太陽は隠されたが皆既は体験できた

皆既日食を体験するため、トカラ列島の悪石島まで出かけた。皆既の時間帯に暴風雨に見舞われ、残念ながら太陽の姿を見ることはできなかった。しかし、世界が暗黒に包まれたのは、はっきりと確認できた。このとき、雨をよけてテントに集まっていた人の愛田から、大きな拍手がわき上がった。雨のために暗くなったのではなく、まさしく夜の暗さである。皆既の6分間あまりの時間帯だけ暗くなり、終わったら急速に明るくなった。このとき、再び拍手の嵐。

激しい雨の中だったので、セミの鳴き声の変化などの動物の反応や、温度の低下や風の変化といった現象は、残念ながら認識できなかった。しかし、異様で貴重な体験ができたことは間違いない。

皆既日食を経験した人から、「皆既日食のときにだけ暗黒が訪れる。金環食や部分食とはまったく違う」と以前に聞いていたのだが、そのとおりだと実感した。

通常の夜との違いは、明暗が変化するスピードである。普通の日没のときには、空は依然として明るい。そして徐々に暗くなる。しかし、宇宙の彼方で日光が遮られると、まるで落ちてくるように闇が降ってくるのだ。そして、見る見るうちに暗黒が広がる。今まで見えていた山の稜線が見えなくなって、闇に溶け込んでしまう。

原始人がこの現象に直面したら、「世界は突然一変して、光が失われた」とうろたえるに違いない。「つい先刻まで存在していた明るい世界は消滅した。世界はあっという間に暗転した。光のない闇の世界がこのまま永遠に続き、かつての世界は戻らないのではないか?」と、底知れぬ恐怖に襲われるだろう。

私は、天文学上の興味からコロナを観測したり、ダイヤモンドリングを見ようと思っていたわけではない。私が体験したいと思っていたのは、昼のさなかに闇が突然地上を覆うという異常事象である。そして、それは完全に経験できた。だから、今回の遠征の目的は、悪天候にもかかわらず、半分以上は達成できたということになる。

目的の半分以上は達成できた

これは、私の負け惜しみではない。たまたま近くに若いイタリア人がいて、話す機会があった。彼は、2006年のアフリカ皆既日食を見たというので、「今回との違いはどうか?」と聞いてみた。それに対する彼の答えは、「大きな違いはない」。これは、じつにうれしい答えだった。

テレビや新聞では、「せっかく遠くまで出かけたのに雨で見られず残念」と報道されたのではなかったかと想像される(この原稿を書いている時点で、まだ文明世界の報道に接触できない)。しかし、実際に遠征した者の立場から言えば、「完璧ではないが、かなりの体験ができた」ということなのである。

それに、雨は偶然ではなかったのかもしれない。皆既のときにたまたま雨が降ったというよりは、皆既で気温が低下し、それが雨を呼んだのではなかろうか。実際、悪石島では、このところ、雨がほとんどなかったのだそうである。部分日食の始まる頃からぱらぱらと降り出し、皆既の直前には、久しく経験したことのなかった激しい雨になった。自然が太陽の姿を(罪深い)人間の目から隠そうとしているようにすら思えた。

もっとも、正直に言えば、晴天の皆既を見たかったことは事実だ。だから、来年のイースター島は無理としても、その次の皆既日食には、場所がどこであれ出かけてしまうかもしれない。日食ハンターになってしまう危険は、十分に存在する。今回悪石島に来ていた人のなかにも、皆既日食経験者が何人もいたようだ。

悪石島への旅は、まず空路で那覇まで飛び、そこから1日かけてフェリーで奄美大島に渡り、さらに半日かけて到達するという大変な旅程だ。復路も、いったん南に向かって奄美大島に戻り、そこから北に鹿児島に向かう(定期フェリーの運航予定は決まっているので、どうしてもこうしたコースになってしまう)。

しかし、それだけの価値がある旅行だったと思う。普段の人口が70人ばかりの島に200人を超える人が大挙して押し寄せたのだから、悪石島の住民の方がたもさぞや大変だったろう。それにもかかわらず心からの歓迎を受けたし、帰途には岸壁で島の子どもたちに手を振って送ってもらった。島の短い滞在は、忘れがたい思い出になった。

コストが安いので星空を忘れた人びと

ところで、仮に皆既日食が数カ月に1度生じる現象であったとしたら、人々ははるばる遠地まで出かけるだろうか。恐らく出かけないだろう。

われわれが苦労して皆既日食を追いかけるのは、それがごくまれにしか起こらない現象だからだ。その証拠に、普通の星空は、皆既日食と同じような奇跡であるにもかかわらず、「いつでも見られる」という安心感があるため、観測のためすべてを犠牲にして遠征するようなことはしない。

映画や演劇に比べてさえ、星空を見るコストは安い。場所さえ適切なら、直接に支出すべきコストは、ほぼゼロである。星空を見るコストがこのように安いため、星空の価値は不当に過小評価されている。

その結果、人びとは星空の美しさを維持するための努力を怠っている。照明を必要最低限まで暗くすることもせず、空気を透明にしようと努力することもない。都会の夜が光で溢れてしまっても、なんの反対も生じない。

そして、ついに日本の大都市では、夏のあいだに1度も星が見えないような状態になってしまった。仮に空が晴れても、せいぜい1等星しか見えず、2等星となるとだいぶ怪しくなる。これは、本来の自然条件からすれば、信じがたい環境の劣化である。

それでもまだ人びとが目覚めないのは、「星を見るところなどいくらでもある」と考えているからだろう。しかし、それは間違いだ。日本で夏の銀河を見られる場所は、もうほとんどない。

こうなると、悪循環が生じる。星空が人びとの関心を引きつけられないので、そのうち人びとは星空の存在すら忘れてしまった。

銀河を見たことのある都会の子どもは、皆無に近い(ある年代以降は、銀河を見たことのない人のほうが多い)。日本の都市に住んでいる限り、夏の星空を見ることは、絶望的である。日本人はこの世界で最も美しいものを奪われているのだ。

じつは、今回の旅行のもう1つの目的は、夏の銀河を見ることだった。日食の前の夜、曇ってしまったのでその目的は達成できなかったのだが、ときどき雲が切れて星が現れた。特に、さそり座といて座は、かなりよく見えた。さそり座には、M6、M7という散開星団がある。これは双眼鏡ではっきり見えたし、びっくりするほどの大きさだった。空気がきれいで暗いため、周辺部の星まで見えるからである。

エマーソンは、170年前に次のように書いた。

If the starts should appear one night in a thousand years,
how would men believe and adore and preserve for many generations the remembrance of the city of Gods.

もし星が1000年に1度しか現れないのなら、
人びとは星ぞそらを信じがたいものとしてあがめ、
神の都の記憶を幾世代にもわたって語り継ぐだろう。

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