「ふるさと納税」にだまされてはいけない

突然浮上した「ふるさと納税」という制度が実現しそうだ。これは、納税者が住民税の一部を自分の出身地に納税することができる制度だ。

6月にまとめる「経済財政運営の基本方針07(骨太の方針)」に盛り込まれるのだそうである。そして、今年末の税制改正で論議したあと、2008年度税制改正で実現する予定だ。

7月の参議院選挙を前に、なんとか人気取り政策を打ち上げたいという気持ちはわかる。自分を育ててくれた「ふるさと」に恩返しするというのは、日本人の心情にあっていると考えられているのだろう。

しかし、ここにはいくつかの問題がある。その多くは、税の基本原則にかかわるものだ。

第一に、住民税は応益原則を基本とする税だ。つまり、地方公共団体が提供するサービスは、警察、消防、ゴミ処理など、住民の生活に直接関連するものであり、地方税はそれに対応する料金的な性格を持つとされている。したがって、行政サービスを受ける居住地以外の地に納税するのは、地方税の原則に反する。

この批判は、すでに東京都の石原慎太郎知事から出されている。

このような性格を持つ税の納付先を現住所と異なるところにすれば、本来の納税地において、行政サービスの「ただ乗り」を許すことになる。そのぶんは、ほかの納税者の負担が増えるか、その地方の行政サービスの水準が低下することによって調整される。だから、本来はほかの納税者の同意が必要な事項だ。

地方自治の基本理念を否定しているのがわからないのか

一般に、税金の使い方に関して、個々の納税者は直接には指示できない。税の使い方や納税先は、個々の納税者の判断ではなく、全体の決定に委ねられているのである。

この例外は、寄付金の場合だけだ。そこで、寄付金税制を活用すればよいという考えが提案されている。

しかし、ここには2つの問題がある。

まず、寄付金税制は、応益原則を採らない国税にはありうるが、応益原則を採る地方税にはなじみにくい。それは、前述の「ただ乗り」の問題が発生するからである(1988年度まで、地方税には寄付金税制はなかった。その後、共同募金や地方公共団体などが寄付金控除の対象となった)。

さらに、寄付金は、最大限でもその全額が所得控除(法人税であれば損金扱い)されるだけである。したがって、10万円を寄付した人の限界税率が20%であるとすれば、納税額は2万円しか減らず、残りの8万円は自己負担になる。

こうした負担を負いつつ、「ふるさと」に納税しようとする人が、はたしてどれだけいるだろう。

具体的にどのような仕組みが考えられているのかが判然としないので、正確なコメントはできないが、ふるさとに納税したすべてを現住所の住民税から税額控除することは、寄付金税制の仕組みでは不可能である。

仮にこうしたことを認めるのであれば、税制の極めて根幹的な部分に修正を加えることになる。

こうした修正が許されるか否かは、十分慎重に考えるべき問題だ。ここで原則を破壊すれば、ほかの対象に対する類似の要求を、否定する論拠がなくなる。その結果、極端なことを言えば、税制そのものが崩壊する危険すらある。

「ふるさと納税」の第二の問題は、地方自治の原則に関連する。すべての税を国税として徴収してそれを地方に配布するという仕組みを採らず、地方公共団体が独自に徴収する「地方税」が存在するのは、税こそが地方自治の基盤だと考えられているからである。

すなわち、地方公共団体が行政努力によってムダな経費を節約し、他方では企業や住民を誘致して税収を増やし、それが当該団体に好循環をもたらすという効果が期待されている。

住民の側では、そのような状況を見ながら望ましい居住地を選択する。これは、「足による投票」と言われているメカニズムだ(この点は、応益原則にかかわる論点と似ているが、別のものである)。

「ふるさと納税」を認めれば、受益と負担のリンクが切れてしまうので、このメカニズムは働きにくくなる。つまり、これは地方自治の本質に反する提案なのである。こうした提案が出てくるのは、地方自治とか地方分権ということが言葉としては言われても、実際にはなんの関心も払われていないことのなによりの証拠だ。

もちろん、現在の日本の税制では、すでに多額の交付税や補助金によってこのメカニズムが減殺されている。しかも、税率をはじめとする地方税の構造について、地方公共団体の裁量はきわめて限られている。

だから、「ふるさと納税」のような仕組みを導入して「足による投票」のメカニズムをさらに減殺するとしても、実際上は大きな差異をもたらすことにはならないとの意見はありうる。

しかし、現状において必要なことは、理念としては存在している地方自治のメカニズムを実効性のあるものに高めてゆくことだ。「ふるさと納税」のような仕組みで、その理念を破壊してしまうことではない。

「アリバイづくり政策」は地域間格差をより広げる

第三の問題は、「ふるさと納税」よりも緊急に議論すべき税の課題は山積していることだ。その代表は、消費税だ。高齢化社会を支えるべき税は消費税なのか、それともほかの税なのか。また、消費税の税率を引き上げるに先立って、インボイスの導入など、消費税の基本的な構造をまっとうなものにすべきではないのか、等々の問題が検討されなければならない。

そして、それを参院選の争点にする必要がある。こうした重大な問題をなおざりにしたままで、人気取りの政策だけを公約にしようというのは、愚民政策と言わざるをえない。

第四の問題は、これが「アリバイづくり政策」であることだ。効果に実効性が期待できないものでも、なにか行なえば「問題に取り組んでいる」と言い訳をするときの材料にはなる。

このような政策を私は「アリバイづくり政策」と呼んでいるのだが、「ふるさと納税」は、その典型だ。つまり、与党は都市と地方の格差是正に取り組んでいると示すこと(そして、それだけ)が目的なのである。つまり、本当の政策論争から論点をそらすことが目的である。

地域格差の是正は、重要な問題だ。しかしそれは、「ふるさと納税」のような思いつき政策で解決できるものではない。実際、これによって地域格差が是正されるなどとは、誰も考えていないだろう。

しかし、「アリバイづくり政策」があれば、本来行なうべき政策努力は低下してしまう。これこそが、最大の問題である。したがって、このような政策を実行すれば、地域間格差はかえって拡大してしまう可能性がある。

これは選挙目当ての余興にすぎず、目くじらを立てて問題にするようなものではないとの意見があるかもしれない。しかし、まさにそのことこそが問題なのだ。地域間格差は、思いつきや人気取り政策だけを示してごまかしてしまうには、あまりに重大な問題である。

第三点とも併せて、与党は、このような政策で票が獲得できると本気で考えているのだろうか? もしそうなら、選挙民は舐められていることになる。日本国民はそれほど暗愚なのであろうか。

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