来年度予算編成で財政の将来が見える

来年度予算の編成作業がこれから始まる。2010年度予算で生じた税収と歳出の異常なアンバランスを引き継いでの予算編成は、どのような政治環境の下でも大変困難な課題だ。来年度予算の場合は、参院選の結果発生した「ねじれ国会」という新たな制約が付け加わる。予算編成は、想像を絶する困難な作業となるだろう。

来年度予算の骨組みに関して、菅直人首相は、国債発行額を44兆円以下にとどめると選挙前から約束している。このハードルは越えられるだろうか?

数字あわせだけを問題とする限り、これをクリアするのは不可能ではない。なぜなら、埋蔵金は完全に枯渇してしまったわけではないからだ。それを使用することの是非は別として額だけをみれば、外国為替資金、国債整理基金、それに厚生年金など、巨額の積立金を保有する特別会計はまだ存在する。

また、仮に国債発行額が44兆円を超えるとしても、国債消化に支障が生じるとは思えない。実際、長期金利はこの数カ月かなり顕著に低下した。民間設備投資が本格的に増加する兆候はまったくないので、銀行としてはむしろ資金運用難に陥る可能性のほうが高い。だから、国債がいくら増えようが、大きな問題は生じないだろう。

それに、万一消化に支障が生じれば、銀行保有国債を日本銀行が買い上げればよい。これは、日銀引き受けによる国債発行に限りなく近いし、金融政策の観点からは大きな問題であるが、いったん民間で消化された国債を日銀が買い上げるのだから、形式的には問題がない。

以上のような諸事情を考えると、予算編成が不可能になるような重大事態が発生する可能性は、まずないだろう。

基礎年金国庫負担の財源手当てができるか?

しかし、重要なのは、数字あわせができるかどうかではない。将来の予算を変えてゆくきっかけをつくれるかどうかだ。つまり、来年度予算においてただちに財政赤字が縮小するのではないにしても、将来そうした方向に向かう基礎となる制度改革ができるかどうかである。今回の予算編成の過程でこれが実際になされるかどうかを、注目したい。

それを判断するには、いくつかのポイントがある。その1つは、基礎年金国庫負担率引き上げに対応する財源を手当てできるかどうかだ。

09年6月に成立した「国民年金法等の一部を改正する法律等の一部を改正する法律」によって、従来は3分の1であった基礎年金の国庫負担率が、09年度から2分の1に引き上げられた。

しかし、09、10年度については、財政投融資特別会計から一般会計への特例的な繰入金(いわゆる埋蔵金)によって手当てされているだけなのである。

法律では、「その後税制改正法の規定に従って行われる税制の抜本的な改革により所要の安定財源を確保した上で2分の1を恒久化する」とされている。

しかし、今までのところ、これは実行されていない(じつはこれは、04年から問題とされていたことである。09年度までは、定率減税廃止による財源などを用いて、3分の1に少しずつ上積みする方法で対処されてきた)。

想定されていたのは消費税だが、これについては、先般の参院選で、菅首相が「次の衆院選まで増税しない」と約束しているので、来年度予算には間に合わない。

しかし、増税の手段は消費税だけではない。たとえば、給与所得控除の青天井を撤廃することが考えられる。いま1つは、法人税に外形標準課税を導入し、赤字法人に対しても課税することである。

このいずれも、単なる増収策でなく、社会的公平の観点からも要請されることだ。企業トップの報酬が公表されて注目を集めたが、問題は報酬の多寡ではなく、課税が公平化どうかである。数千万円を超える給与所得の場合、控除額が1000万円を超えることもある。控除は必要経費の概算分と考えられるが、これほどの経費がかかるはずはない。

むしろ、組織の中で特権的な位置にいる人びとは、個室、秘書、送迎車などのフリンジベニフィットを享受している場合が多い。これらは、非課税の現物給与である。日本の企業社会では、こうした非課税所得が多い。それに対する課税が考えられるべきだが、その前段階として、給与所得控除に上限を付すことを考えるべきだ。

外形標準の法人税については、この連載ですでに述べた。株式会社という組織が有限責任制という特権を享受していることを考えれば、当然公的負担を負わなければならない。

今のように大銀行や大企業が法人税を負担していない状態は、異常だ。法人税の収入が消費税の半分程度しかないのでは、いかにも均衡を失する。

ばらまき予算の抜本見直しができるか?

将来の正常化に向けての道筋がつけられるかどうかを判断するいま1つのポイントは、民主党がマニフェスト実現のため10年度予算に盛り込んだばらまき政策の抜本的な見直しをできるかどうかだ。

子ども手当、高校無償化、農家戸別所得保障、高速道路無料化などは、日本経済の望ましい将来を実現するための必要不可欠な政策とは、とうてい思えない。選挙の人気取りとしてさしたる財源の見通しもないままにマニフェストに掲げ、政権交代が実現してしまったために予算化せざるをえなくなったというのが、実情だろう。

これらの財源は「ムダの排除によって確保する」としていたのだが、それは実現できないことが事業仕分けで明らかになった。過ちを改めるには、早いほうがよい。これらは、現在の日本にとって、有害無益なものになっている。

日本の財政が余裕を持っていた時代には、こうした有害無益な支出もある程度は許容することができた。しかし、現在の日本の財政に、こうしたムダを許容する余地はまったくない。来年度予算の編成過程でこれらの見直しが行われるか否かは、民主党が責任ある財政運営をできる党であるかどうかを判断するためのリトマス試験紙になるだろう。

来年度予算編成は、以上で述べた問題に対していかなる対策がなされるかという意味で、重要なのである。

仮に、なんの措置もなされず、数字のつじつま合わせだけが行われるのであれば、日本の予算は制御不能に陥っており、日本政府は国債を償還する能力を持たないことを天下に示すことになる。

その場合には、日本財政の将来は、はっきり見えてしまう。財政赤字は今後とめどもなく膨張するだろう。その帰結はインフレと円安でしかない。

だから、国際は本当はすでに無価値の紙切れなのかもしれない。国際は安全資産と考えられてきたが、その常識が覆ってしまうわけだ。それを大量に保有する日本の金融機関にとっては、重大問題である。

なお、円安になれば輸出が増えて日本経済が回復するという人がいるのだが、そうはならないことを最後に注記しておこう。インフレで円安になっても、減価率がインフレ率を下回れば、実質レートでは円安にはならず、円高になる。そして、貿易に影響するのは実質レートである。日本経済は混乱するしかないのだ。

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