電子書籍を出版文化向上に寄与させるには

アマゾン・ドットコムのKindleやアップルのiPadが、大きな関心を集めている。電子書籍は、グーテンベルクの印刷機発明依頼の大きな変化を、書籍の世界にもたらす可能性がある。

電子書籍の基本は、印刷・製本、書店販売というプロセスを省略して、書籍を直接読者に届けることが可能になることだ。著者から読者への情報送達過程における中間段階は、著しく簡単になる。つまり、他のIT確信と同じく「中抜き」が起こる。

これまでそれに携わってきた人の仕事が縮小する可能性は、否定できない。しかし、コストの面で印刷代、用紙代、製本代、運送代、書店の展示費用などが消滅するので、読者から見れば「読みたい本が安く読める」ことになる。

読者の利便性向上こそ電子書籍の基本であることを、忘れてはならない。書店が近くにない僻地の子どもたちが、世界文学全集を簡単に読める。絶版になってしまった名著を、古書店を探し回らなくとも読める。外国で出版された話題作を、すぐに読める。いつもそばに置きたい愛読書を、旅行中も携帯することができる。

私が電子書籍に期待しているのは、「読むに値する本がいつまでも残って、読者に届けられること」だ。また、ごく少数の読者しかいない書籍(ロングテール)も生き残れることを期待したい。こうして、電子書籍は「出版の質の向上」という難問に対する究極的な解になる可能性がある。

つまり、電子書籍は、原理的に言えば、著者、出版社、読者のいずれの立場から見ても望ましい状態をもたらすことができるはずだ。この変化に適切に対応することができれば、現在に本の出版が陥っている悪循環を解決することができるだろう。

ところが、電子書籍について日本で現在行なわれている議論は、受け身で防衛的なものが多い。零細書店がつぶれる、著作権が脅かされる、出版文化が低俗化する等々の議論だ。つまり、「黒船到来。どうやって守るか」というものだ。

ここで「守らなければならない」とされているのは、従来の書籍ビジネスモデルである。供給者(特に中小出版社や零細書店)の生き残りが重要な課題と考えられて、「読者」が忘れられている。これは大変残念なことだ。

「供給者(生産者)の都合が優先され、需要者(消費者)の利益が考えられない」とは、日本の経済関係の議論に共通する特徴だが、電子書籍についても見事にそれが表れている。「消滅する仕事のことを考えて消費者の利益を考えない。そして進歩を阻止する」というのは、現代版の「ラダイツ運動」(機械打ちこわし運動)にほかならない。

出版に関する競争的条件を制約している再販制も、電子書籍を契機にして見直しがなされることを私は期待している。これ以外にも、現在の状況には問題が多い。著者、出版社、書店、読者のどの立場から見ても、決して理想的な状態とは言えない。それを解決する手段として電子書籍を見ることが必要だ。

書籍が著しく短命化し質が低下している

現在の日本の出版事情で最大の問題は、書籍の短命化だと私は思う。書籍が書店に並ぶ期間が、著しく短期化しているのである。刊行後せいぜい数カ月だ。それを過ぎると、書店の棚からは消えてしまう。単行本とはいうものの、雑誌並みの薄命になってしまった。

読者の側から見ると、読もうと思っていた本がすぐ買えなくなるので、まことに不都合だ。著者の側から言えば、心血を注いで書き上げた本が、わずか数カ月の寿命で消えてしまうのは、やり切れない。

しばらく前から、出版業は構造的な不況に陥っていると言われる。その原因として、インターネットの普及や若者の活字離れなどが指摘される。これらが重要な原因であることは、間違いない。しかし、書籍の作り方に問題があることも否定できない。

それは、本の量産競争である。次々に新刊書を刊行するため、質の低い本が出回る。大げさでセンセーショナルで人目につくものが、新聞の広告欄でも、書店のスペースでものさばる。そして、悪貨が良貨を駆逐する。そのため、読者が離れる。逃げる読者をつかまえようと、出版がさらに刹那化する。

こうして、悪循環に陥るのだ。こうなってしまう背景には、委託販売性であるために返本に抵抗がないこと、出版社は返品在庫を廃棄処分すれば法人税で損金になるという事情もある(返本率は平均して4割で、欧米よりかなり高い)。

出版社の機能には、企画・編集などの「情報産業的」なものと、印刷・製本などの「製造業的」なものがある。現状では、製造業的な部分が異常に増殖しつつあるのだ。もちろん、編集者の方々は、書籍の作製に全力を挙げている。そして、出版がこうした事態に陥っていることを嘆いている。問題は、この事態を食い止めるための有効な方策が、これまで見出せなかったことだ。

私は、アマゾン等のオンライン書店が出現したとき、この状況が改善されることを望んだ。この連載でも、そうした期待を書いたことがある。しかし、オンライン書店では、出版社が絶版させてしまった本を生き残らせるまでの機能を果たすことはできない。

質向上のためにガイドが必要

電子書籍への移行は、単に途中の費用を低下させるだけではない。書籍の選択に関するプロセスが従来とは大きく変わる。これまで「どの本をどれだけ出版するか」は、主として供給者側の都合で決められてきた。しかし、電子書籍になれば、決定権は大きく変わり、読者の比重が高くなるだろう。

ただし、いくつかの前提がある。第一は、電子書籍の供給において独占や寡占が生じないことだ。つまり、供給のチャネルを多数確保することが重要である。

テレビが低俗化するのは、地上波ではチャネル数が著しく限定されるからだ。供給チャネルが少ないと、社会の大多数の人のレベルに合わせざるを得なくなるので、質が低下する。質の向上のためには、チャネル数が多数あることが必要不可欠だ。

チャネル数に相当するものが書籍の場合には圧倒的に多いので、地上波テレビのような低俗化は進まないとは思うが、電子書籍の供給が独占あるいは寡占状態になると、問題が起こる。テレビと同じように低俗化に流れてしまう危険は否定できない。実際、これまでの携帯電話配信書籍は、マンガが中心であった。

第二に重要なのは、適切な読者ガイドが提供されることだ。電子書籍では書籍の政策・流通コストが低下し、膨大な在庫を抱えることができるので、読者の選択範囲は広がる。

ただし、これは、質の低い本も多く出せる環境でもある。したがって、「いかなる本が読むに値するか」というガイド情報がきわめて重要だ。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等の在来型メディアの果たすべき役割は、ここにある。

これまで、新聞や雑誌の書評欄は、新刊書を対象としてきたが、電子書籍の時代には、新刊書に限らない書評や読書案内が求められるはずである。そして、読みたい本を探すための検索システムが、これまでより重要な役割を果たすだろう。こうした関連サービスが提供されることによって、出版の質が向上してゆくことを、心から望みたい。

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