新興国シフトは日本の自殺行為

「これからのマーケットは新興国。特に中国だ」という声が、さまざまなところで聞かれる。自動車についてもそうだ。中国での販売台数がアメリカを抜いて世界一になったことから、自動車会社の「中国シフト」が進んでいるようだ。

では、中国市場は、日本の自動車会社の収益を回復させる救世主になるのだろうか? 私は大いに疑問に思っているのだが、その理由を以下に述べよう。

中国での事業が好調といわれる日産自動車が、決算参考資料で地域ごとの利益を公表している。それによると、1台あたりの販売額は、北米293万円に対して、その他地域は136万円だ(中国はこの中に含まれている。別の表によると、「その他地域」の販売のうち約6割が中国である)。つまり、中国で売れている自動車の価格は、アメリカで売れているものに比べて、2分の1以下だ。

売上高に対する利益率を見ると、北米8.6%に対して「その他地域」は7.8%である。つまり、価格が安いだけでなく、利益率も低くなっているのだ。この結果、1台あたりの利益は、北米25万円に対して「その他地域」は11万円と、かなり低くなる。こうした数字からもわかるように、中国に代表される新興国マーケットとは、先進国とは明らかに違うマーケットだ。新興国の所得は、先進国の10分の1以下なのだから、考えてみれば当然のことなのではあるが。

今後の販売台数が中国中心になることは間違いない。しかし、だからといって「中国シフト」すれば、利益はかなり減少すると考えざるをえない。少なくとも、現在のビジネスモデルを継続する限り、そうした事態に陥ることは不可避だ。先の数字から考えると、総資本利益率は1%以下に落込むだろう。

このことは、自動車以外の製品についても言える。中国シフトは、日本産業の自殺行為としか思えない。

これまで日本から中国への輸出は、中国の輸出産業に向けた機械類などの資本財や部品などの中間財であり、最終消費財ではなかった。日本対中国に限らず、賃金の高い日本が賃金の低い新興国に向けて最終消費財を輸出すれば、利益率が下がるだけでなく、賃金が新興国並みに低下する。「デフレ脱却」とは正反対の方向だ。

低所得国向けの最終消費財生産は、低賃金国で行なうしかない。先進国のメーカーはデザインや設計のみに特化し、実際の生産は低賃金国で行なう方式だ。アップルが行なっている世界的水平分業方式の生産は、まさにそうしたものである。

30年後の世界はどうなっているか

「中国の所得水準は低い」ということが、右で述べたことのベースである。重要なのはGDPに代表される「経済規模」ではなく、1人あたりGDPに代表される「豊かさ」である。国際分業を考える基本がこれだ。

ただし、右に述べたことは、「現状ではそうだ」ということであり、「今後もずっと同じ状況が続く」ということではない。

中国の経済成長率はきわめて高いので、日本と中国の所得格差は、今後急速に縮まってゆくだろう。このことは、IMF(国際通貨基金)のWEO(世界経済見通し)の付属資料で定量的に確かめることができる。そこには、2014年までの経済指標の予測値が示されている。それによると、次のとおりだ。

中国の1人当たりGDPは、10年には3925ドルで、日本のほぼ10分の1(9.6%)である。しかし、14年には6055ドルとなって日本の7.6分の1(13.2%)となる。つまり、日本との差は依然として大きいが、差は縮小するのである。さらに遠い未来を見れば、日本と同水準になることも考えられる。仮に1人当たりGDPにおける日本の成長率が1%で中国が9%であるとすれば、31年後にはそうなる。

そうなったときには、「中国では廉価品しか売れない」ということはなくなるわけだ。ただし、そのときには、中国のメーカーも、日本のメーカーと同程度に、あるいはそれ以上に成長しているだろう。そうした状況下で日本企業が競争に勝ち抜けるかどうかは、まったく定かでない。

また、技術も大きく変化しているだろうから、日本の技術的優位性が継続しているとは限らない。これは、特に自動車について言える。仮に電気自動車の時代が到来すれば、その生産は現在のような垂直統合方式ではなく、全世界的な水平分業で行なわれるだろう。つまり、現在のPCやその他のエレクトロニクス製品と同じような生産方式に移行するだろう。その場合に、垂直統合方式の生産にこだわり続ければ、今のエレクトロニクスと同じような状態になり、大きく後れを取ることとなるだろう。

1980年代に日本製品がアメリカの製造業を窮地に追い込んだとき、日本の経済規模はアメリカの半分だった。しかし、30年後の中国は経済規模で日本の10倍になっている。その中国が技術面でも優位に立てば、日本全体が押しつぶされてしまう。

日本が進むべき道は高度の知識産業

「モノづくりは日本のお家芸」「これからの主戦場は中国」とする日本の製造業は、以上のような条件を十分考慮に入れてビジネスモデルの展開を考えているのだろうか? 過剰生産能力のはけ口探ししか頭にないのではあるまいか? そうした短期志向をやめて、基本的な戦略の再検討をする必要がある。

その際に参考になるのは、先進国の姿である。これも、IMFのWEOのデータで見ることができる。それによれば、14年における1人当たりGDPの値は、日本を1として、次のとおりである。

ルクセンブルク2.3、スイス1.6、アメリカ1.2、アイルランド1.2、イギリス1.02、ドイツ0.9

このデータは、きわめて興味深い。上位に位置しているルクセンブルクとスイスは、いずれも金融業を主産業とする国だ。これらは人口面で小国だから日本の参考にならないというのなら、同じく金融立国のイギリスが、(差はそれほどではないとはいえ)日本より豊かな国であることに注目すべきだ。アメリカも金融業の比重が高い。また、先端的なIT産業も重要な地位を占めている。アイルランドも似たような事情だ。それに対して、製造業が中心のドイツの1人当たりGDPは、日本より低い。

つまり、このデータが語っているのは、脱工業化した国が豊かになり、製造業中進国が立ち後れるということだ。この傾向は、90年代の後半から明らかになっていたものだ。実際、07年には、もっと顕著に生じていた。

今回の世界金融危機がそうした傾向を変えるのではないかと考えられたこともあったのだが、危機からの出口が見えてきた今、その傾向は将来も引き続くことが確かになっている。

脱工業化した国が産業の中心に据えているのは、付加価値の高いサービス産業である。それは、高度の知識をベースにしたものだ。ダニエル・ベルが70年代に予測した「脱工業化社会」(post-industrial society)が現実化しつつある。脱工業化社会の基礎をつくるのは、高等教育である。アメリカもイギリスも、この面ではずっと強かった。アメリカに中国の優秀な留学生が殺到していることを忘れてはならない。

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