増税での赤字削減は経済を悪化させるか

国債と税では、マクロ経済に与える影響は違うのだろうか?

一般には、「違う」とされている。なぜなら、税を財源にすると、国債を財源にする場合に比べて、人びとの可処分所得は少なくなっているからだ。だから、消費支出は少なくなり、有効需要は縮小しているだろう。

したがって、財政赤字を縮小させるために増税をすれば、経済に悪影響が及ぶ。言い換えれば、増税せずに赤字を放置していることが、マクロ経済的には評価されることになる。「今は増税するときではない。経済が回復した後で行なうべきだ」という主張は、こうした考えに基づいている。

ところが、事態はこれほど簡単ではない。これは、経済学者のあいだで昔から激しい論争がなされてきた問題なのである。

右に述べたような考えへの反対論としてよく知られているのは、フリードマンの「恒常所得仮説」だ。それによれば、人びとの消費は、短期的に変動する所得ではなく、生涯にわたる所得の長期的な見通しによって決まる。だから、可処分所得が増えても、それが一時的なものと見なされるなら、消費は増えず、増加した可処分所得は貯蓄に回ってしまい、有効需要を増やすことはない。つまり、「財政赤字削減のために増税したとしても(財源を国際から税に変更したとしても)、有効需要が減るわけではない」という考えだ。恒常所得仮説は、モディリアニらの「ライフサイクル・モデル」によって、より一般的な支持が与えられる。

恒常所得の考えは、別に目新しいものではない。18~19世紀のイギリスの経済学者リカードによって、すでに主張されていたことだ。国債を財源として減税が行なわれても、人びとは国債償還のために将来時点で増税が行なわれると考えるため、それに備えて消費を減らしてしまうという主張だ。

「国債も税も、経済に及ぼす影響に差はない。国債は税の後払いに過ぎない」という結論なので、この命題は「リカードの等価定理」と呼ばれる。

この考えは、1970年代にバローによって厳密に定式化され、拡張された。人生が有限であることを考えると、リカードの主張には制約が加わる。しかし、人びとは遺産の増減で次世代に残す資産を調整するため、人生が有限でもリカードの主張は成り立つというものだ。これは、「バローの中立性命題」と呼ばれる。

以上の考えを、リカード、フリードマン、バローの頭文字を取って「RFB理論」と呼ぶことにしよう。それによれば、税も国債も有効需要に与える影響に差はない。常識的には受け入れがたいかもしれないが、経済学者には賛同者が多い。人びとが合理的に行動すれば、こうなるはずだからだ。

増税による赤字縮小が望ましい理由

RFB理論が正しいなら、財政がマクロ経済に与える影響は、歳出側の条件だけで決まる。これは、「企業が資金調達手段として株と借り入れの比率を変えても、企業の価値は影響を受けない。企業価値は、事業面の要因だけで決まる」とするファイナンス理論の「モディリアニ=ミラーの命題」に似ている。

しかし、「だからどうでもよい」というわけではない。なぜなら、税と国債は、有効需要に与える影響は同じでも、他の面では異なるからだ。それらを考慮すれば、以下に述べるように、「増税して赤字を縮小させたほうがよい」ということになる。

第1に、巨額の国債発行が続くと、いずれ国内で消化できなくなり、海外販売が必要になる。その際、買いたたかれて円安になる可能性が強い。すると輸入インフレが招来される。つまり、いずれ税で償還されるのだが、それが通常の税ではなく、「インフレ税」になる可能性が強いのだ。

ところが、インフレ税は所得分配上望ましくない。なぜなら、高額資産者は資産を海外逃避させるなど対処の手段があるが、一般国民の資産の大部分は定期預金のような名目資産であるため、資産価値が激減するからである。それを考慮すれば、財政赤字を放置してインフレが到来するのを待つのではなく、公平の原則が維持できる明示的な増税を行なって赤字を解消してしまうほうがよい。

第2の理由は、国債で賄っていると、負担感が希薄化し、財政規律が緩んでしまう恐れがあるからだ。上の議論では、歳出面の条件は固定して考えた。しかし、現実にはそうでなく、ムダな支出が増えて、赤字はますます増加してしまう。だから、増税して納税者のチェックを厳しくすることが必要ということになる。こうした議論は、ブキャナンなどの財政学者によって主張された。この点からいうと、負担感が希薄な消費税増税は望ましくなく、所得税によるべきだ。

なお、財政赤字が望ましくない理由として、しばしば「招来世代にツケが回るから問題だ」と言われる。しかし、これは間違いだ。内国債である限り、負担の招来への転嫁は生じない。

「増税すれば経済に悪影響」とは言えない

以上からわかるように、「増税をして赤字を縮小させるべきか」という判断は、RFB理論が正しいか否かに大きく依存している。正しければ、上記のような結論になる。しかし、正しくなければ、増税が有効需要を減少させる金を考えなければならない。

だから、実証が必要だ。ただし、それは容易ではない。第1に、現実に起こっていることは、他の条件が一定で税と国債の入れ替えだけを行なっているのではないからだ。その他の条件が同時に変化しているので、それらの影響を分解するのが難しい。たとえば、橋本内閣の消費税率引上げは、経済に悪影響を与えたとされる。しかし、金融危機や中国からの製品輸入の増加が経済を停滞させた可能性も強い。これらと消費税増税の影響を区別するのは、難しい。

第2に、RFBは100%成立するかゼロか、というわけでもない。実際には中間的なことになる可能性も強い。また、条件が変化してからRFBが予測する結果が生じるまでに、時間がかかることもあるだろう。たとえば、経済危機で赤字が一挙に拡大したのはごく最近の事態であるが、それに応じて貯蓄が増えたわけではない。しかし、今後時間をかけてそうなってゆく可能性も否定できない。

このように、問題は簡単に白黒が判断できることではない。ただし、臨時的な減税が有効需要増大効果を持たないとする実証分析は多い。これはRFBを支持するものだ。日本の例で言えば、定額給付金によって消費が増えた形跡はないことも、RFBを支持する。

また、この20年間で日本の家計貯蓄は大きく減少している。他方で国債発行額も増えているので、一見するとRFB理論が当てはまっていないように見える。しかし、貯蓄減は、人口高齢化によってもたらされた面が強い。また、経済危機が発生するまでは、法人の貯蓄が増えた結果、国全体の貯蓄は増加して、対外経常黒字が増えた。それによって対外資産が増加した。つまり、将来取り崩して国債の償還に充てられるよう、海外に貯蓄したのだと考えることもできる。これは、RFBを支持するものだ。

こうしたことを考えると、RFBが支持され、したがって増税による赤字縮小は望ましいと評価できる可能性が強い。少なくとも、「増税すれば経済に悪影響が及ぶ」と頭から決めてかかることはできないのである。

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