ギリシャと日本の赤字 インフレ税と共通通貨

ギリシャ国債の格付け引下げが、世界の金融市場を動揺させている。そして、日本の財政赤字が巨額であることに、あらためて関心が集まっている。

ギリシャの財政赤字はGDPの10%を超えており、その点では日本も同じだ(ただし、財政赤字の定義は同一ではないので、単純に比較はできない。実際、日本の2010年度予算では、埋蔵金による手当があるので、国債発行額は44兆円とGDPの約9%に抑えられている。しかし、実際の赤字は、埋蔵金分を含めて55兆円と見るべきだ)。

そして、税収の増加も増税も見込めない一方で、財政の無節操なばらまきが進んでいる。さらには、将来に公的年金の財政破綻が予想される(詳しくは、「ダイヤモンド・オンライン」の拙稿を参照)。したがって、赤字が縮小する可能性はほとんどなく、拡大する可能性はきわめて高い。

もちろん、日本国債の大部分は国内消化されているので、ギリシャのようなソブリン・リスクの問題はすぐには発生しない。しかし、「だから日本は大丈夫だ」というわけにはいかない。

日本で国債消化に支障が生じていないのは、民間の投資資金需要が減少しているからだ。実際、銀行の貸付金残高は減少しており、国債保有が増えている。こうした状況なので問題は顕在化しないが、水面下では事態が深刻化している。なぜなら、投資が行なわれないため、日本経済の将来の生産性は低下するからだ。つまり、日本の体力は確実に衰退しつつある(現在すでに、総投資は資本減耗を下回っている)。将来の生産力が低下すれば税収の増加は見込めないので、国債を実際に償還できる可能性は急速に低下している。

これを考慮すると、日本の財政問題は、ギリシャより遙かに深刻である。日本の財政は(あるいは日本経済は)、いつかは破綻する。少なくとも、現在の財政構造が持続可能なものではないことは明らかだ。そこで、財政赤字についての原理的な諸問題を考えることとしたい。

財政赤字を縮小するためには、いくつかの方法がある。政党的な方法は、増税または歳出の削減によって、名目の財政赤字を縮小させることだ。しかし、これは唯一の方法ではない。

いま1つの方法は、インフレによって実質の財政赤字を縮小させることである。歴史を見ると、コントロールできないほどふくれ上がった財政赤字は、ほとんどの場合にこの方法で処理されてきた。第2次世界大戦直後の日本がその典型である。累増した戦時国債の実質的な重荷は、インフレによって消滅したのである。1945年に3.5であった物価指数は、49年にはじつに208.8になった。これによって、内国債残高の一般会計総額に対する比率は、戦時期には5倍であったが、49年には4分の1にまで縮小したのである。

98年のロシアや01年のアルゼンチンでも同じことが起きた。財政破綻とインフレ(そして通貨下落)は、同義語と言ってもよいほど一緒になっている場合が多いのである。

インフレ税による実質国債残高の縮小

インフレが生じるルートとしては、いくつかのものがある。終戦直後の日本では、実質的には日本銀行引き受けの国債である復興金融金庫債の発行によってインフレがもたらされた。現在でも、日銀引き受けの国債発行によって財政支出を拡大すれば、これが可能である(財政法第5条で日銀引き受け国債は禁止されているが、国会の議決で解除できる。なお、国債を増発しても、定額給付金や子ども手当のような移転支出を増やすだけでは、貯蓄が増えるだけだ。インフレを引き起こすには、財政が直接に財・サービスを購入する必要がある)。

第2のルートは、国債を国内では消化し切れず、海外消化に頼らざるをえなくなることだ。こうした事態が、日本でも10年以内に発生する可能性が高い。国債償還の見込みは薄いので日本国債は買いたたかれ、これにより円安が進行する。輸入物価が上昇して国内でインフレが生じる。さらに、日本から資金が逃避し、それが円安とインフレを加速する。

なお、国内でインフレが進行しているので、実質為替レートは円安にはならない。したがって、日本の輸出企業の価格競争力が高まることにはならないので、注意が必要だ。為替レートの調整が国内のインフレに遅れれば、競争力はむしろ低下する。

第3のルートは、そうした事態が生じることが予測されて、日銀引き受けや海外消化が実際に行なわれる前の時点で資本逃避が発生し、円安がもたらされることだ。そうなったとき、国家非常事態であるとして国債の日銀引き受けが解禁される可能性は高い。つまり、予測が自己実現するわけである。

明示的な増税や歳出削減ができなければ、インフレという実質的には税であるものに頼らざるをえなくなるということだ。しかし、「インフレ税」は、拒否できないという意味で過酷な税であるばかりでなく、きわめて不公平な税である。税負担が公平の原則とは無関係に生じるからだ。まず、低所得者に対しても情け容赦なく襲いかかる。裕福な人は贅沢を切り詰めればすむが、最低生活水準の家計は生存を脅かされる。また、定期預金のような名目資産を持つ人に重くかかり、不動産のような実物資産にはかからない(むしろ、利益をもたらす可能性もある)。

共通通貨はインフレ税を禁止する制度

ギリシャはユーロ加盟国なので、通貨を減価させることができない。したがって、政治的に容易であるインフレ税に頼った実質赤字縮小ができないわけだ。対処法は第1のもの、すなわち増税・歳出削減による名目財政赤字の縮小に限られる。これが政治的に不可能であれば、ギリシャはユーロから離脱するほかはない。

つまり、共通通貨は、インフレ税を禁止し、緊縮財政による名目赤字の縮小を強制する効果を持つわけだ。「ユーロは実際にそのような力を発揮するだろうか? すなわち、ギリシャをユーロから離脱させず、厳しい政治的対処を強要できるだろうか?」これは、ユーロが発足後初めて直面する問題であり、今回の問題の本質である。

通貨減価という選択肢を奪われることは、政策の自由度現象という意味で、共通通貨の本質的欠陥であると考えることができる。しかし、現実の政治力学を考えると、政治的には容易である半面で公平上はきわめて問題が多いインフレ税を制度的に禁止するという意味で、本質的な長所ととらえることもできるのだ。

翻って見れば、日本には共通通貨の制約がないので、インフレ税による実質赤字縮小は可能である。可能であるどころか、歴史的に見れば巨額の財政赤字はほとんどの場合にインフレ税で処理されており、そして日本における政治的問題処理能力は絶望的なほど低いので、インフレ税に頼る結果となる可能性はきわめて高い。しかも、すでに述べたように、日銀引き受けに対する制度的歯止めは、きわめて脆弱だ。

円高・デフレが問題だという人が多いので、円安・インフレこそが真の問題であることが、なかなか理解されない。しかし、状況は短時間のうちに急激に転換する可能性がある。そして、こうした事態の勃発に対して、日本国民はほとんど無防備の状態にあると言わざるをえない。

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