再び失われる15年の入り口に立つ日本

この連載を始めた契機は、1995年の阪神淡路大震災だった。被災地でのパソコン通信の活躍ぶりについて本誌に書いたのがきっかけとなって、連載を始めることになった。それ以来15年間、今回で500回になった。ご愛読いただいた読者の皆様方に、心から御礼申し上げたい。

この間に世界は大きく変わった。中国の名目GDPは、95年から2008年のあいだに5.9倍になった。農業国が工業化したのだから、当然と言えば当然だ。しかし、成長したのは中国だけではない。先進国も成長した。アメリカの実質GDPは95年から09年のあいだに1.4倍に、平均株価は09年末までに2.7倍になった。イギリスの実質GDPは08年までに1.4倍に、株価は09年末までに1.8倍になった。それに対して日本の実質GDPは、08年までに16%増加しただけである。株価は09年末までに95年初の57%に落ち込んだ。

こうした事実を見れば、この間の日本経済の運営が著しく誤っていたと考えざるをえない。この期間は、一般に「失われた15年」と言われる。しかし、天災などの不可抗力が原因でそうなったわけではない。これは、人為的なものだ。経済政策が壮大な誤りを犯したのである。

日本は、この間に生じた世界経済の大きな変化に対応できず、政策を誤った。本来大きな改革が必要とされたにもかかわらず、それが行なわれなかった。後で述べるように、今日本は再び同じ過ちを犯そうとしている。過ちを繰り返さないためには、まず過去の反省が必要だ。そこで、この15年間の経済政策のどこが誤っていたのかをまず検証しよう。そして、将来に向かって何が必要とされるかを考えてみたい。

金融緩和と円安で摩擦を回避し減少する国内需要を輸出で補った

この15年間に起きた大変動は、次の3つである。

第1は、中国の工業化だ。日本に対する影響は、中国からの製品輸入の増加に明確に表れている。

第2は、IT(情報技術)の進展だ。阪神大震災のとき現地の状況をインターネットで見ることができた人は、ごく少数だった。ヤフーは設立直後で、グーグルはまだ存在しなかった。

第3は、資本と人の面でのグローバリゼーションの進展だ。とりわけイギリスにおける直接投資と外国人労働力受け入れの増加は目覚ましい。

こうした大変化が生じたにもかかわらず、日本は、それに対応しなかった。産業構造はほとんど変わらず、ITにも対応できなかった。資本と人の面では、ほぼ鎖国状態を続けた。

こうなってしまった根本的な理由は、変化の本質を見誤ったことだ。不調の原因は、当初はバブル崩壊による銀行の貸し渋りとされ、しばらくしてからは「デフレ」とされるようになった。しかし、この間の物価下落は、貨幣供給の不足による「デフレ」ではなく、次の2つの要因によって生じたものだったのである。

第1は、アジアの新興国(当初は、韓国、台湾など。後に中国)において作られた安価な工業製品が日本に入ってきたことだ。このため、工業製品の価格は下落した。他方で、サービスの価格は不変であるか上昇した。大ざっぱに言えば、90年に比べてサービス価格はほぼ2割上昇したのに対して、工業製品価格は半分以下になった。したがって、相対価格はこの間に大きく変化したことになる。貨幣供給の不足によって生じるデフレでは、すべての財・サービスの価格が一様に下落する。相対価格にこのように大きな変化があったことは、実際の物価下落が、教科書的な意味の「デフレ」ではなかったことを明確に示している。

第2の要因は、日本がこれらの諸国と工業製品の生産で競争することになったため、国内賃金率が新興国賃金にサヤ寄せされて下落したことだ。156ページの図1に見るように、日本の賃金率は90年代の後半以降下落している。これにより、国内の消費需要が減少した。アメリカやイギリスはこの間に脱工業化してしまったので、新興国と競争する事態には陥らなかった。物価下落がこれらの諸国で深刻な問題とならず、日本で問題とされるのは、このためである。

以上からわかるように、必要なのは、変化に対応して産業構造を転換することだったのだ。しかし、転換には摩擦が伴う。それに対して、金融緩和、円安政策によれば、従来の産業構造は維持できる。だから、この方向が選ばれた。

為替レートは、90年代の前半には円高に向かったのだが、90年代の後半以降、名目レートはほとんど変化していない。日本の物価上昇率は諸外国より低いので、これは実質レートでの円安が進行したことを意味する。このため、日本の輸出の価格競争力が著しく高まり、輸出が増加した。日本はもともとは外需依存ではないのだが、02年頃以降、外需に対する依存が明確になった。なお、図1に見るように、90年代後半以降(08年、09年を例外として)、実質実効レートの円安進展と賃金率の低下が並行して進んでいる。

