さらに失われる十年の入り口に立つ日本

中国への輸出が鈍化したことなどで、昨年春以来増加してきた輸出が全体として伸び悩んでいる。国内では、エコカーの買い替え補助がすでに終了した。鉱工業生産指数はすでに6月から減少に転じている。7~9月期の実質GDP成長率は、マイナスになる可能性が高い。

こうしたことを背景として、政府は10月の月例経済報告において景気判断を1年8か月ぶりに下方修正し、「足踏み」とした。しかし、これからの日本経済は、むしろ「下落」すると考えるべきだろう。

ただし、現在の日本経済にとって最重要の問題は、景気の変動ではない。経済の構造が大きく変わろうとしていることである。

これを考える際の重要な指標は、為替レートだ。円高が問題だとされ、9月中旬に介入が行なわれた。しかし、その効果はごく一時的だった。現在は、介入前を超える円高が進んでいる。介入で円高の流れを変えられないことが、これではっきりした。

2003年、04年の介入時には、海外との金利差が大きかった。そのため、介入が円キャリー取引を誘発して著しい円安が進行した。しかし、先進諸国が金利を引き下げた現在の環境では、日本がいくら介入しても為替レートを恒常的に円安にすることはできない。それに、世界の1日の為替取引額は4兆ドルと言われるから、2兆円程度の介入資金で流れを変えられないのは当然だ。損失を被るだけのことである。

物事には、できることとできないことがある。その区別をはっきり認識しなければならない。為替レートについて言えば、07年頃までのような円安にはできないことを認識し、円高が今後も進むことを前提として企業戦略や経済政策を考える必要がある。

円高を背景として、製造業の日本脱出が加速している。輸出型製造業の多くにとって、もはや国内生産は不可能になった。亀山第一工場液晶パネル生産工程の中国への移管に当たってシャープの片山幹生社長は、「先端技術をもってしても、もはや国内の生産で利益を上げることはできない」と述べた。これが問題の本質を正確に表している。

すでに怒涛のように生じている生産拠点の海外移転が、今後はさらに進展するだろう。その結果、設備投資や雇用が増えないだけではなく、国内に膨大な過剰設備と過剰雇用が残されることになる。

これに対して必要なのは、産業構造の大改革だ。今日本が直面しているのは、契機の問題ではなく、構造変化である。

アリバイづくりでしかない補正予算

ところが、多くの人は、日本経済の現在の問題を、景気変動としてしかとらえていない。それが補正予算案にも明確に表れている。実際、今回の補正予算案の中身は、雇用調整助成金の要件緩和、エコポイント制度の延長など、自民党時代に導入された政策の延長が中心だ。これらは緊急避難策であり、日本の雇用情勢や産業構造を変えるものではない(むしろ、従来の構造を温存することが目的だ)。

このところ、秋に補正で経済対策をするのが、年中行事になってしまった。経済危機後の緊急対策はやむをえなかったが、その時期が終わったにもかかわらず、惰性的に続けられている。

補正予算が年中行事として組まれるのは、なにもしなければ無策と批判されるからだ。そこで、最初に5兆円という規模を決めて、政策をかき集めた。これでは、「アリバイづくりのため」としか言いようがない。「対策はしている」との言い訳のために対応を続けたところで、未来への展望は決して開けない。日本の現在の産業構造が世界経済の変化に対応していないのだから、このままでは「さらに失われる10年」になる。

今回の補正予算案で唯一評価できるのは、公共事業である。完成間近で工事が中止され、ぶつ切れ状態だった高速道路がつながることが期待される。

都市のインフラ整備は、重要な課題だ。後に述べるような高度なサービス産業実現のためにも、不可欠である。しかも、こうした事業は、政府でしか実行できない。

そして、行なうべきことは、まだたくさんある。世界の大都市で環状高速道路がないのは、日本くらいだ。古くからの既成市街地があるロンドンですら、1990年代に実現した。

東京でも、首都高速道路のC2(中央環状線)の開通によって、西部の交通事情はだいぶ変わった。また、JR中央線の高架化も、地域の状況を大きく変えた。

経済危機の経済対策として、雇用調整助成金やエコカーの買い替え補助でなく、建設国債の発行による公共事業増はありえた。それによって、日本のインフラストラクチャの状況は大きく変わったはずだ。

ところが、公共事業悪者論が一般的になっているために、必要なものも含めて、すべての公共投資が圧縮されてしまった。

公共事業の中にムダなものが含まれていることは事実だ。しかし、すべての公共事業を否定し、「コンクリートから人へ」というのでは、あまりに雑駁だ。日本は、こうした感情論によって、千載一遇のチャンスを取り逃したことになる。

成長のために必要なのは高度なサービス

日本企業が海外移転する理由の1つとして、法人税の影響が言われる。しかし、この考えは間違いだ。日本は全世界所得に課税する仕組みなので、生産拠点を海外に移したところで税負担が減るわけではない。企業の立場から見て現実に大きな負担になっているのは、社会保険料の事業主負担である。ただし、それを軽減するのは困難であるし、少しばかり軽減したところで、企業の決定が影響を受けることはないだろう。

介護分野での雇用創出が提案されている。この分野が現在100万人単位で雇用を吸収できるほぼ唯一の分野であるのは、間違いない。しかし、介護だけでは日本経済全体の状況は変わらない。雇用を量的に確保するために介護制度の改革(規制緩和)が必要なことは事実だが、それだけで日本経済が成長できるわけではない。どうしても必要なのは、新しい産業だ。具体的には、高度なサービス産業である。

これは、すぐに実現できることではないし、雇用への即効的効果もない。しかし、もう20年ものあいだ、「即効性のあるもの」という緊急対策しか行なってこなかったから日本が衰退したのだ。場当たり的対処からの脱却こそが、今求められているものである。

「日本はモノづくり大国だから、製造業に期待するしかない」という意見が日本では支配的だ。この意見に欠けているのは、国際分業の視点である。新興国が工業化したことを前提として、日本が比較優位を持ちうるのがいかなる分野かを考える必要がある。

そして、現実にすでに製造業が日本を脱出しつつあるのだ。これは、マーケットが求める国際分業の姿である。こうした大きな変化が現実に起こっているにもかかわらず、相も変わらず「モノづくり大国論」に固執するのは、あまりに現実を無視した考えとしか言いようがない。今の日本は、大きな転換点にさしかかっているのである。

高度な先端的サービス産業のためには、人材の育成がなにより必要だ。これまで20年以上放置されてきた課題に全力を挙げて取り組むことが、今求められている。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments