予算構造改革なしに「財政再建」とは欺瞞

2007年度予算の最大のポイントは、国債発行額の減額であるとされている。確かに、国債発行額は06年度当初予算から4.5兆円減額され、25.4兆円となった。これは、10年ぶりの低い水準だ。

政府は、「これによって財政健全化に向けて前進した」と強調している。しかし、そうした評価を受け入れることは、とうていできない。そう考える理由として、次の3点を挙げよう。

第一に、国債発行額の減額は、政策的努力で実現したものではない。税収が伸びるために、自動的にそうなっただけのことである。

安倍晋三首相は、9月の所信表明演説において、「歳出をゼロベースで見直す」と宣言していた。しかし、そうしたことが行なわれた形跡はなにも見られない。つまり、歳出を抑えたから国債発行額が減ったわけではない。

前年度からの税収増は、7.6兆円という過去最高額が見込まれている(増加率では16.5%)。そして、国債発行額の減は、税収の増加額を下回っていることに注意が必要である。国債の元利払いを除く一般歳出は、06年度に比べ1.3%増となっている(一般歳出が前年度当初予算を上回ったのは、3年ぶりのことである)。また、企業向けの減税も行なわれている。

税収が伸びた理由は、1つには、定率減税が廃止されたことである(1.1兆円の税収増)。もう1つは、景気が回復したことだ。それは主として外需による。つまり、政府が主体的に行動したから国債発行額が減額できたのではなく、他力依存で国債発行額が減額されただけのことだ。

第二に、国債発行額が減額されたと言っても、公債依存度は依然として30.7%という異常な高さだ。06年度の38%から見れば低下しているのは事実とはいえ、これまでの状況が、きわめて異常だったのである。07年度末の国際残高は547兆円に達する見通しで、地方債などを含めた国と地方を合わせた長期債務残高は773兆円に達する。これは、国内総生産(GDP)の148%で、世界でも最悪の状態である(ドイツは70%、アメリカは62%)。

しかも、今後税収の伸びは鈍化すると考えられるので、今回減額できたからといって、今後も国債発行額が減り続けると期待することはできない。

基礎的収支が均衡しても財政再建にはならない

さらに言えば、政府が抱えている債務は、これだけではない。じつは、もっと大きな債務を公的年金制度を通じて抱えていると考えることができる。

仮に、現在の受給者の将来の年金給付の割引現在値と、これまで支払われた保険料の累積額を、現在の積立金で支払って年金制度を清算することができるかどうかを考えてみよう。

一定の想定の下で計算すると、不足額は800兆円程度になる。これは、将来の保険料率を現在よりも引き上げることによって賄わねばならぬものであるから、国の債務であると見なすことができる。つまり、国債や地方債という明示的な形態の債務を超える額の債務を、見えないかたちで抱えていると見ることができるわけだ。

第三に、「プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡」という目標自体が問題だ。「基礎的財政収支」とは、「借り入れを除く税収等の歳入から、過去の借り入れる対する元利払いを除いた歳出を差し引いた額」のことである。

この均衡は、財政再建の必要条件ではあるが、十分条件ではない。事実、来年度予算における国債元利合計(21兆円)は、国債金収入(25.4兆円)とほぼ同程度にまで増大している。したがって、仮に基礎的収支のバランスが実現できたとしても、国債の元利払いだけのために、国債を発行し続けざるを得ないことになる。

そして、その額は増加してゆく。なぜなら、国債の新規発行額が減少しても、残高は累積するので、元利合計も増加するからである。したがって、今後の国債発行額は長期的には増加することになる。

経済が成長を続ければ、名目額が増えても、経済全体に対する比率が上昇することには、必ずしもならない。しかし、名目金利が名目経済成長率よりも高ければ、政府債務残高の名目GDP比率は上昇し続けることになる。つまり、財政再建は、通常の手段ではもはや実現不可能な課題になってしまっているのだ。

国債に依存せずに財政再建を行なうことは、財政法が規定している基本的な姿である。1964年までの日本の財政は、そうした状態にあった。これに復帰するには、日銀引き受けで国債を発行し、財政インフレーションを起こすしか方法は考えられない。このように、財政健全化に近づいているどころか、破滅への道を着実に進んでいるというのが実態である。

財政の基本構造にはなにも手がつけられていない

このような状況にあるにもかかわらず、財政構造や財政制度の基本的な見直しはすべて先送りされており、財政構造合理化への道筋は、まったく見えない。

第一は、道路特定財源の一般財源化だ。これについては、本欄でも再三述べた。安倍首相が所信表明演説で強調したことだから、ぜひとも来年度予算に具体的な成果が示されるべきだった。

しかし、自民党の道路族に押し切られて、挫折した。来年度に道路整備中期計画を作ることとされているが、道路建設をこれまでどおり進めることは、既定路線になっている。私は、「道路特定財源の一般財源化問題は、改革が本物かどうかをテストするリトマス試験紙だ」と本欄で何度か述べた。そのテストの結果は、明白になったわけだ。

第二は、基礎年金国庫負担率の引き上げだ。私は、引き上げは必ずしも望ましいとは思っていない。しかし、すでに決めたことである以上、一刻も早く実現することが必要だろう。それにもかかわらず、来年度予算の課題として議論されることすらなかった。

それは、負担率引き上げには財源措置が必要という条件がかけられているからだ。財源措置としては現実的には消費税の税率引き上げしか考えられない。私は消費税率引き上げが望ましいこととは思っていない。とりわけ、インボイスなしの消費税は不完全なものなので、税率を引き上げれば、益税など現在の消費税が抱える矛盾は拡大するだろう。

したがって、消費税をどのように改革してゆくかについて議論を行なうことは、緊急の課題だ。それにもかかわらず、安倍内閣自身が、参議院選挙までは議論を封印している。選挙後に引き上げが行なわれることになるのだろうが、それでは議会制民主主義の否定であると考えざるをえない。この問題は、参院選の最大の争点とすべきだろう。

日本の財政が主体的に運営されていないのは、今に始まったことではない。バブル崩壊以降、企業収益の悪化による税収の落ち込みに伴って財政赤字が拡大し、一時的な景気回復で税収が増大すると赤字幅が縮まった。これが繰り返されただけで、予算の基本的構造に対しては、なんの改革も行なわれていない。そうしているうちに、問題が拡大している。

これらを放置したまま「財政再建に向けて前進」などと言うのは、欺瞞としか言いようがない。日本の財政が置かれた深刻な現状を直視すべきである。

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