税制の基本は崩壊した 歳出構造改革が不可欠

財務省が発表した3月の税収実績によると、2009年度の法人税収は前年度比でじつに63.7%も減少し、2兆4000億円になった。当初予算では10兆5000億円とされており、07年度には決算ベースで14兆7000億円の税収があったことと比較すれば、信じられないような税収減だ。

税収減は、法人税だけではない。所得税の税収は、1982年度の12兆8000億円以来27年ぶりに13兆円を下回るのが確実だ。一般会計税収は、前年度に比べて17.2%減の約29兆円となった。

09年度当初予算の税収は46兆1000億円とされており、補正で36兆8600億円に修正されたが、それらをはるかに下回っている(なお、税収の実績が確定するのは7月頃)。

経済危機によって鉱工業生産指数や企業利益などの経済指標が80年代に戻ってしまったので、税収が80年代の値に戻ってしまうのは当然と言えば当然だ。それにしても、あまりの異常な惨状に言葉を失う。

このところ、ギリシャなどのユーロ諸国やイギリスの財政赤字が問題とされている。それらは確かに深刻な問題である。しかし、ヨーロッパの財政赤字は、経済危機によって増大したものが大半だ。このため、国債残高の対GDP比は、イタリアを除けばそれほど高くない。

それに対して、日本の財政は、構造的な問題を抱えている。経済危機で問題が一気に悪化したのは事実だが、問題はそれ以前から続いていたのだ。実際、国債残高の対GDP比は、ヨーロッパ諸国とは比べものにならないほど高い。09年における政府債務残高の対GDP比は、ドイツ82.0%、イギリス83.1%に対して、日本は197.2%。この数字が明らかに示すように、財政赤字の問題が真に深刻なのは、ヨーロッパではなく、日本なのである。

製造業に立脚する1940年体制税制の崩壊

あらためて税収の推移を見れば、一般会計税収は90年度の60兆円をピークにして、この20年間長期的な減少傾向にあった。04年度以降は、景気回復を背景に税収も増えた。しかし、結局は元に戻ってしまったのだ。現在の一般会計税収は、70年代の値である。これは、日本経済が長期的な衰退過程にあることの反映だ。04年間から数年間が例外だっただけだ。

日本の税体系は、製造業が基幹的な産業であることを前提にして組み立てられている。製造業の企業が利益を上げ、その一部を法人税として納税する。そして、その従業員が源泉所得税を負担する仕組みだ。この仕組みは、第2次世界大戦直前に、戦時体制として確立された。

戦後の日本税制は、この基本形を継承した。高度経済成長を通じて日本の製造業が発展したため、法人税の税収は順調に増加し、給与所得に対する所得税とともに、日本の財政を支える基幹税の1つとして機能してきた。私は、戦時期に導入された経済の仕組みが戦後日本経済の基本を形成したと考え、これを「1940年体制」と名付けた(詳細は、拙著『1940年体制』〈新版、東洋経済新報社、2002年〉参照)。

国に集められた税収は、農業と地方に配分されてきた。戦後の日本において農業は、政府から多額の補助を受け、他方で、税収面で寄与するところはほとんどなかった。そうしたことが可能であったのは、製造業が収益を上げられたからだ。「そこから法人税と所得税で財源を調達し、それを農業をはじめとする低生産性分野に補助金で支給し、社会の安定化を図る」というのが、戦後日本財政の基本的な仕組みだったのだ。

しかし、製造業の収益性が90年代以降低下してきたために、この構造の維持は、経済危機以前にも難しくなっていた。経済危機は、それをもはや継続できないことを、明確なかたちで示した。税収の激減は、その表れである。本稿の最初に述べた事態は、約70年間続いた日本税制の基本的な仕組みが、いまや完全に崩壊したことを示しているのである。

歳出構造が不変なら際限ない増税が必要

このような税制の基本的変貌に対して当然必要とされるのは、歳出の構造をそれに見合ったものに改革することだ。しかし、歳出は増加し続けている。

もともと歳出は自動的に増加する構造になっている。まず人口の高齢化に伴って、社会保障の自然増が生じる。また、年金財政の破綻も予想される(詳しくは、「ダイヤモンド・オンライン」参照)。そして、国債費は、金利低下にもかかわらず、国債残高の累増に伴って増加する(10年度予算で21兆円)。このような膨張体質にもかかわらず、歳出は経済危機直前までは抑制されてきたのだが、経済危機対策で一気に増えたのだ。

民主党政権は、6月に中期財政フレームを策定するとしている。しかし、それが言い訳のためのごまかしにすぎないことは明らかだ。消費税率を最低でも15%程度引き上げて、現在のヨーロッパ諸国並みの税率にすることが考えられなければ、無意味な数字の遊び以外の何物でもない。

こうした規模の増税は不可能に近いほど困難だが、仮にそれができたとしても、問題は終わりではない。なぜなら、歳出の膨張構造が残っている限り、際限ない増税がその後も必要になるからだ。だから、歳出を経済に見合ったものにすることが不可欠だ。

それにもかかわらず、政治は、このことをまったく認識しておらず、選挙の際のマニフェストに振り回されている。そうしたばらまきを歓迎する国民もそうだ。財政に関する最も基本的な問題は、この点にある。

財務省は4月28日、マニフェストの全額実施を前提にした13年度までの財政試算を民主党に提示した。それによると、子ども手当満額支給や農家の戸別所得保障の拡充などによって、10年度に92兆3000億円だった一般会計総額は、12年度には100兆円を突破する。さらに13年度には、106兆7000億円に拡大する。

これがとうてい実現不可能なものであることは明白だ。この試算では、経済成長率を高めに見積もったうえで、歳出と歳入の差額が11年度に57.3兆円、12年度に57.7兆円、13年度は58.4兆円になるとしている。

しかし、高めの経済成長が実現する保証はない。仮に税収が10年度の37兆円から大きく増加しないとすれば、税収が歳出の3分の1しかないという異常な姿になる。そもそも来年度予算が組めるかどうかさえまったく不確実である。

このような財政状況の下では、普通は円安が進んで、インフレになる。しかし、そうした気配はまったく生じていない。現実には、円高とデフレが続いている。金利も上昇の気配は見えないし、資本逃避も起きていない。しかし、そうしたことがいつまでも続く保証はない。現在の状況は、たぶん「嵐の前の静けさ」だ。どこかで急激な反転が起こる可能性は否定できない。

もちろん、経済成長を実現できれば、すべての問題は解決する。その意味では、財政問題とはしょせん二義的な問題にすぎない。しかし、問題は、その実現が絶望的なことである。成長のためには、日本経済の構造を基本から転換させる必要があるが、それに向かう道筋はまったく見えない。経済成長ができないのなら、歳出を身の丈にあったものにするしか選択肢はない。

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