消費税のインボイスは零細業者の味方

消費税増税に関するこれまでの議論を見ていると、税率が引き上げられた後も、インボイスなしという奇妙な形のものが続くことになりそうだ。インボイスは多段階売上税にとって本質的なものなので、これを欠く消費税は欠陥税である。

インボイス導入が敬遠されるのは、「インボイスを導入すると、取引の実態が税務署に明らかになってしまうのではないか」という零細業者の懸念と不安を配慮したためだと考えられる。しかし、以下で説明するように、インボイスは、弱小業者にとってこそ必要なものなのである。

消費税の税率を引き上げたときに実際の取引で生じる最大の問題は、税を次の段階に転嫁できないことである。取引の中間段階における販売者が弱小零細業者であり、購入者が大企業であるとき、とりわけこの問題が深刻になる。購入者の力が圧倒的に強いため、販売価格を引き上げるのが困難な場合が多いのだ。

販売価格を引き上げられないと、販売者が消費税分を負担することになる。消費税の負担は、本来は次々と次段階に引き継がれ、最終的には消費者にまで転嫁されるべきものだ。それにもかかわらず、取引の中間段階での零細業者が負担するという不都合な結果が生じてしまうのである。

この場合においても、購入者である大企業は、消費税の納税において、購入価格に消費税分が含まれているものとして納税額を計算する。実際には購入価格に消費税分が含まれていないので、過大な控除を行なうことになり、「益税」を得る結果になるのである。こうして、税率引き上げによって、零細業者から大企業への大規模な所得移転が生じてしまう。消費税率引き上げに反対している政治勢力は、いたずらに反対するのではなく、この問題を直視することが必要だ。

インボイスがある場合には、どうなるか。販売者は、インボイスに消費税額を記載して購入者に引き渡す。購入者は、正しい消費税額が記載されたインボイスがない限り前段階の税額を控除できない。つまり、購入者から見て、インボイスは「金券」のようなものである。金券をもらいながら代金を払わないわけにはゆかないだろう。したがって、消費税分だけ売上価格を引き上げることが、取引の現実面で容易になるのである。

業者は消費税の納税者ではあるが、本来は負担者ではない。だから、業者から税率引き上げ反対の声が出るのはおかしいのだ。それにもかかわらず、現実には税率引き上げ反対の声が、本来の負担者である消費者でなく業者に強いのは、転嫁ができない恐れがあるからだ。

私が経験した零細納入者の悲哀

以上で述べた零細業者の悲哀は、1997年の消費税率引き上げ時に、私自身が実際に経験したことである。零細販売者である私は、大企業である新聞社や出版社に原稿を納入している。私は消費税の納税義務者なので、税率が引き上げられれば、税務署に納税する消費税額は増える。したがって、そのぶんだけを原稿料に上乗せしてもらわなければならない。

ところが、ある大新聞者は、従前と同額の原稿料しか払い込んでくれなかった。そこで私は増加税額分の引き渡しを要求したのだが、最初はいくら説明しても、相手にしてもらえなかった。どうも、「税率引き上げに便乗したあこぎな要求」と見なされたようである。

消費税について連日のように報道している新聞社でさえ、現実の取引面においてはこうしたありさまなのだ。ましてや一般の取引においては、購入者が購入価格を引き上げてくれないで、零細販売者が消費税を負担してしまうケースは多々あると思われる。

仮にインボイスの授受が義務づけられているなら、私は増加した税額を記したインボイスを引き渡すことによって、堂々と税額引き渡しを要求できたはずである。しかし、今後、消費税の税率だけが引き上げられても、インボイスは導入されないままになりそうだ。すると、私にとって面倒な事態がまた発生することになる。それを考えると、今から頭が痛い。

原稿料の場合に購入者が消費税分を払わないのは、原稿執筆者の中に消費税納税義務者がさほど多くないという事情にもよる。納税義務者でない人が消費税分をもらえば、益税になってしまう。したがって、実際の取引で税転嫁をスムーズに行なうためには、免税業者が少ないほうがよい。そのためには、免税点をできるだけ下げ、納税業者であることが普通であるような状態を作る必要がある。課税業者と免税業者の混在は、転嫁を困難にする大きな要因になるのだ。

なお、インボイスが導入されれば、免税業者は取引の中間段階では排除される傾向がある(免税業者はインボイスを発行できないため、次段階の取引業者が税額を控除できないからである)。したがって、インボイスが存在していれば、免税点引き下げに対する反対も弱まるだろう。

インボイスは、多段階売上税において転嫁を確実にするための不可欠の手段である。それまで「間接税は前近代的な税」と評価されていたのだが、インボイスが発明されたために、「付加価値税は現代的な税」と評価された。そして、ヨーロッパで広く用いられることになったのである。

「インボイスがあれば、納入価格を税額だけ引き上げるのが容易になる」という事実は、一般には必ずしも認識されていない。したがって、この面でのインボイスの必要性を、零細業者に啓蒙し、理解を獲得することが重要である。消費税率引き上げ前に、課税当局がまず行なうべきは、このことだ。

軽減税率適用ができない

インボイスがないと、生活必需物資に対する軽減税率の適用もできない。消費税は多段階売上税であるため、最終段階を軽減税率にしても、仕入れに含まれている消費税は残ってしまうからである。ヨーロッパでは、インボイスによって消費税額を確定し、それを最終段階の販売者に還付する方式を取っている。

報道によると、この問題に対処するため、給付付き税額控除の導入が検討されているようだ。しかし、これは、いかにも奇妙な制度である。購入額に含まれている消費税額をいかに確定するのだろうか?

たとえば、食料品の場合、少額の購入が多数ある。そうした状況で、年間の食料品購入額をどのように確定するのか? スーパーのレシートの保存を求めるのだろうか? その場合にも、課税品と軽減税率品、そして、免税業者から購入したものと課税業者から購入したものとをどのように区別するのか? 課題申告をどのようにチェックするのか? 住宅の場合、額が大きいので正確な算定が必要だが、通常は価格に一括して含まれている土地代と建物代をどう区別するのか? 検討されているのは、こうした手続きを一切省略した給付金のようでもあるが、中古住宅をどう扱うのか? 疑問はつきない。そもそも、本来必要とされるインボイスを導入せず、なぜこのような仕組みに頼ろうとするのだろうか?

これまで日本の消費税がインボイスなしでやってこられたのは、税率が低かったからだ。10%を超える税率をインボイスなしで課税すれば、さまざまな問題が顕在化する。税率引き上げ前に絶対に必要なのは、インボイスの導入である。

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