経済対策の効果を検証・評価する

2008年の秋以来の経済急減速に対応して、いくつかの緊急経済対策が取られた。それからほぼ1年がたったので、これらの効果を検証し、評価を行なうべきだろう。

金融政策では、量的緩和政策が取られた。これは、資金繰り倒産や取引障害などの、流動性不足から生じる諸問題を回避する効果はあったろう。しかし、需要を増大したり、物価を引上げたりする効果はなかった。現状では、貨幣に対する需要が無限大になってしまっているため、流動性の増加が経済活動を刺激する効果を持たないからである。つまり、ケインズが言う「流動性トラップ」に落ち込んでいるわけだ。

金融政策の無効性は、物価について特に顕著である。08年にプラスであった消費者物価上昇率は、09年にはマイナスになったが、これは金融政策とは無関係に生じたものだ。

他方で、国債増発が続いているにもかかわらず、民間設備投資がきわめて弱いために、長期金利は上昇していない。したがって、財政拡大が民間投資需要を減少させるという意味でのクラウディングアウトは生じていない。

実際、実質民間企業設備は、GDP統計の7~9月期第2次速報で、対前期比年率換算で-10.6%になった(第1次速報値のプラス伸び率から改定)。これまでも大幅な減少が続いているため、対前年同期比では-20.6%という大きな落ち込みになっている。企業が設備投資を行なわないのは、生産の先行きについて悲観的な見通しが支配的であるためだ。

また開放経済においては、財政拡大によって金利が上昇し、それが円高をもたらして輸出を減少させるという意味でのクラウディングアウトの可能性もある。しかし、これも現在の日本では生じていない。円高は進行したが、別の要因によるものだ。

したがって、「短期的な需要喚起策として金融政策と財政政策のどちらを取るべきか」というポリシーミックスの問題に対する答えは、明らかに財政政策である。つまり、ケインズ理論が妥当する典型的なケースだ。

ただし、財政政策の中でも、定額給付金は消費支出を増大させる効果を持たなかった。GDP統計を見ると、実質民間最終消費支出は、対前期比で見ると4~6月期、7~9月期ともプラスの伸び率になっているが、対前年同期比は7~9月期に0.0%になっている。定額給付金で増大した可処分所得の大部分は、消費には回らず、貯蓄になったと考えられる。

これは、可処分所得が一時的に増えても、長期的な所得の見通し(「恒常所得」)が増加しないからである。所得の先行きについて悲観的な見通しが支配的な現状では、可処分所得を増大させて消費を喚起しようとする政策は機能しない。したがって、今後、子ども手当や農家への戸別所得保障が行なわれても、あるいは減税が行なわれても、消費拡大策としては効果がないだろう。

雇用調整助成金と買い替え支援策

現在の日本経済の経済条件を考えたとき、本来行なわれるべき財政政策は、公共事業の増加である。しかし、GDP統計によると、実質公的資本形成は、4~6月期は大きく増加したものの、7~9月期には-1.6%になってしまった。

雇用面で大きな効果を発揮したのは、雇用調整助成金である。これは、失業率の上昇を抑えたという意味で、マクロ経済的には公共事業と同じ効果を持った。この助成金は、企業が抱える過剰雇用に対して政府が休業手当の一部を肩代わりするものであるが、手当を給付するだけで仕事を求めない失業対策事業と解釈することができる。

公共事業であれば、手当を給付して、なにかの事業を行なわせる。雇用調整助成金は、失業回避の面での効果は同じだが、なにも残らないという点で、浪費的な政策だ。また、一時しのぎの緊急避難にすぎず、雇用を積極的に増大させていないという点も問題だ。

財政政策の中で大きな比重を占めたのは、特定産業への補助金である。すなわち、エコカー減税や新車買い替え補助、エコポイントなど、自動車産業と電気産業を対象とする支援策が行なわれた。本連載の、第490回で論じたように、これは、かなり顕著な効果を発揮した。

ただし、この政策も、雇用調整助成金と同じ問題点を持っている。つまり、一時しのぎにはなっても、日本の産業が抱えている基本問題を解決することにはならない。本来必要なのは過剰設備の廃棄であり、それを進めるための資金手当や補助だ。もう1つの問題は、特定産業に偏っていることだ。国民の負担によって一部の産業を助けることは、一時的な緊急策としてはともかく、恒久的な施策とするべきではない。

教条主義から脱却して都市基盤の整備を

現在行なわれている緊急経済政策は、自民党政権時代に決定されたものだ。民主党政権で、これらはどう変わっただろうか。

第1に、政府はデフレ宣言を発し、日本銀行に金融緩和を強制した。しかし、上述のように、こうした政策に効果は期待できない。金融政策で需要を増大させようとする誤り(ケインズ理論の無視)が、自民党時代と変わらずに続いているわけだ。財政政策について、雇用調整助成金と特定産業補助に集中する方向づけも、変わっていない。これらの企業の労働組合幹部経験者が民主党の中枢にいるため、企業支援の姿勢が強くなるのは、やむをえないのかもしれない。

一方、公共事業の否定は、自民党時代より顕著になった。その元になる考えは、「公共事業は悪」という教条的な公共事業性悪論である。

確かに、公共事業の中には、事業者と政治家を潤すだけのものもあるだろう。しかし、すべての公共事業がそうであるわけではない。特に都市における生活基盤整備のために、なすべきことは多い。大都市圏で公共下水道がない地域があるし、開かずの踏み切りや殺人的通勤電車も残っている。電線が空を覆う見にくい風景は、ごく日常的なものだ。日本の都市環境は、先進国のものとはとても言えない。

今は、こうしたものの整備が、短期的なマクロ経済の観点からも正当化される環境にある。とりわけ、クラウディングアウトが生じていないため、国債増発が可能である点は、注意すべきだ。また、都市基盤の整備は、必ずしも生活のためだけではない。今後、金融など高度なサービス産業を育成するためには、都市の基盤整備は不可欠である。したがって、将来の経済成長のための基盤整備としての意味もある。

かつての郵政民営化と同じく、公共事業の否定も、経済的な観点からというよりは、選挙基盤に絡んだ政治的な動きである。それが経済に影響を与えてしまうのは、残念なことだ。

「教条主義」とは、個別条件の内容を検討せず、あるカテゴリーのものを頭から否定することである。民主党の教条的性悪論は、「官僚」や「天下り」にも向けられていた。しかし、この面では、「優秀な人材であれば、元官僚でも天下りでも問題ない」というように、個別案件に応じて内容を検討し、教条原則を否定するという態度軟化が見られた。社会資本整備についても、民主党が教条主義から脱却し、経済効果についての冷静な判断を行なうようになることを望みたい。

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