民主党は円高容認を明確にすべきだ

民主党への政権交代に伴って、円高が進行している。これまでの推移を見ると、次のとおりだ。

まず、7月12日の都議選で民主党が第一党になったとき、急激な円高が進んだ。ただし、このときは比較的早期に円安に戻った。その結果、8月はじめには1ドル97円程度までの円安になった。しかし、総選挙に向けて民主党の優位が明らかになるにつれて、ほぼ一直線に円高が進行し、8月26日頃からさらに加速した。民主党大勝が判明した8月31日には、92円台半ばまで急伸した。さらに、9月3日には一時91円台に上昇した。

こうした動きを見れば、為替の動きが政権交代と密接に関連していることがわかる。民主党政権が自民党のようには輸出産業よりの姿勢を取らず、したがって円高を容認する可能性があることを市場が予想しているものと解釈することができる。

民主党は、このような為替動向に対する評価を、明確にすることが必要だ。為替レートは、経済活動に大きな影響を与えるため、これに関してどのような政策を取るかは、経済政策の基幹にかかわるからである。

「政策」というと、子育て支援とか高校無料化というようなマニフェストで掲げられた内容を想起しがちだ。しかし、これらは個別の目標である。重要なのは、それらをつなぎ合わせる総合的な体系である。そして、その基礎になる日本経済のビジョン確立である。この連載の前回で「整合的な経済政策」と言ったのは、このことだ。

たとえで言うなら、マニフェストは、「ビフテキを出します」とか「天ぷらを出します」といった個別メニューの提示である。これに対してなされた批判は、「食材を調達できるのか?(財源の裏付けはあるのか?)」ということだった。

もちろん財源は重要だが、それと並んで重要なのは、「こうしたメニューでは肥満体質から脱却できないのではないのか? どのような体力作りを目的に食生活プランをつくるか?」ということだ。

日本経済にとっての「体力づくり」の目標とは、「産業構造をどのような方向に誘導するのか?」である。

具体的には、輸出産業中心の外需依存型経済構造を維持するのか、それとも内需主導型経済構造へ転換するのかである。それに基づいた「食生活プラン」は、まずはマクロ経済政策(財政・金融・為替政策)に表れる。

なお、これまでのところ民主党が強調しているのは、「脱官僚の政策形成」ということだ。ただし、これは政策形成の手続きであって、中身ではない。注目を集めている「国家戦略局」も、体制の整備である。前述の比喩を使うなら、「厨房の料理づくりチームをどう構成するか」ということだ。手続きや体制は確かに重要だが、その前に必要なのは、政策の内容である。

小泉経済政策の本質は外需依存成長

自民党のマクロ経済政策は、金融緩和・円安政策であった。小泉内閣時代にこれが顕著になり、財政引き締め・金融緩和が強化され、さらに、2003年頃の史上空前のドル買い介入に示されたように、円安方向への積極的な政策が実行された。それによって輸出が伸び、外需依存型の景気回復が実現したのである。

その過程で、旧来の産業構造は温存された。鉄鋼業など一時は凋落しかかった重厚長大産業も復活した。したがって、産業構造の観点から見れば、小泉内閣は、構造改革を行なったどころか、まったく逆に古い構造を温存したのである(小泉内閣の経済政策の本質がここにあったことは、一般にはほとんど認識されていない)。

この方向での経済成長は、07年以降の世界経済危機の中で破綻した。それにもかかわらず、日本経済はいまだに外需依存型産業構造から脱却できない(4~6月期GDPの伸び率がプラスに転じたのは、外需が増加したからである)。本連載の第477回(9月5日号)で述べたように、外需依存は他力本願だ。外国の事情で日本の経済が振り回されることになる。

内需中心の経済構造への転換は、1986年の「前川レポート」の中で示されたものである。しかし、現実の経済政策に反映されることはなかった。自民党政権が輸出主導型製造業を基盤にする以上、外需主導型からの脱却は不可能だったのだ。

ここで決定的に欠けているのは、国際分業の視点である。冷戦終結後の世界で、旧社会主義圏に閉じ込められていた大量の労働力が市場経済に入り、製造業のコストを引下げた。これは、国際分業の条件を基本から変化させた。だから、日本の産業構造を大転換させる必要があるのだ。

それにもかかわらず、日本は高度成長期に強かった分野に固執した。本当に必要な方向は、円高によって海外の安い労働力を使うことである。これによって、消費と生活基盤インフラ整備を中心とした経済成長が実現することになる。

今こそ、こうした経済構造に向けて経済政策を大転換すべきである。それによって、為替変動に振り回される経済構造から脱却し、国民生活の豊かさを実現するべきだ。政治構造が変化した今こそ、このような転換が現実的なものとなった。そうした転換を明確にすることは、自民党型経済政策からの決別を示すという象徴的な意味もある。

本当の構造改革の方向を示して期待を誘導する

内需拡大が必要という方向づけに賛同する向きは多い。しかし、それをいかなる手段で実現するかについては、明確な方策が示されていない。介護などの分野で雇用を創出する政策は必要だが、もっと大きな影響を与えうるのは、マクロ経済政策、特に、金融政策と為替政策において円安誘導を行なわないことである。市場の実勢に任せれば、円高に進む可能性が強い。これは、産業構造を輸出産業中心のものから脱却させるための圧力として働く。

現在企業が想定している円ドルレートは、92円程度である。この水準を超える円高は、強い圧力となって作用する。内需拡大のために財政支出が増えれば国債発行額が増大し、長期金利を押し上げる。このため、円高はさらに促進される。

ただし、円高は、短期的には株価にマイナスの影響を与える。自民党政権は、この試練を越えることができなかったため、円高容認に踏み切れなかった。問題は、民主党がこれを越えられるかどうかである。長期的な経済成長を重視すれば、越えるべきだ。

もしこれを越えることができれば、短期的には従来の産業が打撃を受けるにしても、円高に対応できる新しい産業が生まれる。これによってこそ、本当の意味での構造改革が行なわれることになる。日本経済の長期的な成長の基盤は、これによって確立されることになる。

そうしたビジョンを示して、人びとの期待を誘導することが必要である。したがって、方針明確化は、政権発足後できるだけ早く行なう必要がある。詳細な政策メニューを示す前に、全体のフレームワークを示すのである。

少なくとも、「介入で為替レートを人為的に操作する政策は取らない」と明言する必要がある。そうした政策方向の明示は、市場の期待形成に大きな影響を与える。そして、実際に円高が進行するだろう。これに関する判断は、急を要する課題である。

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