新興国期待論に疑問を呈する

これからの成長源泉を新興国に期待する意見が増えている。「先進国の早期回復は望めない。したがって、日本の輸出産業は、輸出先を中国やインドなど成長率の高い新興国に切り替えるべきであり、それによって再び輸出に依存した成長ができる」との考えだ。特に中国は、積極的な内需拡大策によって先進国に先駆けて回復しているので、今後の世界経済の牽引役になると言われる。

企業の経営者には、こうした展望を持つ人が多い。6月19日に発表された「通商白書」も、新興国の市場を開拓すべきだとしている。以下では、このような考えに疑問を呈したい。

第一に注意すべきは、「新興国の成長率が先進国より高いのは当然」ということだ。新興国成長の基本的要因は、農村の人口が都市の工業やサービス業に移動することだ。その結果、農業の比率が低下し、製造業やサービス業の比率が高まる。日本の高度成長も、基本的にはそうした要因によって実現した。

したがって、単に中国やインドの経済成長率が先進国より高いだけでは、今後の世界経済の牽引力になることはできない。問題は、これらの国が従来より成長率を高められるかどうかだ。中国について言えば、8%を超える成長率を実現できるかどうかである。そして、その実現可能性はきわめて低い(6月18日に発表された世界銀行の見通しでは、中国の実質成長率は、2009年に7.2%、10年に7.7%となっている。しかも、後で述べるように、中国のGDP統計には疑問がある)。

また、1人当たり所得水準が低いので、成長率が高くても、需要総額はさほど大きくない。中国のGDPはアメリカの3分の1弱だから、中国の成長率が3%高まっても、アメリカの成長率が1%高まるのと同じだ。インドに至っては、アメリカの約12分の1なので、成長率を12%高めなければ、アメリカの1%引上げに等しくならない。

第二に注意すべきは、最近の日本の輸出データの見方である。中国に対する輸出が、世界平均より早く回復しているのは事実である。輸出額が最低になった09年1月に比べると、4月の数字は約6割増だ。それに対して、対世界輸出は同期間に約2割増加したにすぎない。

ただし、これは、1月までの期間で対中国輸出が対世界輸出より大きく落ち込んだことの反映でもある。実際、落ち込み前の08年8月と09年1月を比べると、対世界輸出は約51%の減であるのに対して、対中国輸出は約58%の減であった。

この結果、09年4月の輸出額がどの時点まで戻ったかを見ると、中国が特別とはいえない。4月の対世界輸出はほぼ08年12月の水準だが、対中国輸出もほぼ08年11月の水準に戻っただけである。

中国の回復は先進国の消費財輸入増に依存

以上を留意したうえで、新興国が世界経済回復のリード役になれるかどうかを考えることとしよう。

まず、日本の対中国輸出が回復している理由を考えよう。これは、一般に言われるように、中国の内需喚起策が効果を発揮して内需中心の経済回復が生じているからだろうか?

そうではないと考えられる。その理由は2つある。

第一は、日本の対中国輸出の財別構成だ。これまで日本から中国への輸出は、中間財が中心であった。仮に中国の内需回復が日本からの輸出増の原因だとすれば、従来の輸出とは財別構成が変化しているはずである。具体的には、建設機械や電気機械は、あるいは消費財が増えているはずだ。しかし、実際にはそうなっておらず、伸びているのは従来と同じように中間財などである。これは、日本の対中国輸出先が、内需に変わったのではなく、従来通り中国の輸出産業であることを示している。

第二は、アメリカの輸入の財別構成だ。アメリカの需要のなかでは、自動車などの耐久消費財が回復していない半面で、非耐久消費財が回復している。したがって、日本からの自動車の輸入は回復しないが、中国などの東アジア諸国からの非耐久消費財輸入が回復しているのである。したがって、日本の対中国輸出が増えている基本的な原因は、中国の内需拡大ではなく、中国の対先進国輸出の回復であると考えられる。

中国の経済成長は、もともと自律的・内生的要因で生じたのではなく、輸出の増加によって生じた。右で見たように、その構造は変わっていない。したがって、中国の成長は、依然として欧米経済の動向によって決まる側面が強い。つまり、中国の成長は、中国内部の内発的要因で決まるのではなく、世界経済の動向によって決まるのである。中国がこれまでの輸出依存経済から内需中心の経済に移行したとは考えられない。

この理解が正しいとすると、今後の世界経済の動向を決めるものは、新興国ではなく、依然として先進国、とりわけアメリカの消費ということになる。

そして、先進国の需要回復に関しては、あまり強気の見通しをすることができない。欧米諸国の輸入は、落ち込んだ底から回復することはあっても、かつてのような水準には回復しないと考えられるからだ。

実際、世銀の予測では、09年の先進国の実質成長率は-4.2%である。したがって、中国の輸出の回復にも限界があると考えざるをえない。そして、日本の中国に対する輸出の回復にも限界がある。

新興国期待論の背後にあるもの

誤解のないように付言するが、私は新興国を無視してよいと言っているのではない。通常言われていることがあまりにナイーブなので、忠告を発しているのだ。

以上で述べたこと以外にも、次の3点に注意する必要がある。

第一に、中国の経済データの信憑性だ。特にGDP統計には疑問がある。電力消費量が減少しているのにGDPが増えているのはおかしいとの指摘がある。これに対して中国当局は、電力使用の効率が上昇している等の説明をしているが、だいぶ苦しい。中国では、8%成長ができないと政府の指導力に疑問が呈されることから、データを偽造してでも成長率を高く見せるバイアスがあることは否定できない。第二に、仮に政府の内需拡大策が効果を発揮しているとしても、内需拡大策をいつまでも続けるわけにはゆかない。

第三に、新興国の所得水準はきわめて低いから、その内需である最終消費財の輸出にコミットすれば、価格引き下げ競争に巻き込まれる。これが最も重要な留意点である。対応するにしても、海外の工場で安価な労働力を用いて安価な製品を生産する必要がある。そうした経済活動は、日本国内の雇用増には貢献しない。新興国に期待するなら、輸出先としてではなく、輸入先として期待すべきだ。

しばらく前、資源価格高騰が顕著であった頃、BRICsがもてはやされたことがある。最近の新興国期待論は、それに似ている。このときは、関連投資商品販売のキャンペーン的な意味があった。今回は経済産業省がリードしているが、その背後には、輸出依存型製造業を今のかたちで温存したいとの思惑が見え隠れする。「新興国期待論」は、経済合理性に立脚する提言というより、特定目的のためのキャンペーンとしての性格が強いことに十分注意しなければならない。

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