海外から円安批判が起こらない本当の理由

2月の中旬に開かれたG7(先進7カ国財務省・中央銀行総裁会議)において、円安是正の声が上がるのではないかと予測されていた。欧州からは円安懸念が表明されたが、結局、声明で円安問題への直接の言及はされなかった。

現在の実質実効為替レートは、1985年のプラザ合意以来の円安だ。しかし、海外からの円安批判は弱い。80年代と比べると、世界経済の環境が一変したことに、あらためて驚く。

プラザ合意の背景には、アメリカの貿易赤字があった。日本車の進出にアメリカの自動車産業が反発し、議会での突き上げが激化した。そこで、国際協調でドル安、円高、マルク高を実現し、アメリカの貿易赤字を圧縮しようとした。

今、日本車のアメリカ進出は、このとき以上に進んでいる。しかし、それが問題にはなっていない。レクサスがベンツに競合すると言われている程度だ。

海外からの円安批判が強まらない背景として、日本の製造業の現地生産比率が高まったことが指摘される。確かに、自動車産業の現地生産比率は36%にまで上昇している(2004年度)。

ただし、製造業全体で見ると16.2%であり、アメリカ27.7%、ドイツ32.1%などにくらべてかなり低い。だから、現地生産比率の高まりが円安批判弱化の基本的な原因とは考えられない。

産業構造変化の大波に取り残された日本とドイツ

基本的な要因は、先進国の産業構造が変化したことだ。ドイツを例外として、製造業の比率は軒並み下がっている。国民総生産における製造業の比率を見ると、日本とドイツが21%だが、アメリカ14%、イギリス15%、オランダ13%などとなっている。就業者数での製造業の比率は、日本18.6%、ドイツ22.8%に対して、アメリカ11.8%、イギリス13.5%、オランダ13.7%などだ。

先進国の産業構造は、すでにサービス産業や金融業に大きくシフトしており、日本とドイツが取り残されている。したがって、工業製品をめぐる争いは、(完全に消滅したわけではないにしても)80年代のようなものではなくなった。為替レートが工業製品の輸出競争との関係で見られる度合いは、弱くなった。

今、先進国間でより重視されているのは、資本移動だ。したがって、為替レートは、資本移動との関連で見られる度合いのほうが強くなっている。

日本は、資本供給国としての役割を要求されている。その際、受け手から見れば、資本コストは低いほうがよい。だから、日本の低金利や円安は、望ましいことと考えられているのだ。

「円キャリートレード」と言われる取引も、このコンテクスト中にある。これは、ヘッジファンドなどが低金利の円資金で調達し、高い収益率の外貨投資に回すものだ。この取引のためには、円が低金利であるだけでなく、その状態が長期間続き、為替相場が円高に触れないことも必要だ(円高方向に動くと、取引を「巻き戻す」ときに、高い円を買わなくてはならず、損失を被るからである)。

だから、円安批判が起きるどころか、逆に「円高になっては困る」という圧力のほうが強くなっているのだ。日本は、金融緩和を停止したくとも停止できない状態に陥っているのである。

円キャリートレードは投機的な性格も強く、必ずしも構造的なものとは言えない。しかし、長期的・構造的な観点から見ても、日本には資本供給国としての役割が求められている。

したがって、日本が低金利、円安を続け、安い資本を供給し続けてくれることを世界が望んでいるのだ。

一方、日本の国内では、いまだに金融緩和、円安を求める強い政治的バイアスがある。低金利は債務を負う企業から歓迎され、円安は輸出産業から歓迎される。さらに、円安なら輸入物価が高くなるので、「デフレ脱却が必要」という要請にも合致する。かくして、「円安は心地よい」という声が一般的だ。

こうして、世界の要請と日本国内のバイアスが見事に一致している。現状が大きく変わることは、当面見込めないだろう。

ところで、この状態は、日本にとって本当に「心地よい」ものなのだろうか? じつは、そうではない。本当のところは、次のようなことなのである。

先進国は(ドイツを除けば)、日本の輸出が増えることに関心がなくなっている。むしろ、中国と並んで安い工業製品を作ってくれることを歓迎している。消費者の立場から言えば、安いものが買えるのはありがたいことだから、これは当然のことである。

もちろん、外国から買うばかりでは、貿易収支は赤字になってしまう。しかし、そのぶんは日本が安いコストで貸してくれる(資本を供給してくれる)ので、問題にならない。

単に資金収支の帳尻が合うだけではない。今や先進国は、「安く資金調達して、高く運用する」という金融オペレーションによって、儲けを生み出している。実際、アメリカは世界最大の債務国であるにもかかわらず、所得収支(投資収益の受取額から支払額を引いたもの。貿易収支、サービス収支、経常移転収支と並んで、経済収支を構成する)は黒字を続けている。

なお、日本の資本供給が低コストになるのは、日本の対外投資の大部分が、直接投資ではなく証券投資であることも原因である。特に、国債への投資は、リスクは低いが低収益だ。

05年末の対外資産残高506兆円のうち、直接投資は45.6兆円と1割にも満たず、証券投資249兆円とその他の投資(貸付など)108.5兆円が過半を占めている。

他国の変貌に気づかない日本は「裸の王様」

では、現在の状況は、日本人の立場からは、本来はどう見るべきか? 円高が進めば、輸入品を安く買えて、日本人の実質所得が上昇するはずだ。しかし、それが実現されない。資本が国内投資になれば、資本装備率が上昇し、賃金が上昇するはずだ。しかし、それが実現できない。

額に汗して貿易黒字を獲得し、それを蓄積した資産を「安く使わせてくれ」と海外から言われているわけだから、日本は損な役回りを要求されていることになる。しかし、日本は、それが損な役回りであることに気づいていない。むしろ、そうすることを望んでおり、嬉々として低金利・円安政策を続けているのである(最近では、中国も日本と同じように安いコストの資本を供給する国の役割を始めている)。

以上で述べたことをたとえ話で言えば、次のようなことである。

クラスにA、E、Jという腕白がおり、取っ組み合いの喧嘩を続けていた。旗色が悪くなってきたAは、Jに対して「お前はドーピング漬けだから強いのだ」と難癖をつけていた。

そこにCという筋肉モリモリの転校生が登場。腕力での勝ち目はないと見たAとEは、取っ組み合いはやめにして、知恵の勝負に持ち込むことにした。つまり、JとCを戦わせて、それを見せ物にして稼ごうというわけである。これで、AとEはずいぶん儲けた。

彼らが戦略転換したことに気づかないJは、ドーピング剤の飲みつづけである。昔と違って、AもEもそれに文句をつけない。それどころか、「どんどん飲め」という始末。こんなことを続けては、Jは体力を消耗するばかりなのだが……。

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