年であった。このために、税務上の利益が大きく圧縮されたのであろう。

ところで、上で述べた欠損金額からもわかるように、日本ではほとんどの法人がじつは法人税を支払っていない。黒字法人の全法人に占める比率は08年度では約3割だったが、09年度ではさらに下がり、25.5%にまで低下した。これは、記録の取れる期間で最低の値である。そして、これは09年度だけで終わりになることではなく、繰り越し欠損の影響で、今後もしばらくの期間は続くと考えられる。

法人税を払っていない企業にとっては、法人税率がどんな水準にあろうが、関係はない。彼らにとっては、実効税率がいくらかということは、仮想世界の話だ。だから、法人税率を下げたところで、なんの関係もない。そのような企業が、全体の4分の3も存在するのである。

実効税率は、「仮に払ったとしたらどうなるか」ということだ。実際には払っていない法人が多いのだから、ほとんど無意味なものだ。通常用いられる実効税率があまり意味がない今1つの理由は、ここにある。

企業にとっての大きな負担は社会保険料

7割を超える法人が赤字というのは、奇妙なことである。それでは、法人として存続して事業を行なう意味がないからだ。ただし、「これは法人税の課税所得で見れば赤字」ということであって、企業会計的な意味の利益で赤字というわけでは必ずしもない。

このような基本的な事実が認識されず、「日本の法人税率は高いから問題」という議論が、経済政策決定の場で堂々とまかり通っているのは、驚くべきことだ。

法人税の負担が企業の活力をそいでいると言われる。しかし、法人税は企業の利益に対して課される税なので、企業にとってコストになるわけではない。

企業にとっての公的負担で最も問題なのは、社会保険料の事業主負担である。財務省の資料から10年の国民負担率(国民所得に対する比率)を見ると、法人所得課税が3.4%に対して、社会保障負担率は17.5%である。

大ざっぱに後者の半分が事業主負担だと考えると、9%近くになり、法人所得課税の3倍近い水準になる(国民年金や国民健康保険については事業主負担がないので、実際はこれより低いだろう。しかし、2倍をかなり超えていることは間違いない)。しかも、法人税とは違って利益の有無にかかわらず生じる負担だから、企業のコストを高めることになる。もし「公的負担が企業のコストを高める」と主張したいのであれば、これを問題にすべきである。法人税の負担を問題にするのは、まったく的はずれだ。

しかも、厚生年金は、本来あるべき水準より重い負担を負っている。なぜなら、基礎年金制度を通じて、国民年金の負担の一部を負っているからである。国民年金保険料の未納が増えると、厚生年金の負担が増えるような構造になっている。したがって、企業の立場から言えば、法人税を問題にするのではなく、国民年金未納の尻ぬぐいを厚生年金が行なっていることを問題視すべきだ(ただし、国民年金保険料の未納の大きな原因は、企業が非正規雇用を増やした結果、それまでなら厚生年金に入っていたはずの労働者が国民年金の対象とされたことであるから、企業に責任がないわけではないが)。

現在の法人税制では十分な税収が上げられない

財務省の資料によると、日本の法人所得課税のGDPに対する比率は1.5%でしかなく、イギリス、イタリア、韓国の4割程度の水準でしかない。法人負担は高いのではなく、低いのだ。「日本で法人税の負担が重い」というのは、まったく事実に反する。こうなってしまうのは、赤字法人が多いからである。

ところで、日本でも、昔からこのように赤字法人が多かったわけではない。1970年代頃まで、赤字法人は全法人の3割程度でしかなかった。80年代に赤字法人が増えたが、比率が5割程度であった。90年代になって日本経済の不調が明確になるにつれて、赤字法人の比率が7割程度にまで上昇したのだ。

つまり、現在の法人税の仕組みは、日本企業の利益率低下に適切に対処していない。日本経済の現実に照らすと、現在の法人税制では、十分な税収を上げられないのだ。このように、日本の法人税の問題は、法人税の負担が全体として重いことではなく、一部の企業に集中してかかることなのである。だから、改革が必要である。

なすべきことは、税率を引き下げることではなく、課税ベースを広げることである。課税ベースが十分に広がれば、税率は下がる。

たとえば、付加価値は全産業で263兆円程度あるから、これを課税ベースとすれば、5%の税率で13兆円の収入になる。このように、広い課税ベースで税率を下げることを目的とすべきだ。

利益はかなりの程度操作可能だが、付加価値は操作できない。したがって、脱税や節税をしにくい。だから、公平でもあり、経済活動を攪乱することが少ない。税率が高いことは、脱税や節税に対して強いインセンティブを与えることになる。また、経済活動を攪乱する程度も高い。したがって、「広く薄い」課税にすることが必要なのである。

法人税について改革すべきは、このような点である。政府が来年度予算において行なおうとしている法人税率の引き下げは、誤った現状認識に基づく誤った方向のものと考えざるをえない。

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