外需依存は、賃金の下落による国内需要の減少にプッシュされた面もある。それが明確に表れているのは、自動車だ。国内生産は90年頃にピークに達し、その後は継続的な減少に転じていた。しかし、それまでの成長によって生産設備が拡張されているので、需要を確保する必要があり、輸出ドライブがかかった。これによって、アメリカでの日本車の販売が増加した。これは、先に述べた円安によるものだ。

これが、02年以降の戦後最長と言われた景気回復である。それによって、高度成長期の産業構造が温存された。鉄鋼業のように斜陽化の過程にあった産業も復活した。

小泉政権は、改革を行なったと一般に理解されている。しかし、この理解は誤りだ。

改革が叫ばれたことは事実であるし、政治的な面で言えば、郵政族の基盤の切り崩しが実現したことも事実だ。しかし、経済的な面に関する限り、改革はなにも行なわれなかった。逆に、産業構造の大きな改革が必要だったにもかかわらず、旧来型の産業構造が温存されたのである。

今また同じ過ちを繰り返そうとしている

円安は円キャリー取引に支えられたバブルであったため、外需依存の成長は、いつまでも継続できるメカニズムではなかった。そして実際に、バブルの崩壊によって破綻した。これが07年頃からの世界的な金融・経済危機にほかならない。

今世界は、経済危機からようやく脱却しつつある。中国をはじめとする新興国の成長に注目が集まっているが、むしろ注目すべきは、アメリカの先端金融業とIT産業の急回復だ。

今回の金融・経済危機で、金融業が壊滅したという意見が広く見られた。しかし、実際には、アメリカの金融業の利益減少は、一時的なものだった。これまでのような過大なリスクの投資はなくなるだろうが、引受けなどの本来の投資銀行業務は発展するだろう。先端IT産業は、経済危機の期間中も利益がさして減少せず、今過去最高の利益を更新しつつある。

その半面で、製造業は打撃を受けた。これは、アメリカ、イギリスでも見られる現象である。その結果、アメリカにおける製造業の比率はさらに低下した。つまり、今回の経済危機とは、一般に理解されたように金融業が落ち込む過程ではなく、製造業が落ち込む過程だったのだ。金融やITは、雇用を調整すれば、利益を回復できる。それに対して製造業は、いったん生産能力を拡張すると、工場設備が拡張するので、雇用を調整しただけでは利益を回復できないからである。

これは、日本においてとりわけ深刻な問題として存在する。現在の日本においては、全体として2割程度の生産能力が過剰と考えられる。産業によっては、過剰度はこれより大きい。自動車産業は、その例だ。

このため、日本の製造業は、09年第1、第2四半期には全体として赤字に陥った。第3四半期で黒字になったものの、利益の水準は、著しく低く、ピーク時の7分の1程度に落ち込んでいる。

先頃発表されたIMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」の計数を用いて計算すると、アメリカは、10年において07年の水準を回復し、図2に示すように、11年にはそれより3%ほど高くなる。また、イギリスは、11年においてほぼ07年の水準を取り戻す。それに対して日本は、11年になっても、07年より2.8%ほど低い状態にしか回復しない。つまり、世界が経済危機から回復してゆくなかで、日本は落ち込んだままになると予測されているのだ。

そして、日本国内ではこれまでと同じく、「経済の停滞はデフレによるものであり、金融緩和が必要」との考えにとらわれている人が多い。約15年間にわたって続けられた認識と政策の誤りが、また繰り返されようとしているのである。

09年になって消費者物価指数が下落した原因は、第1は原油価格の低下によるエネルギー関連の価格低下であり、第2は、東アジア諸国からの輸入による電気製品などの価格低下である。第1の要因は12月には消滅したので、消費者物価指数下落率はそのぶんだけ縮小した。第2の要因は、すでに述べたものである。

また、金融緩和を行なっても、次の2つの理由で、07年頃までの成長を再現することはできない。

第1に、07年頃までの円安を再現することはできない。なぜなら、諸外国が金利を引下げてしまったため、短期金利では内外金利差がないからだ(ただし、経済危機からの回復に伴って外国の短期金利も上がる可能性はある。そうなれば、再び円安が生じる可能性は否定できない)。

第2は、アメリカの消費需要が07年頃のレベルには戻らないことだ。消費の拡大は住宅価格上昇による消費者信用に支えられた面が強く、それを再現することはできないからだ。

