法人税率を下げるなら外資導入のために

1986年、イギリスのサッチャー政権は、「ビッグバン」と言われた金融の大幅な規制緩和策を実施した。日本もこれをまねて、96年から2001年にかけて、金融規制緩和を行なった。名前もまねして、「日本版ビッグバン」とした。

しかし、今になってみると、日本とイギリスの状況はまるで違うものになっている。イギリスの金融業は活性化し、イギリス経済を長期的繁栄に導く主導役になった。これに対して、日本の金融業は沈滞したままだ。過去に比べれば収益が回復したのは事実とはいえ、収益率の水準は、欧米主要金融機関に比べると、著しく低い。

何がこうした違いをもたらしたのか? それを見るには、両国金融業のプレーヤーを比較するとよい。イギリスでは、「ウィンブルドン現象」と呼ばれる金融機関の大幅な入れ替え現象が進み、それまでの金融機関のほとんどは、外国の金融機関に買収されるか、合併された。特に、古くからイギリスの金融業を牛耳っていた伝統的投資銀行であるマーチャントバンクは、ロスチャイルド銀行を除いてほぼ姿を消した。

日本においても必要だった外資による“選手交代”

一方、日本で外国資本が入ったのは、新生銀行だけだ。それも、「外国のハゲタカによる買収」という強い反発を受けた。そのほかの金融機関は、合併し名を変えはしたものの、内実は変わらない。つまり、金融業のプレーヤーが、イギリスでは交代したが、日本では古いままなのだ。

外資導入に積極的な態度を取った結果、イギリスにおける外資の比重は、驚くべき高水準に達している。直接投資受け入れ残高の対GDP比は、36.6%だ。これに対して、日本では、わずか2.2%にすぎない(05年)。

以上で述べたことに対して、「イギリスと日本の90年代以降の状況がまったく違う」という意見があるかもしれない。日本では、バブル崩壊による不良債権の重圧に金融機関が苦しみ続けた。イギリスではそうした問題はなかった。それは事実である。

しかし、これは、選手交代がイギリスではあったが日本ではなかったことの理由にはならない。むしろ逆であって、日本の金融機関は不良債権に苦しんでいたからこそ、選手交代が必要だったのである。このときほど、外国の資本と経営が日本に望まれたときはなかった。だから、選手交代の必要性は、日本においてこそ高かったのだ。

両国の違いをもたらしたのは、外資に対する基本的な態度の差である。イギリス人は、経済を活性化するための手段ととらえたのに対して、日本人は、侵略と占領というネガティブなイメージでしかとらえていない。この差はじつに根深いものだ。

ビッグバンであれなんであれ、外国の優れた制度をまねして取り入れるのは、よいことだ。ただし、一部だけを取り入れるのでは、意味がない。

規制緩和策は、外資に対するオープンな態度に支えられなければ意味がない。なぜなら、規制緩和策とは、競争の促進策であり、そして、競争を促進するには、参加者が多いほうがよいからだ。

外資の参加は、単に数を増やすだけでなく、新しいビジネスモデルや経営の手法も持ち込むという意味でも大きな効果がある。「日本はビッグバンという名前もまねした」と言ったが、正確に言えば、まねしたのは名前だけで、規制緩和策の本質ではなかった。

イギリスの場合、外資の導入のために行なったのは、規制緩和だけではない。サッチャー政権は、法人税率も引き下げた。アイルランドも同じように法人税率を引き下げ、その結果、外資導入によって驚異的な経済成長を実現した。

最近では、ドイツが同じことを行なおうとしている。法人税率引き下げの目的は、外資の導入による経済活性化であり、国内企業の国際競争力引き上げではない。

もちろん、外資の導入が常に成功するわけではない。80年代のイギリスは、製造業、特に自動車産業においても、外資導入を進めた。日産自動車の工場誘致にサッチャーが強い熱意を喪って当たったことは、よく知られている。

その目的は、工場建設で雇用を増大するというだけのことではなく、日本流の工程管理手法や経営の仕組み、さらには労働組合のあり方などをイギリスに持ち込もうとすることにあった。「日本に学ぼう」というこの動きは、「ジャパンナイゼーション」と呼ばれた。日産だけでなく、トヨタ自動車やホンダの工場もイギリスに誘致された。

しかし、製造業における外資導入は、必ずしも成功したとはいえない。その理由として、日本流の工程管理や経営手法が、イギリスにはなじまなかったこともあるだろう。しかし、最大の理由は、製造業を復活させることにあまり大きな意味がなかったことだ。

80年代にはまだ明確に意識されていなかったことだが、社会主義圏が資本主義経済に取り込まれることによって、製造業を先進国で行なうことのメリットが失われたからである。

特に、膨大な人口を抱える中国の工業化が始まってからは、中国でできる経済活動を他国が行なっても、優位性を発揮できないことが明確になった。

したがって、イギリスの製造業は、今に至るも弱体化したままである。しかし、そのことがむしろ、イギリスの経済発展には有利に働いたのだ。この点も、古いタイプの「ものづくり」にしがみつく日本が学ぶべき重要な点であろう。

外資拒否のまま法人税率を引き下げても無意味

ところで、日本は、90年代末と同じようなことを、また行なおうとしている。ヨーロッパにおける法人税率引き下げの動向に倣って、日本の法人税率を引き下げようとしているのがそれだ。

しかし、同時に、外資導入に対しては強固な防御策を築こうとしている。今年の5月から解禁されることになった三角合併によって外資に買収されぬよう、さまざまな妨害策を講じることを、日本経済団体連合会は要求している。外資を拒否しつつ法人税率の引き下げだけを行なえば、それがもたらすものは、ビッグバンのときと同じものになるだろう。

以上で述べたことを、たとえ話で言えば次のようになる。

イギリス町の学校では、先生が怠慢で生徒の成績が低下した。そこで、給与を引き上げ、授業のやり方も先生の自由に任せることにし、学校の活性化を図ることにした。これを聞きつけて、ほうぼうの町から元気のよい先生がやってきた。その結果、教員室のメンバーは一新してしまった。そして、授業は活気のあるものになり、生徒の成績は見違えるようによくなった。

この話を伝え聞いた日本町でも、授業のやり方を自由にすることにした。しかし、他所の町から新しい先生が入ってくることは、断固拒否した。その結果、先生方はますます怠慢になり、教室で居眠りまでする始末。生徒の成績は低空飛行のままだ。

そこで、日本町の学校では、先生の給与を引き上げることにした。そうすれば、先生が元気になり、生徒の成績もよくなるだろう。しかし、新しい先生の任用は拒否したままだ。

はたしてこれで、学校が活性化するだろうか? 先生の怠けぶりがますますひどくなるだけだと、私は思うのだが……。

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