低金利が招いた資産市場の歪み

公示地価が16年ぶりに上昇した。「やっと資産デフレの時代が終わった」という論調が一般的だ。

しかし、こうした考えは、重大な点を見逃している。それは、「金利が低ければ地価が上がるのは当然」ということだ。これについて、仮想例を用いて説明しよう。

ここに、年間1億円の利益を確実に出す商業施設があったとする。この価値はいくらだろうか?

調達資金は全額を借り入れて賄うとする。金利が年利10%であれば、価値は10億円ということになる。なぜなら、毎年の利子支払額は1億円で、施設からの利益でちょうど賄えるからだ。しかし、金利が1%になると、右と同じ計算で、価値は100億円になる。

このように、金利が低下すれば、不動産の価値は自動的に上がる。「毎年1億円の利益」という実物的な側面にはなんの変化がなくとも、不動産の価値は大きく変わるのである。

以上は仮想の数値例だが、現実の数字を見ると、金融機関の貸し付け約定平均金利(新規・長期)は、1991年に7.51%であったが、2004年には1.58%になった。これから単純に計算すれば、地価が4.8倍になってもおかしくない。

低金利が可能にしている「リート」による裁定

以上については、いくつかの注釈が必要だ。第一に、右の例では毎年1億円の利益は「確実に得られる」とした。しかし、一般には不動産からの収益にはリスクがある。たとえば、ある年の利益は1億円未満かもしれない。そうしたリスクに対処するには、毎年の利子支払額が1億円以下である必要がある。

つまり、金利が10%の場合においても、商業施設の価値は10億円よりは低く評価されるわけだ。

ファイナンス理論においては、このことを「リスクがある資産の価値評価に当たっては、将来の利益を割り引く際に、安全資産の収益率にリスクプレミアムを上乗せした利率を用いる必要がある」と表現する。

この利率のことを、実務では「キャップレート」と呼んでいる。リスクプレミアムをどのように評価すべきかは簡単な課題ではない。これは、ファイナンス理論の核心部分である。

第二に、「低金利は90年代後半から続いていたから、地価はもっと早く上昇してもおかしくなかったか?」という疑問が出されるかもしれない。そうならなかった理由としては、いくつのものが考えられる。

1つは、不動産の実物的な収益見通し(右の例で「1億円」としたもの)は低迷しており、ここ数年でやっと回復した。これは、今回の公示地価を見ても確かめられる。上昇したのは、東京、大阪、名古屋と地方中核都市で、地方部はまだ下落を続けている。もう1つは、80年代の不動産バブルで地価があまりに高水準に達しており、その調整に時間がかかったということがあるだろう。

以上のように、「金利が低ければ地価が上がる」という命題の解釈に関しては、注意が必要である。ただし、重要なのは、「金融情勢と地価を切り離して議論することはできない」ということだ。したがって、「日本もようやく資産デフレから脱却して正常な状態になった」と喜ぶことはできないのである。

現在の日本が異常な低金利状態にあることの含意は、以下に述べるように、きわめて大きい。

先に用いた数値例で考えた商業施設は、20億円で建設できるものとしよう。それが100億円で取引されるとすれば、過大評価だ。こうなるのは、金利が低すぎるからである。

これは、次のようにも表現できる。この商業施設の収益率は、本来は5%であるが、借り入れの資金調達コストは1%だから、借り入れて購入することが有利になっている。実務においては、このことを「イールドギャップ」という言葉で表現する。これは、不動産賃貸料収入÷不動産価格と長期金利の差である。東京では2%程度の水準となっており、「世界最高水準」と言われる(ニューヨークやロンドンではマイナス)。

右で述べたことは、「本来はもっと高くあるべき長期金利が人為的に抑制されている」と見ることもできるし、「高い収益率が見込まれるのは、企業の設備投資ではなく、大都市中心部の商業施設だけだ」と解釈することもできる。

いずれにしても、不動産収益率と金利水準の格差が不動産価格を押し上げていることは間違いない。

ここで注意すべきは、これは投機的取引ではないことだ。なぜなら、イールドギャップを利用して、確実に儲かるからである。こうした取引は、(広義の)「裁定取引」である。

「リート」(不動産を証券化した金融商品)と呼ばれる仕組みが、こうした裁定取引を容易にしている。

先の例の商業施設を対象としたリートが、たとえば、総額50億円で売り出されるとしよう。リートの購入者は、50億円の投資で毎年1億円の収入を得るから、収益率は2%となり、銀行借入れでこれを購入すれば、元手なしに利益が上げられる。リートの販売者は、20億円の投資で50億円の販売収入を得られる。

リートの盛行を「バブル」とする意見に対して、関係者からは、「バブルではない」という反論がある。確かに、これは投機行動ではなく裁定取引である。そして、これを可能にしているのは低金利である。

日本は金利を正常化できない情勢に追い込まれている

いずれにしても、低金利が資産市場を歪ませていることが重要だ。低金利がつくり出した歪みは、不動産だけでなく、ほかにも見られる。「円キャリートレード」がそれである(これは、裁定取引でなく、「将来円高にならない」ことにかけた投機行動である)。

問題は、金融情勢が変われば、状況が一変することだ。リートは、流動性を高める点では評価できる。しかし、すぐに売れるから、逃げるのも早い。したがって、金利が引き上げられると、不動産価格が大きく下落する可能性がある。「円キャリートレードの巻き戻しが生じると、為替市場が大きく撹乱される」と言われるが、同様の問題は、その他の場面でも生じうるのだ。

これを逆から見れば、「日本はすでに、金利を正常化したくともできない情勢に追い込まれている」と言えるかもしれない。

最後に、次のことを述べたい。今「かもしれない」と述べたが、それは、現状がよくわからないからだ。公表されている統計からは、推察はできるが、実情が把握できないのである。円キャリートレードもリートも、ファンドがかなり介在していると見られ、その実態がわからない。

日本の統計には、不必要なものが多い半面で、必要な統計がない。現状を正確にとらえることは、適切な政策を構想するために、なによりも重要なことである。

農林水産省のホームページを見ると、じつに多様で精密な統計が示されていて、驚嘆する。たとえば、「平成18年産麦類(用途別)、れんげ、イタリアンライグラスの作付面積(全国)及び4麦の収穫量(都府県)」という統計がある。

そうしたものが「不必要だ」とは言うまい(それにしても、「イタリアンライグラス」とは、いったいどういうものだろう? そして、「れんげ」の作付面積を、国家予算を投入して調べる緊急度はどの程度あるのだろう?)しかし、他方において、切実に必要な統計もあるのだ。

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低金利が招いた資産市場の歪み” への2件のコメント

  1. イタリアンライグライスは、イタリアンライグラスの誤記と思われます。牧草ですね。
    レンゲ等の統計については、米麦等の他の主要農作物の統計業務に付加的にやっているだけでしょうから、さしてコストはかかっていないと思います。

  2. 日本の農業統計は、統計官(公務員)の数や統計数値の
    正確さでは、世界一です。(笑

    それが、なんの役にたつのか?。と言われれば?。ですね。

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