それにもかかわらず、国内の生産能力のはけ口を、輸出に得ようとする方向が求められている。今考えられているのは、「アメリカがダメなら新興国」という方向だ。

しかし、この方向を志向すれば、日本は貧しくなる。新興国は低所得国であるからだ。「ボリュームゾーン」と呼ばれる年間所得5000ドル(約45万円)以上の消費者がアジア新興国に8.8億人いると言われるが、そのうち7.5億人は、年間所得が1.5万ドル(約135万円)以下だ。これは、日本で言えば生活保護レベルである。日本のような高所得国が低所得国の最終消費財の供給国になるのは、国際分業の観点から見てありえない奇妙な姿である。仮にこうした需要に国内生産で対応しようとすれば、日本の賃金は中国のレベルにまで下落してしまう。それによって生じる国内需要の衰退と価格の下落は、日本経済を破壊するだろう。

新興国の最終需要は廉価品が中心であり、その生産は低賃金国で行なわざるをえない。したがって、生産拠点の海外展開は不可避である。だから、国内における過剰な生産能力に対する解にはなりえない。

需要を拡大することで過剰生産能力を覆い隠そうとする政策は、15年間続けられて失敗した政策だ。これ以上継続することはできない。それにもかかわらず、今日本は再び同じ過ちを、しかも拡大したかたちで繰り返そうとしている。そうした方向に進もうとする日本は、「再び失われる15年」の入り口に立っているとしか言いようがない。

未来のリーディングインダストリを育成する

今必要なのは、日本の産業構造を改革することだ。具体的には、脱工業化の推進である。今こそ、この問題に真剣に取り組まなければならない。

次の2つが必要だ。第1に、国内の雇用は量的には内需で確保する。現在有効求人倍率が1を超えているのは介護であり、今後も人手不足が予想される。そこで、この分野の規制を緩和し、競争原理を導入することによって雇用を拡大することができるだろう。

第2は、リーディングインダストリの養成だ。それは、新興国の工業化がさらに進んでも高い収益を実現できるようなものでなければならない。膨大な量の低賃金労働力を抱える中国やインドができる経済活動を行なっても、勝ち目はない。未来の世界で生き残るためには、こうした諸国が行なうことのできない経済活動を行なうことが不可欠だ。

製造業のなかにも、そうした分野はいくつもある。これまで日本が新興国に輸出してきたのは、中間財・資本財である。これらは新興国が生産できない技術的に高度なものだ。アメリカの航空機産業もそうである。製造業以外にも、可能性はある。具体的なイメージを得るために、アメリカで1人あたり雇用者報酬が高い産業分野を示すと、次のとおりだ(カッコ内は09年第4四半期での年間所得、単位ドル。なお、自然独占と考えられる分野を除く)。

証券・商品投資(20万9650)、経営コンサルタント(10万0715)、ファンド・信託(9万7699)、コンピュータ・システムデザイン(9万4391)、コンピュータ製造(8万6458)、法曹(8万5284)、出版(8万3338)、情報データ処理(8万1794)。

これらは、現在は中国やインドが行なうことのできない経済活動である(もちろん、将来もそうあり続ける保障はない)。それゆえに、高い付加価値が実現できる。日本人の知的能力を考えれば、こうした経済活動への移行は、必ず実現できるはずだ。これらの産業が核となって、これまでの賃金下落傾向を食い止めることが必要だ。

そうした産業構造への改革を推し進めるのは、政府の力ではなく、市場の力である。産業構造の改革は、政府の指導で実現するのではなく、市場の競争圧力で推し進められるのである。最も強い競争圧力は、海外から生じる。だから、資本自由化・資本開国が必要だ。それによって日本の経営に刺激を与える必要がある。

そして、教育が必要である。先端的経済活動は、ルーチンワークでなく、知的活動である。高等教育によって獲得した専門的な知識が付加価値を生む。高度な専門家の育成は、日本の教育システムで最も弱いところだ。経済が変わるためには、それを担う人材の質が変わらなければならない。教育のないところに、進歩はありえないのだ。

このレベルの教育は、大学では不十分であり、アメリカでプロフェッショナルスクール、日本で専門職大学院と言われるレベルの教育が必要である。アメリカでこのレベルの学位を持つのは、全人口の1.5%程度である。人口2歳分の1.5%として見積もれば、日本では、3万人程度である。専門職大学院の現在の在学生が2.3万人なので、3割程度増やす必要がある。

アメリカの税制では、大学の授業料や学生ローンの利子は所得控除の対象となる。尾浜政権は、大学授業料を税額控除するAmerican Opportunity Tax Credit制度を導入した。しかし、日本ではなんの措置もなされていない。大学院授業料が年間150万円とすれば、総額で4500億円程度の財源があれば、3万人の授業料を補助できる。決して少ない金額とは言えないが、子ども手当農家戸別所得保障に2兆円を超える予算が充てられていることと比較すれば、十分正当化できるものだ。純粋な投資と考えても、今の日本では最も収益率が高い投資だ。そして、これによって将来の日本が変わる。最も重要な成長戦略は教育にある。

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