為替レートをめぐる2つの重大な誤解

11月の下旬に、円高が進んだ。11月はじめに1ドル=90円程度だった円ドルレートは、11月27日には、84円台まで上昇した。円高は輸出産業の収益を悪化させるとして、介入の必要性が論じられた。12月1日には、日本銀行が量的緩和拡大に踏み切った。

新聞記事には、「1995年以来14年ぶりの円高」「円の独歩高」「景気底割れ回避のため、円高阻止を」などの言葉が踊った。あたかも国難が到来したかのような雰囲気である。

しかし、こうした評価は、いくつかの重大な誤解を含んでいる。為替レートを論じるに当たっては、次の2点に注意する必要がある。

第1に、円ドルレートだけでなく、さまざまな貿易相手国との為替レートの加重平均である「実効為替レート」を見る必要がある。

これで見ると、2009年初から11月末までに、円は、0.2%しか増価していない。

「日経通貨インデックス」によって他国の実効為替レートを見ると、オーストラリアドルは、同期間で21.6%も増価している。カナダドルや北欧諸国通貨の増価率も10%を超えている。英ポンドは7.8%、ユーロは0.8%増価した。

その半面で、ドルの実効レートは同期間に7.9%減価している。また、ドルと事実上リンクしている韓国ウォンや台湾ドルの減価も著しい。

このようにさまざまな通貨の価値が大きく変動した中で、円は大まかに言えば、中間にある。少なくとも、円だけが貿易上不利な立場に追い込まれたわけでは、決してないのである。

ただし、特定の産業から見て問題があることは、事実だ。円ドルレートは、これまでアメリカを主要市場としてきた自動車産業にとっては、重大事だ。また、エレクトロニクスメーカーの立場からすると、韓国や台湾など、強力な競争相手企業のいる国との為替レートが重大な問題だ。そして、これらの通貨に対して円が増価しているのは、まぎれもない事実である。

ただし、それは、自動車やエレクトロニクスという特定の産業からの評価である。これらの産業が日本の戦略産業であったことは事実だが、その利害がすなわち日本全体の利害であるわけではない。

現在生じていることの本質は、ドルの減価である。実際、ドルの名目実効レートは、08年前半の80台から上昇し、09年初めには100を超えたが、11月には92.1まで下落している。

この動向は、金価格や原油価格の動向と同じであることに注意しよう。つまり、ペーパーマネーたるドルが、実物に対して減価しているのである。事の本質はここにある。

購買力平価で見ればまだ円安

円ドルレートに限っても、貿易に影響するのは、名目レートではなく、日米両国間の物価上昇率の差を調整した「実質レート」である。これが、為替レートを見るに当たって注意すべき第2点だ。

具体的には、次のとおりだ。名目の円ドルレートは、月平均値では、95年4月に1ドル=83.5円になった。その後、日本では物価が上昇しなかったが、アメリカでは物価上昇が継続した。07年7月の消費者物価水準を95年4月と比べると、日本では0.97倍だが、アメリカでは、1.37倍になっている。したがって、07年には、1ドル=59.3円になっていて然るべきだった(これを、「購買力平価による為替レート」という)。

しかし、現実のレートは、121.6円だった。したがって、アメリカから見れば、日本で生産されたものの価格がほぼ半分に下がってしまったのと同じ事態が生じたのだ(日本人の賃金がドルで評価して半分に抑えられたといってもよい)。こうして、日本メーカーの価格競争力が著しく強まったのである。

なお、以上と同じ方法で現時点の購買力平価による為替レートを計算すると、1ドル=56.9円となる。つまり、円安のバイアスは、まだまだ是正されていないことになる。

以上の計算は暴論だと考える人が多いかもしれない。しかし、次のように考えれば、決してそうでないことがわかるだろう。

95年にアメリカで1万ドル、日本で83.5万円だった自動車を考えよう。07年には、アメリカではこの自動車は1.37万ドルに値上がりした。しかし、日本では81万円になった。そこで、この自動車を日本で購入してアメリカで売ったとする。売却代金1.37万ドルを07年の現実の為替レートで円に転換すると、165.9万円になる。元手は81万円だから、84.9万円儲かることになる。以上の計算では輸送料を考えていないが、これがまことに異常な事態であることは間違いない。つまり、現実の為替レートが著しく歪んでいたのである。

ドル以外の通貨も含めた実質実効レートで見ても、07年までは著しい円安が進展した。日本の輸出産業の価格競争力が上昇し、日本の輸出が増えたのは当然である。もちろん、以上の計算は基準時点を何時に取るかで結論が変わる。95年を基準にするのは、その時点まで介入が行なわれず、為替レートが自然なレートと考えられるためだ。ただし、基準時点をどこに選ぼうが、07年まで異常な円安が進行したことは間違いない。それが正常な事態に戻りつつあるだけである。

政治に翻弄される為替・金融政策

日銀が量的緩和拡大に踏み切ったのは、政治の圧力があったからだ。この構図は自民党政権時代にはありふれたものだったが、民主党政権になっても、マクロ経済政策をめぐる力学は不変であることがわかった。

民主党は、「内需主導経済」を標榜していたはずだ。仮に、内需主導経済を本当に実現したいのであれば、円高や物価指数の下落にうろたえるのでなく、これらを歓迎する必要がある。少なくとも、特定産業の利害のために為替・金融政策を発動しようとするべきではない。

ヨーロッパでは、ユーロの導入以来、こうした政治的圧力は働かなくなったように思われる。07年までの異常な円安期に、ユーロは強かった。そのため、アメリカ市場でドイツ車は日本車ほど伸びることができなかった。それでも、ユーロを減価させようとする政治的な力は働かなかった。ドイツはもともと自国通貨の増価を是とする考えが強かったから、仮に単独通貨であったとしても、為替が政治に動かされることはなかったかもしれない。しかし、ユーロがそれを強めた。

私はこれまで、共通通貨は各国の金融政策の自由度を奪うため、望ましくないと考えていた。しかし、それは、政治から独立した中央銀行が存在し、通貨価値の安定のために金融政策を行なうことを大前提にした評価である。最近の日本の状況を見ていると、金融政策を政治の圧力から隔離し、超然としたものにするために、共通通貨のほうがよいのかもと思うようになった。

ミルトン・フリードマンは、中央銀行が従うべきルールとして、「kパーセントルール」というものを提唱した。経済情勢が変化しても、それにいちいち対応して金融政策を変更するのでなく、貨幣供給量の増加率をあらかじめ決めた率(kパーセント)に固定するというものだ。その目的は、裁量的金融政策を封じることである。最近の情勢は、この考えの正しさを示唆している。

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