「イノベーション」は政策手段となりえない

安倍晋三内閣が進める成長促進政策は、「イノベーション」を主要な政策手段としている。これについて、次の3つの問題点を指摘したい。

第一は、「イノベーション」は、狭義の工学的技術なのか、それとも産業構造改革なども含む広義のものなのか、という点だ。

「日本経済の進路と戦略について」(2007年1月、内閣府。以下「進路と戦略」)は、「IT、環境、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー等の分野では、多様なイノベーションが起こりつつある」とし、「イノベーションの連続的な創出を促進するため、産学官協働による革新的研究開発の促進等を図る」としている。これから見ると、「イノベーション」を狭義の工学的技術に限定していると解釈される。

しかし、この意味におけるイノベーションが経済成長にどの程度寄与するかは、はっきり知られていない。経済分析において「技術進歩」はもっと広義に解釈されており、それを明確化するため、TFP(Total Factor Productivity:全要素生産性)と呼ばれることも多い。これは、「労働、資本などの生産要素以外のもので、成長に寄与する要因」のことである。

経済成長においてTFPが重要な役割を果たすことは、経済分析において昔から知られていた。しかし、TFPのなかには、産業構造の改革をはじめとするさまざまな要素が含まれており、狭義の工学的技術はその一部にすぎない。したがって、TFPが重要であることを根拠に「イノベーションが重要」とすることは、論理のすり替えになる。皮肉な見方をすれば、「今後の日本では労働、資本など明確に把握できる生産要素の増加を期待できないから、説明できないものに期待をかけざるをえないのだろう」と解釈される。

TFPが今後の日本においても重要であることは、疑いない。なかでも重要なのは、低生産性部門(農業、流通など)の生産性向上(あるいは、資源や労働力をそこから他部門に移すこと)だ。ただし、これを実現するためには、「まちづくり三法」のような後ろ向きの保護策からは脱却する必要がある。それは、格差是正策と衝突するだろう。どちらを優先するかは、重要な政治姿勢の問題である。

最も恐ろしいものは政府による研究支援の「重点化」

以上で述べたのは、「狭義の工学的技術が重要でない」ということではない。IT(情報技術)をとっても、それが生産性向上に重要な役割を果たすことは明らかだ(これについては、多くの実証分析がある)。

ただし、狭義の工学的技術の進歩を政策的に誘導することはできない。また、研究開発費の投入に対していかなる成果を期待できるかは、まったく不確実だ。重要であることと、それを政策的にコントロールできることとは、別のことなのである。これが「イノベーション」を主要な政策手段とすることの第二の問題だ。

ITは、政府の政策とは無関係に発展した技術の典型例である。「ルーター」はインターネットで用いられる基幹的な機器の1つだが、これはスタンフォード大学内の互換性のないコンピュータ間の通信を可能とするために作られた(恋に落ちたレン・ボザックとサンディ・ラーナーという2人の開発者がメール交換するのが最初の目的だったという。ラーナーの言うところでは、学生が宿題をネットにアップし、それを教授がネット上で採点できるシステムをつくるのが目的だった)。

インターネットの利用で不可欠な役割を果たす「ブラウザ」は、イリノイ大学の学生だったマーク・アンドリーセンらが、勤めていた研究所の仕事とは無関係に作り上げたものだ。

検索サービスのヤフーもグーグルも、スタンフォード大学の大学院の学生が趣味としてやっていたことである(以上については、拙著『ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル』新潮社、05年を参照)。

知的好奇心の赴くままに開発したものが経済活動を変えたのであって、最初からそれが意図されていたわけではない。ましてや、政府が方向づけをし、研究費を投入して開発したわけではない。

前回(4月28日・5月5日合併号)述べたレムの言葉をもう一度想起しよう。彼は、「科学が常に実際に役立つものを発見できそうなことにしか従事しないとなると、大きな進歩は望めない」と言っている。これは、革新的な技術についても言えることである。

同じことを多くの人が言っている。ジェイムズ・マーチ(組織論の有名な研究者)は、スタンフォード大学での毎年の講義の冒頭で、「私の話に実用性はないし、そうありたいと思ったことは一度たりともない」と学生に言う。「学術的な研究に従事しているコンサルタント、すなわち、コンサルタントを気取った学者に、何をすべきかを尋ねて、今すぐ使えそうな答えが返ってくるなら、そのコンサルタントは首にすべきです」(「DIAMODハーバード・ビジネス・レビュー」07年4月号)。

大学が行なっている研究のなかには、文学や歴史の研究など、工学的技術の進歩に直接には関係しないものが多い。工学部で行なわれている研究でさえ、実用化を目的とするものばかりではない。しかし、実用的な目的には一見して何の関係もないところから、重大なイノベーションが生じるのである。

したがって、政府による研究支援の「重点化」ほど恐ろしいことはない。「進路と戦略」は、「第三期科学技術基本計画」「イノベーション創出総合戦略」「イノベーション・スーパーハイウエイ構想」などを促進させよというのだが、政府が「会議を開いて重点分野を選び出し、そこに研究資金を重点的に投入する」ことで研究活動をコントロールしようとすれば、自由な研究が窒息死するであろうことは、ほぼ確実だ。

「イノベーション」の実現について最低限必要とされるのは、政府の干渉をいっさい排除することである。

GPTの利用に不可欠な社会的な仕組みの改革

第三の問題点は、技術が開発されるだけでは不十分で、それが活用できる社会的な仕組みが必要とされることである。ITのようにGPT(General Purpose Technology)と見なされる技術について、これは特に重要なことだ(GPTとは、特定の産業分野だけに関係するのでなく、あらゆる経済活動で広く用いられる技術。電力がその例だ)。「進路と戦略」は、「成長への寄与が大きいITについて、その活用を広範な分野で拡大・深化させるとともに、その基盤の高度化を図っていくことで、経済全体の生産性を引き上げる」としている。それはそのとおりなのだが、これではあまりに抽象的で、何をすればよいのかわからない。

インターネットを用いた海外アウトソーシングは、世界の経済構造を一変させてしまっている。すでに日本はそれに絶望的なほどに立ち遅れているのだが、その原因は、1つはビジネスにおける世界の共通語である英語で仕事ができないからであり、もう1つは、企業があらゆる仕事を自社内で処理しようとして、そもそもアウトソーシングをしないことだ。

英語についてはどうしようもないが、アウトソーシングについて方法がないわけではない。企業が「選択と集中」を実現すれば、事態はずいぶん変わる。そのための方策を構想することこそ重要である。

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