ロンドンの地下鉄が1000円である理由

ロンドン地下鉄の初乗り料金は、これまで3ポンドだったが、今年の1月に一挙に4ポンドに値上げされた。日本円に直せば、ほぼ1000円である。

考えてみれば、これは大変なことだ。なぜなら、地下鉄は庶民の乗り物だからである。経済がインフレ気味になっても、できるだけ低価格に据え置くことが要請される公共料金だ。それを3割以上も値上げできるのは、人びとの所得が一般的に上がらなれければ不可能なことである。

ここ数年、日本円やドルに対して、ポンドは急速に増価した。現在では、1ポンド230円程度である。強いポンドを背景に、ブランド品の買い出しにイギリス人がニューヨークに押しかけているそうだ。

こうした話を聞くと、私はノスタルジックな思いにとらわれてしまう。

1970年代の初め、1ポンドは700円程度だった。私にとっての原体験的ポンド価値は、これである。ロンドンの高級ホテルなど、日本人には縁がないところだった。

ところが、ポンドの価値はみるみるうちに下落し、90年代の中頃には、150円台になった。二十数年間で、実に5分の1近くになってしまったわけだ。

この頃、家族全員でクラリッジズホテルに泊まったことがある。ほかの高級ホテルにも何度も泊まり、王侯貴族の気分を味わった。しかし、こういう旅行はもうできないだろう。ロンドンは、再び手が届かない場所になってしまった。

イギリスでは一体何が起きているのだろうか?

「住宅ブームが消費ブームをもたらし、それがイギリスの景気を支えている」という意見がある。住宅価格の値上がりは事実だ。

ロンドンの一戸建て住宅(デタッチトハウス)はしばらく前から1億円を超していた。最近では2億円を超すものも珍しくない。未確認だが、100億円を超える住宅さえ登場したという(これを話してくれた人は、「ビル1棟ではなく住宅1戸」と念を押した)。しかし、需要増加だけで経済が成長できるわけはない。供給サイドの条件改善は不可欠だ。住宅に対する需要の強まりは、好景気の原因というよりは、結果としてとらえるべきだろう。したがって、住宅ブームを起こしている要因こそ重要だ。

「ウィンブルドン現象」は左うちわの「場所貸し」

イギリスの成長を支えているのは、金融である。ロンドン市場の為替取引高は、全世界の総取引高の約3割を占めており、世界一だ。東京の約4倍になる。為替だけでなく、債券や商品などの取引も活発に行なわれている。

ユーロが導入されたとき、ヨーロッパの金融中心地はフランクフルトになるとの見方があった。しかし、そうはならず、ロンドンが拡大した。最近では、投機資金の拡大を背景に、さまざまなファンドがロンドンに設立されている。9.11テロ以降、アメリカで反イスラム傾向が強まったため、ロンドンが中東マネーの受け皿となっている。

ところで、よく知られているように、こうした金融活動の中心プレーヤーは、イギリスの金融機関ではなく、外国の金融機関である。これは、「ウィンブルドン現象」と呼ばれる。「ビッグバン」によって規制が緩和された結果、イギリスの伝統的なマーチャントバンクはアメリカやドイツの金融機関に買収され、淘汰されてしまったのである。

ウィンブルドン現象は、日本ではネガティブにとらえられている。確かに、主要な産業の多くの企業が外国資本になってしまう状態は、決して問題なしとしない。それは、国のあり方の基幹に関することだろう。「日本でそうした問題が起きないのは幸せなことだ」と考えている人が多いのではないだろうか?

しかし、ウィンブルドン現象は、「外国勢による占領」ではなく、「場所貸し」であるととらえることができる。「国を乗っ取られる」のではなく、「一流のプレーヤーが喜んで来るし、顧客が大勢集まってきてカネを落としてくれる」ということだ。場所を使わせるだけで収入が上がるのだから、最も優雅な商売だ。「左うちわ」とはこのことだろう。

ただし、それができるためには、場所に魅力がなければならない。これこそが本質である。

「イギリス買いが起こっている」のは、「イギリスの企業が弱くなった」ためよりも、むしろ「イギリスの魅力が大きくなった」ためだろう。100億円の住宅はたぶんロシアの石油成金が買っているのだろうが、彼らが他の都市でなく、ロンドンを選んだという事実こそ重要だ。

しばしば、「相撲は日本におけるウィンブルドン現象だ」と言われる。しかし、私は違うと思う。「世界中から相撲レスラーたちが国技館にやってきて試合をし、それを見に全世界から観客が集まる」ということではないからだ。これは、単に日本人の力士が弱くなっただけのことである。

イギリス繁栄の基礎はシティの金融インフラ

以上で述べたことは、「日本でウィンブルドン現象を起こせるか?」という設問で表現することもできる。

テニスについて不可能であることは、言うまでもない。じつは、金融業においても、ロンドンと同じようなウィンブルドン現象を日本で起こせるかと言えば、たぶん起こせない。金融について場所貸しをするには、場が高度の条件を満たさなければならないからだ。「場所貸し」は、どこでもできることではないのである。

世界の金融機関がロンドンに集まる理由として、アジアや中東市場の遅い時間と重なり、ニューヨーク市場とは早い時間で重なるという地理的有利性が指摘される。そのとおりだが、その条件を満たす地点はロンドンだけでない。重要なのは、金融取引のための強力なインフラストラクチャーがロンドンにあることだ。

では、「金融のインフラ」とは何か?

交通や通信のシステム、取引場の処理能力などは、もちろん重要だ。しかし、ロンドンがこの点で優れているとは、必ずしも言えない。新しい金融街であるドックランドは、当初は陸の孤島のようなところだった。また、イギリス国内のインターネット接続環境も貧弱だった。

より重要なのは、市場が効率的かつ適切に機能しうるための、目に見えない環境である。法制や監督機関がまず重要だが、それらの形式的な整備だけでなく、実際にどう運用されているかが重要だ。

規制が厳しすぎれば取引は窒息する。実際、アメリカのSOX法(企業改革法)の厳しい規制を嫌った企業が、上場市場をロンドンに移していると言われる。日本でも、金融商品取引法による規制強化が取引を妨げないかと危惧されている。

逆に、規制や監督が緩すぎれば、不正が横行する。これに関しては、取引参加者の資質も重要だ。日本では、証券会社をはじめとして、上場企業の粉飾決算がいまだに絶えない。ライブドアの堀江貴文前社長に実刑判決は厳しすぎるという意見があるが、アメリカの場合に比べると緩すぎる。不正でボロ儲けができる市場は、決して信頼される市場にはならない。

東京を金融センターにという戦略がある。しかし、日本の実情を見ると、とても無理だと考えざるをえない。5月から三角合併が解禁になるので、日本企業は戦々恐々だ。しかし、そもそも日本企業を買いに来る外資がいるかどうかが問題である。

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