成長戦略について3つの誤りを正す

現在の日本で最大の課題は、経済成長の実現である。これについて、多くの人が陥っている3つの誤りを指摘したい。

誤りの第一は、「成長は政府の支援で実現する」との考えだ。

政府が経済成長に関して重要な役割を担っていることは間違いない。しかし、その役割は、特定の産業を成長産業として指定したり、補助を与えて支援することではない。

経済成長は、基本的には民間企業が実現すべき課題である。新しい技術やビジネスモデルが試行錯誤のなかから生まれ、市場の試練に勝ち抜いたものが未来を切り開く。この過程は、政府が計画したり指導したりするものではない。

政府には、何が将来の成長産業なのかを判断したり予測したりする能力も情報もない(政府だけでなく、誰も未来経済の発展方向を予測できない)。それに、そもそも政府が助けなければならないようなひ弱な企業が、未来を開けるはずがない。

今の日本では、「政府が何をするか」より、「何をしないか」のほうが重要である。現在、日本政府は、自動車・家電製品の購入支援策と雇用調整助成金を通じて、従来型の企業の生き残りを助けている。それを通じて、新しい産業や企業が生まれてくるのを阻害している。

政府にとって最低限必要なのは、古い産業や企業を助けないことである。だから、今行なっている政策から抜け出すことが、まずもって必要だ。「増税して経済成長のための支出を増やす」などと奇妙なことを言う前に、まずこうした支出を整理しなければならない。

1960年代に日本やドイツが高度成長を実現できたのは、古い生産設備が戦災によって壊滅したからである。イギリスには古い工場が残ったので、新しい産業が成長できなかった。80年代のアメリカでは、日本の輸入攻勢で製造業が衰退したため、90年代以降に新しい産業が誕生した。それらの産業が今のアメリカ経済を牽引している。

それに対して、政府の支援にすがって生き延びた自動車産業では、古い企業が残存し、電気自動車という新しい方向への展開が阻害された。今自動車産業が電気自動車に向かって動き出したのは、古い企業が没落したからだ。

古い産業と古い企業が行き詰まっている日本の現状は、新しい成長のための絶好の環境と考えるべきだ。

新興国にどう向き合うか

経済成長に関する第二の誤りは、「新興国市場に向けて最終消費財を供給し、需要を確保して成長する」との考えである。国内や先進国の需要が伸びないから、そして、従来の生産方式は変えたくないから、こうした発想になる。

新興国の市場が成長しているのは間違いない事実だ。しかし、それは、日本が新興国市場に最終消費財を供給すべきことを意味しない。なぜなら、新興国市場での消費財は低価格製品にならざるをえないため、それにシフトすれば、日本企業の収益率は著しく低下するからだ。

この点に関して、アップルはまったく異なる方向を志向している。アップルが20%近く高い資本収益率を実現し、全米で時価総額が第二の企業になったのは、このためだ。

従業員数3万4000人の新参企業が、従業員30万人を超える伝統ある電気機器メーカーGEの1.4倍の時価総額を実現しているのは、まったく驚きだ。回復してもきわめて低い収益率で低迷している日本企業とは、異質の企業だと考えざるをえない。

アップルは、新興国の安い労働力を活用している。アップル自らが行なっているのは、製品コンセプトの創造と基本的な設計(と販売)だけであり、実際の生産は全世界のさまざまな国や地域の企業が行なっている。この中には、新興国の企業が多い。

こうした生産方式は、「水平分業」と呼ばれる。これは市場を通じる協力関係であり、日本企業が行なっている系列企業との固定的な下請け関係ではない。工業化した新興国と先進国との関係としては、これが最も適切なものだ。

新興国の最終需要を目当てに新興国のマーケットに進出しようとする日本の製造業のビジネスモデルは、アップルのモデルとはちょうど正反対のものである。新興国の労働力を使う企業の収益率が高くなる半面で、新興国に製品を販売しようとする企業が安売り競争に巻き込まれて収益率が低くなるのは、経済法則からして当然のことだ。

製品を作る「手」の数が増えた世界では、手でなく「頭」の重要性が増す。変化する世界の中で、自らの立ち位置を正しく認識することが重要なのだ。新興国との分業関係について、正しい認識を持つことだ。

人材こそ最重要の成長戦略

先に、「政府が何をしないかか重要だ」と述べた。しかし、これは「経済成長に関して政府が何もしなくてよい」ということではない。特定の産業に偏らない成長基盤の整備は、政府の重要な役割である。なかでも重要なのは、人材の育成で、特に高度な専門家を教育する高等教育が重要だ。

日本はこの面で大きく立ち後れつつあり、現状は危機的な状態にある。アメリカの主要な大学での日本人留学生が無視されるほどの水準にまで減少している。将来を支えるべき人的資本が、急速に劣化しつつあるのである。

なお、教育に関しても、政府の役割より企業の役割が重要だ。それは、企業が人的資本の重要性を認識し、高等教育の成果を評価することである。日本が大学院レベルの専門家教育で遅れているのは、(大学の体質が古いからであるが、それに加え)企業が専門家を評価しないからだ。

これまでの日本の経済成長は、基本的には外国でつくられた技術やビジネスモデルを効率的に実施することで実現された。したがって、工業技術のエンジニアを除けば、専門家を評価しなかったのである。

しかし、たとえば先端的な金融業は、最新のファイナンス理論の成果を利用できる能力を持つ専門家がいなければ、実現できない。それは、従来の日本の金融機関が行なってきたこととは、質的に異なるものだ。エンジニアリング以外の分野でも専門家が必要との認識を企業が持たないと、大学院レベルの専門家教育は進展しない。

日本では、今将来の生産性のための条件が急速に浸食されている。投資が固定資本減耗を下回っているため、資本の更新すらできず、将来の生産性が下がる。物的投資回復は簡単な課題ではないが、人的資本の更新は、政策努力でできる。こうした側面がほとんど省みられていないことが、経済成長論議における第三の、そして最も深刻な誤りだ。

最初に述べたように、経済成長が必要である。今ほど経済成長が渇望されるときはない。それさえあれば、ほとんどすべての問題が解決できる。

逆に、経済成長がなければ、多くの問題が解決できない。財政赤字を消費税の増税だけで縮小させようとしてもたぶん不可能であることを前回述べた。財政赤字解消は、成長なしには解決できない課題であることを認識すべきだ。

その最も重要な問題に関して、今日本で行なわれている議論は、考えがほぼ逆方向を向いている。正しい方向を向くことが、まず最初のステップである。

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