国民が求めたのは財政再建への信念

先般の参議院選挙における民主党大敗の原因は、消費税増税の提案だといわれることがある。

しかし、そうした意見があるのは、政治家のあいだでのことだ。国民は、消費税増税を頭から拒否したわけでは決してない。

その証拠に、同じく消費税増税を公約に掲げた自民党は、議席を伸ばした。また、消費税絶対反対を前面に押し立てた共産党や社民党は、むしろ、議席を減らした。仮に国民が消費税を望まないなら、消費税反対政党が大躍進したはずだ。

民主党の大敗に消費税が関わっているとすれば、増税の是非そのものではなく、問題提起の方法にあったと考えるべきだ。

第1に、それまで「4年間は増税しない」と言っていたのに、突如5%の税率引き上げ提案になった。全体の見通しなしに、消費税増税だけが唐突に持ち出された感があった。しかも、民主党独自の案が示されたわけではなく、自民党案を採用するという無責任と見えるかたちを取った。

これでは、選挙のための戦術として「財政再建」が選ばれた(あるいは、財務省の策略に乗せられた)という印象を与えてしまう。その印象は、選挙戦中に民主党の支持率が下がるにつれて提案の勢いがなくなったことで、強められた。負担軽減策だけが強調されたり、「議論の提案をしただけで、総選挙までは増税しない」などと、後退に次ぐ後退となった。

その半面で、「なぜ増税が必要なのか」「税率を10%にすれば問題はどれだけ改善するのか」などの、最も肝要な部分に関する説明がなおざりにされたままだったのである。

言うまでもないことだが、増税は国民に負担を求めることだ。よほど強い政治的信念がなければ実現できない。その最も重要なポイントが欠如していると判断されたのである。

ばらまきで票は集められない

今回の参院選で明確になったいま1つは、「ばらまき政策では票を集められない」ということだ。

民主党は2010年度予算において、子ども手当、高校無料化、農家戸別所得保障などの典型的なばらまき政策を実施し、歳出を前代未聞の規模に拡大した。しかし、それは参院選での得票を増やすことになにも寄与しなかった。

09年の総選挙で民主党が大勝したのは、マニフェストでばらまき政策を約束したからではない。仮にこうした政策がマニフェストに含まれていなくとも、民主党は大勝しただろう。なぜなら、あのときに国民が望んだのは、「政権交代」ということだったからだ。

かつて日本経済に活力があった時代、ばらまきは政治的に効果があったかもしれない。しかし、日本経済がここまで疲弊し、財政赤字がここまで拡大してしまえば、ばらまきはむしろ国民に恐怖を与えるものになった。

気前のよいおじさんが、いろいろなものを配ってくれる。最初は喜んでもらっていたが、その費用は、われわれが住む家を引っぺがし、売り払って調達していることが露見してしまった。ばらまきを続ければ、将来のわれわれの生活が破壊されてしまうことが明白になってしまったのである。

日本国民は、ばらまき政策でだまされ続けるほど程度が低くはない。政治家諸氏は、このことを十分認識すべきである。

財政再建は、政治にとって苦しい作業だ。しかし、国民は、これが避けて通れない課題であることを理解している。明確に意識していないにしても、ここ数年の日本経済の状況を見ていれば、経済の基本がとてつもなくおかしくなってしまったのを感じることができる。そして、10年度予算を見れば、日本の財政が信じられないほど異常な姿になっていることがわかる。むしろ、政治家がそれを認識していなかったのだ。

人気取りに頼って真剣な対処を避けようとすれば、政治の最も重大な責任を放棄することになる。国民が望んでいたのは、財政を再建するための納得できる方策と、それを実現する強い政治的な意思である。

国民は、政治に真剣なものを求めている。それは、ばらまきではなく、問題の根源的な解決である。タレント候補の票がこれまでのようには伸びなかったことも、国民が政治に本当の問題解決を求めている証拠だ。

政治がなすべき課題は何か

信念とともに必要なのは、事態の正しい把握と、正しい政策方向である。しかし、実際にはごまかしがあった。

たとえば、「増税で経済成長」という奇妙な論理で増税を正当化しようとしたことだ。増税は苦い薬であり、短期的に経済成長にネガティブに働くことは明らかである。それにもかかわらず、長期的な観点からすれば巨額の財政赤字を放置できないため、1つの手段として増税を検討せざるをえないのだ。増税がなんの問題もなく受け入れられるものなら、ここまで赤字が拡大するずっと前に増税が行なわれていたはずだ。

だから、重要なのは、なぜ増税が今必要なのかを、国民に納得させることだ。また、負担が公平になるように、慎重な制度設計をすることだ(今回の提案のようにインボイスなしの消費税率引き上げでは、とうていその条件を満たしえない)。そして、提案者自らが、その政策の必要性を納得し、全力を挙げて達成への努力をすることだ。

もう1つのごまかしは、「ムダの排除」だ。「ムダを排除すれば巨額の節約ができる。だから増税をしなくてよい」。これは、聞こえのよい論理である。

しかし、これもウソであることがわかった。事業仕分けの結果がそれを雄弁に物語っている。注目を集めた仕分け作業で節約できたのは、わずか7000億円でしかなかった。

私は、「ムダの排除が必要ない」と言っているのではない。「それだけで財政再建ができると考えるのはイルージョンにすぎない」と言っているのである。つまり、必要条件であっても、十分条件にはほど遠いのだ。マニフェストの完全見直しはもちろんのこと、国民生活の基盤的経費も含めて削減の対象としなければ、意味のある削減はできないのである(その最大のものは、年金である)。

菅直人首相は、「強い経済、強い財政、強い社会保障」をスローガンとして掲げた。このうち、「強い経済」の実現は、政府や政治の行なうべき課題だろうか?

民主党は、新成長戦略を掲げ高い成長率を実現するとした。しかし、この通りの経済成長がスムーズに実現すると考えた人は1人もいないだろう。これは、「絵に描いた餅」以外の何物でもない。ましてや、その成長率を前提として財政や社会保障の見通しを描くとすれば、ウソにウソを重ねることになる。

経済成長が必要なことは言うまでもないし、経済成長が実現できれば財政や社会保障の問題が雲散霧消してしまうことも事実である。しかし、日本が社会主義経済でない以上、成長を実現するのは民間企業の努力であって、政府の計画ではない。政府がなすべきことは、成長のための基本的条件を整備することである。特に重要なのが、財政再建と人材の育成である。しかし、それらについて、なにもなされていないのだ。

「政治が何を行なうべきか?」「現在の日本において政治が取り組むべき課題は何か?」。今回の参院選では、これらについての国民の判断が明確なかたちで示されたと思う。

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