経済政策をめぐる企業と家計の対立

現在、日本の企業が望んでいる経済政策は、次のように要約できる。

第一に、税制については、法人税の減税によって企業の税負担を軽減する。現在の税率のままでは、最近の業績回復によって法人税負担が増加するからである。

第二に、金融政策については、超緩和政策を継続する。利子支払いが軽減されるし、円安を通じて輸出に有利な条件が形成されるからだ。

第三に、資本輸出については、アジア諸国との自由貿易協定(FTA)を進めて、工場の海外進出に有利な条件を整備する。それによって安価な労働力の利用が可能になるからである。他方で、三角合併の自由化などによる資本輸入に対しては、できるだけ抑制的な環境を維持する。もし資本輸入が増えると、外資による敵対的買収の危機に直面するからだ。

これに対して、労働者・家計の立場からは、ちょうど逆の経済政策が望まれる。

税制については、法人税を増税し、所得税の負担を軽減する。企業業績の回復にもかかわらず賃金の引き上げが期待できないため、所得分配の調整は税によるほかはないからである。

第二に、金融政策については、利上げが望ましい。ゼロ金利政策の下で家計のネットの利子収入がマイナスになっているが、預貯金金利が上がれば、そうした異常な状態から脱却できるだろう。利上げによって円高が進むが、これは輸入品価格を低下させて家計の実質所得を増加させる。

第三に、資本取引については、三角合併の自由化などによる資本輸入を通じて雇用の増加を期待する。

このように、経済政策をめぐる利害関係は、企業(特に、東証一部上場の大企業で輸出産業)対家計(労働者・消費者)というかたちで、はっきりと分かれている。

これまでの日本では、こうした利害対立が明確に意識されることは少なかった。それは、企業一家主義の下で、「企業が繁栄すれば、家計が豊かになる」「企業が行き詰まれば、生活の基礎が脅かされる」という意識が強かったからである。高度経済成長の経験は、企業の成長が従業員を豊かにしてくれることを教えた。石油ショックの経験は、賃上げ要求を抑制すれば、企業が破綻を免れ、その利益はやがて家計に及ぶことを教えてくれた。

大企業が望む方向に牽引される現実の経済政策

しかし、このようなメカニズムは、もはや機能しないことが明らかになった。第一に、企業が破綻の危機に直面すれば、情け容赦ないリストラの嵐が襲ってくる。第二に、グローバリゼーションの環境下では、企業業績が回復しても、その恩恵が賃上げを通じて家計に及ぶことはない。

ところで、こうした利害対立は、現実の政治過程にどのように表明されているのだろうか。

第一に、大企業の立場は、日本経済団体連合会によってはっきり主張されており、右で挙げたすべての側面について、ここで述べたとおりの方向が要求されている。企業側の要求がこれほど明確に表明されるのは、これまではなかったことだ。それは、経済財政諮問会議を通じて政府の政策に反映されている。安倍晋三内閣の「上げ潮政策」が、その具体的なかたちだ。

具体的な事例で見れば、税制に関する財界の要求は、昨年12月の政府税制調査会報告に、「あからさま」といってよいほど明確に示された。金融政策に関しては、日本銀行と政府が利上げをめぐって対立している(本稿執筆時点では、最終的な結果はわからない)。

資本取引に関しては、さまざまな機会にアジア諸国とのFTAの必要性が主張されている。三角合併を抑制すべきことは、昨年12月の日本経団連報告で主張された。なお、賃上げについては、今後、春闘の過程で議論されてゆくことになるが、すでに昨年12月に日本経団連は、生産性を上回る賃上げを抑制すべしとの意見を表明している。

こうして、現実の経済政策は、大企業が望む方向に牽引されつつある。

他方で、労働者・家計はどうか。これまでの日本では、この立場が明確に表明されることはほとんどなかった。一つの理由は、企業一家主義の下にある労働者自身が、消費者の立場よりは、企業の一員との自覚を持っていることだ。

もう一つの理由は、野党が整合的な経済政策立案の能力をほとんど持っていないことだ。「55年体制」の下で、野党は経済政策における有効な対抗勢力にはなりえなかった。この状態は、残念なことに現在に至るまで続いている。その理由は、民主党が労働組合関係者と自民党脱藩者の寄り合い所帯であるために、明確に自党の立場を規定できない点にある。

労働者・家計の立場を(部分的に)代表しうるのは、むしろ自民党の一部である。これは、アメリカにおける共和党対民主党、イギリスにおける保守党対労働党という対立関係との比較では、理解できない奇妙な状態だ。

国民に選択の余地がない経済政策の路線対立

こうなるのは、一つには自民党がcatch-all-party(八方美人的万年政権党)であり、特に現在は参議院選挙を意識せざるをえない時期であるため、企業一辺倒では選挙民の支持を得がたいと考えているからだ。もう一つの理由は、公明党が与党に入っていることだろう。こうした理由で、自民党はあからさまな財界寄りの姿勢は採れない。

このことは、税制に関しては、昨年12月の自民党税制調査会報告に表れた。そこでは、政府税調答申とは異なり、法人税の税率引き下げに関して言及がなかった。また、三角合併関係の税制でも、それを促進する方向が示された。

同じような対立が、労働時間規制(ホワイトカラー・エグゼンプション)においても見られた。官邸対自民党の対立は、「改革対抵抗勢力」と官邸の側から性格づけられているが、むしろ、「企業向け政策対選挙民向け政策」と見るべきものだ。

これまでも、日本における経済政策をめぐる争いは、与党対野党というかたちではなく、与党内部での政権担当派閥の交代で実現してきた。今回もそうなる可能性が強い。

すでに述べたように、企業対労働者の利害対立はいまや明確になったのだから、本来は政治の場においても、政党対政党のかたちで対立が生じるべきだ。しかも、今後は退職後の年金生活者が増えるが、彼らは企業を離れた純粋の消費者であるため、彼らを政治的に代表する勢力が求められている。それにもかかわらず、そうした政治勢力が結集される可能性は低い。

したがって、自民党内部で政権をめぐる争いは生じる可能性があるが、参院選の争点となることはないだろう。つまり、経済政策をめぐる路線対立は、選挙を通じて国民が選択できるかたちでは、提示されないわけだ。日本人は、これまでも投票行動によって政策を選択することができなかった。今後もその状態が続くことになる。

しかも、自民党の一部が消費者を代表するといっても、あくまでも「部分的」なものだ。だから、消費者の立場が完全に反映されるわけではない。

それは、労働者・家計にとって、自らの立場が政治的には代表されずに終わることを意味する。そして、民主党にとっては、政権奪取の最後のチャンスを逸することを意味するだろう。

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