不動産購入の理由は政府への不信

2006年の路線価では、標準宅地の平均値が東京、大阪、名古屋の3大都市圏で上昇に転じ、東京圏では前年比3.5%の上昇となった。3月に発表された公示地価でも、東京都では全用途で15年ぶりの上昇となり、商業地では3大都市圏がいずれも15年ぶりの上昇となった。

マンションの売行きにも変化が見られる。首都圏では平均分譲価格が上昇している。近畿圏は売れ行きが好調で、東京都心部では超高層分譲マンションの販売が好調だ。昨年夏ごろからマンション用地取得競争が激化し、その物件が発売の時期を迎えるため、今秋から発売の物件は値上りするだろうとの観測もある。

なぜこうした傾向が生じるのだろうか。私はたいへん気になる。都市部の地価が上昇に転じているのは景気回復の反映であり、マンション購入動向が変化しているのは、住宅ローン金利の先高感があるから、というのが一般的な説明だろう。

確かにそのとおりなのだが、私が気にしているのは、「なぜ賃貸ではだめなのか」という点である。長期的に見れば、人口減少によって住宅に対する需要は減退する。だから、住宅は余り、価格は下落する。この傾向が不可避なものであることを考えれば、これまでのように、「無理してローンを組んでも、買うのが結局は勝ち」という状況は、これからは想像しにくい。

金融資産に対する根源的な不安感

この点からすると、地価が上昇することよりは、分譲住宅を求める人がいることが問題である。事業用地であれ賃貸マンション用の敷地であれ、土地が必要なこと自体は事実なのであるから。

この連載でこれまでも指摘したように、以上の判断を税制が歪ませているのは、間違いない事実だ。とくに問題なのは、相続税である。第一は親からの生前贈与であり、03年度税制改正で「相続時精算課税制度」が導入された。問題は非課税枠で、住宅取得資金の場合には、3500万円に設定されている。したがって、住宅資金であれば、かなりの額を相続税の負担なしに贈与できる。第2に、子に遺贈する場合にも、「小規模宅地特例」や「事業承継税制」などの特別措置のために、金融資産よりははるかに有利になる。こうして、不動産は、「相続のための通貨」になっている。

以上のような要因が影響しているのは間違いない。しかし、まだ重要な点が残っている。それは、金融資産に対する根源的な不安だ。

借家に住んで金融資産を持つか、借入れをして住宅資産を持つかという選択は、さまざまな考慮によって影響されるが、基本的には資産選択の問題である。それは、通常の家計にとってほぼ唯一の、そして間違いなく最重要の資産選択問題である。これまでの日本では、実物資産を持っていたものが疑問の余地なく「勝ち」だった。それは、インフレ基調が続いたからである。

人々は、将来に対しても、漠然とそのような予測を持っているのではないだろうか。

バブルの崩壊によって痛い目にあったのがつい最近のことだったにもかかわらず、こうした予想が持たれるとすれば、それはかなり深刻な事態だ。

ところが、そのような予想は、財政赤字の現状を見れば、必ずしも不合理ではない。

現在、国債残高は、一般会計予算額の6.6倍ある。これは、終戦当時の比率とほぼ同じだ。ただし、将来への見通しは、その当時とは異なる。終戦時には、赤字の原因となった軍事支出は消滅したから、国債残高を将来も増加させる要因は存在していなかった。それに対して現在では、赤字の原因になる社会保障支出、とくに年金は、将来も増加を続ける。だから、国債残高は、増えることすらあれ減ることはない。この赤字は、通常の手段によっては、克服不可能なものである。財政再建が必要と言われるが、それは政治的なリップサービスにすぎないことを、誰もがよく知っている。

ただし、解決の方法は皆無ではない。それは、インフレーションを起こすことだ。実際、戦時中に蓄積された膨大な国債は、これによって雲散霧消したのである。45年に3.5だった物価指数は、49年に208.8となった。つまり、この5年間に、物価指数が約60倍になるインフレが生じたのである。

国債の実質残高は、これによって急減した。残高の予算に対する比率は、終戦時の約5倍から、50年には25%にまで低下した。

この原因は、「傾斜生産方式」と呼ばれた復興政策である。政府が価格差補給金を企業に交付し、復興金融金庫が融資を行なう。その資金は、日銀引受けで発行する復金債によって調達する。つまり、これは、通貨増発でまかなわれる財政拡大が引き起こすインフレの典型的であった。

デフレが問題とされてきた現代の日本経済で、このようなインフレを起こすのは不可能だと、多くの人は考えるだろう。確かにそのとおりである。とくに、40年代と違って開放経済にある現在の日本で、当時のようなインフレは不可能だ。しかし、率が低いインフレなら、不可能とはいえない。日銀引受けで国債を発行し、財政支出を増やせば、インフレになる。

もちろん、日銀引受け発行は財政法によって禁止されている。しかし、国会の議決があれば、破ることができる。制度的な裏づけは大変脆弱といわざるをえない。政府が克服不可能な国債残高の解決策としてこの誘惑に駆られることは、十分に考えられる。そのとき、日銀が体をはって抵抗してくれるとは、到底思えない。

定期預金で安心できる「よき時代」は終わった

若い世代の人々は、こうした不安を漠然と感じているのではないだろうか。もちろん、政府に対する不信が極限まで進めば、不動産といえども安全な資産ではなくなる。金や貴金属にして隠匿するか、資金を海外に逃避させるかしか方法はない。しかし、島国で1000年の平和に慣れた日本人には、そうした発想は浮かばない。だから、政府に対する不信は、不動産の購入というレベルにとどまるのである。

政府への不信は、すでに、年金に対する不信という形で現実化している。年金が老後の生活を保障するとは誰も思っていない。だから、保険料を払っても払い損になるだけだ。こうして年金保険料の未払いはとめどもなく進行する。

この10年間、デフレが問題だとされてきた。確かに、債務を抱える企業や政府の立場からすればそうだ。被用者としての家計もそうだった。しかし、資産保有者としての家計の立場は違う。金利はゼロに近かったが、金融資産の実質価値は守られたからだ。

普通の家計は、資産のポートフォリオ選択などという面倒なことはできない。株に手を出しても、やけどをするだけだ。できることなら、銀行の定期預金で安心していられたい。この十年間は、皮肉にも、そのような時代だった。しかし、住み心地のよかったその時代は、終わったのかもしれない。

以上のように考えると、不動産市場に見られる最近の動きは、金利の先行きとか、住宅価格の先行きというテクニカルな要因だけでは説明できないものだ。それは、政府や日銀からいかに身を守るかという日本人の自己防衛本能の表われなのだろう。

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