ストック劣化対策は人的資本の増強で

経済の議論は、所得や消費などのフロー量を中心として行なわれることが多い。しかし、ストック面から経済を見ることも重要である。所得などのフローを生み出すのはストックであるから、一国経済の長期的なパフォーマンスを決めるのは、国が保有するストックの量と質だ。

財政赤字の論議においても、通常は毎年度の赤字が問題にされる。しかし、本当に重要なのはストック、つまり国債残高である。

消費税の税率引き上げなどで増税を行なえば、単年度の赤字は確かに縮小する。つまり、フロー面での問題は解決される。しかし、既発行国債の残高はそのままだ。つまり、ストック面では直ちには改善しない。金融機関が巨額の国債を抱えている事実にも、なんの変化も生じない。

国債の発行をどこまで続けられるかも、ストック面の条件によって決まる。金融機関の資産がすべて国債になれば、それ以上は購入できない。

現在の日本では、金融機関の資産中で企業貸し付けが減少することで国債が増えている。国民経済計算のストック統計で金融機関の期末貸借対照表を見ると、「貸し付け」が1998年末の1640兆円から、2008年末の1250兆円へと390兆円も減少する半面で、「株式以外の証券」(その大部分は国債であると考えられる)が、同期間に578兆円から826兆円へと248兆円増加しているのである。

しかし、このような資産構成の変化は、ストックの観点から日本経済を見た場合には、大きな問題だ。なぜなら、国債の価値を支えている要因は、確実ではないからである。

企業への貸し付けは、企業の生産設備に対応している。それは、製品を生産して収益を生み出す。それが貸し付け資産の価値を支えている。国債の場合にも、建設国債であれば、社会資本に対応していると考えられる。それは、将来の生産力に寄与するものだ。

しかし、現存している国債の大部分は、赤字国債である。それで調達された資金は、消費支出や移転支出などに充てられたと考えることができる。したがって、赤字国債には、対応する資産がない。その資産価値を支えているのは、将来時点での国の税収だけだ。しかし、国全体の生産力が落ちれば、将来の税収も落ちる。つまり、現在の国債残高の多くは、資産価値の根拠が不確実なのである。

企業に対する貸し付けの場合には、企業の状況を調べて返済能力がどの程度かを客観的に評価できる。しかも、すべての企業の資産が一様に劣化するわけではない。

しかし、国の場合には、将来の返済能力は将来の政治的状況にも依存しているので、確実には評価できない。しかも、国債は基本的には単一の資産であるから、条件が悪化すればすべてが劣化する。だから、国の返済能力に少しでも疑問が生じれば、国債の価値は下落し、金融機関の資産が大きく劣化する。

日本経済のストックが劣化している

国債発行の問題点として経済学の教科書で指摘されているのは、「クラウディングアウト」だ。これは、国債発行に伴って利子率が上昇し、その結果、民間設備投資が「追い出される」(クラウドアウト)現象を指す。

なぜこれが問題かと言えば、設備投資が減少する結果、生産設備のストックが(クラウディングアウトがない場合に比べて)減少するからである。

ところで、現在の日本でクラウディングアウトは起こっていない。これまでのところ、日本における国債の消化には、なんの問題も生じていない。

しかし、そうなるのは、すでに述べたように、金融機関の資産中で企業貸し出しが減少しているからだ。だから、「生産設備のストックの現象」という問題は、クラウディングアウトの場合と同じように生じているのである。

企業に対する貸し付けが減少し、その半面で国債だけが増加しているため、日本経済全体をストックの観点から見たとき、経済的に価値のある資産が減少し、価値の源泉が明らかでない資産が増大していることになる。つまり、経済全体で「資産の劣化」が進んでいるのである。

しかも、設備投資が回復しないので、資本ストックが全体として減少しつつある。そして、社会資本のストックも劣化している。公共事業予算が削減されて新規のストック形成がなされていないからだ。

「国債の消化が順調に進んでいることや、公共事業予算が削減されているのは望ましいことだ」と考えている人が多い。確かに、ある年度の予算編成というフローの観点からすれば、国債で資金調達ができ、歳出が縮小するのは歓迎すべきことだ。

しかし、日本経済をストック面から見れば、これは、事態が悪化しつつあることを示しているのである。

ストックが劣化すれば、将来の生産力は低下する。したがって、税収も低下する。したがって、国債を償還できる可能性も低下する。こうした変化は目に見えて生じているわけではない。しかし、潜在的には明らかに生じているものだ。国債の価値は、潜在的には低下しつつあると考えることができるのである。

人的ストックの量的・質的増強が必要

ところで、「人的資本」(Human capital)という概念を考えることができる。それが物的な資本と組み合わされて生産物を生み出すわけだ。人的資本は、経済統計では経済的なストックとは見なされていない。しかし、ストックを広義にとらえれば、これはきわめて重要なものである。物的なストックが減少しても、人的ストックがあれば、それを補うことができる。特に、現代の世界では、先端金融業や先端的IT産業など、物的なストックがあまりなくとも高い生産性を上げられる経済活動が進展している。人的ストックの相対的重要性は、農業や製造業が経済活動の中心だった時代に比べて、格段と高まっている。今の日本で人的ストックは、最も重要な経済ストックだ。

日本の人口は減少過程に入っているので、量的な面では、人的ストックは減少しつつある。しかし、これに対処することは可能である。第一は、移民を自由化して人的ストックの量を増やすことだ。いま1つは、教育投資を通じて、人的ストックの質を向上させることである。特に重要なのは、専門的な能力を持った人材の育成だ。

量的拡大と質的向上は、どちらも必要である。介護のような対人サービスでは、量的な確保が中心的な課題となる。しかし、こうした分野だけが拡大すると、日本経済の生産性は落ちてしまう。所得水準の低下は不可避だろう。したがって、生産性の高い専門的サービス産業を拡大する必要があり、それには質的向上が不可欠だ。

しかし、現実には、どちらもなされていない。介護分野での外国人導入は、依然として消極的な対応が続いている。

質的な面ではどうか? 民主党は、10年度予算で、子ども手当や高校無償化のようなバラマキ支出を増やした。しかし、こうした支出がいくら増えたところで、日本の人的ストックの質が向上することにはならないだろう。

物的資本の劣化を補う最重要の施策として、人的資本の充実を真剣に考える必要がある。

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