未曾有のGDP落ち込みが意味するもの

5月20日に発表された2008年度第4四半期(09年1~3月期)の国内総生産(GDP)は、対前期比マイナス4.0%、年率換算でマイナス15.2%という戦後最大の落ち込みとなった。1月、2月の輸出や鉱工業生産指数などの落ち込みから第3四半期並みの数字になるとは予想されていたが、おおかたの予想を上回る下落である。08年度の実質成長率はマイナス3.5%となった。

08年10月~12月期は外需の落ち込みの寄与が大きかったが、今回は内需の寄与のほうが大きい。設備投資は、実質年率マイナス35.5%という大きな減少を示した。貿易の急減に対して企業が設備投資を急減させたことの影響である。民間住宅投資は年率マイナス20.0%、家計最終消費支出はマイナス4.3%となった。

問題は今後の推移だ。昨年秋から国内経済活動を急速に縮小させた輸出の急減過程は、3月には止まったものと考えられる。これによって国内の経済活動の急縮小も止まるだろう。実際、3月の鉱工業生産指数は、前期比1.6%の増となっている。

ただし、4月以降のGDPが1~3月期の水準で横ばいになったとしても、09年度の実質成長率はマイナス4.9%になってしまう。マイナス成長が継続する場合、ある年度のスタート時の水準は前年度の平均より低くなっている。したがって、そこから横ばいとしても、前年度よりは落ち込むこととなるのだ。

これは、通常「ゲタ」と呼ばれる現象である。かつての高度成長期においては、経済が高い伸びを続けていたので、ある年度の出発時の水準が前年度平均より高くなった。したがって、この年度に成長がなくても、前年度よりプラスの成長になってしまう。現在の日本は、このころとはちょうど逆に、マイナスのゲタを履いているわけだ。この概念は、「発射台の位置」にたとえられることもある。今回は地表より低いところから発射するので、かなりの成長をしないと、地表にさえ届かないわけである。

政府は4月に成長率見通しを改定したが、マイナス3.3%だ。右で述べたマイナスのゲタ(あるいは、地表より低い発射台)を考えると、このとおりになるためには、09年度にかなり高い成長を実現しなければならない。4月以降ただちに成長が始まってその後等成長が続く場合を想定すると、成長率は前期比2.6%にならなければならない。これはまず不可能だ。したがって、09年度の経済成長率はかなり低いものにならざるをえない。

設備投資の落ち込みは需要落ち込みが継続的なことを示す

今回の事態は単なる景気循環ではなく、バブルの崩壊である。これは、この連載で何度も述べてきたところだ。だから、「底入れすれば回復する」と期待することはできない。バブル崩壊からの自律的な反転などというものはありえないのである。

バブルが崩壊した以上、バブル発生前の状態に戻るしかない。そして、基本的な条件が変わらない限り、その状態が続く。急激な落ち込みがオーバーシュートしている可能性はあるので、それが元に戻るということはありうる。しかし、それは継続的な成長とは違う。

最も重要な点は、「バブルの再来を期待することは不可能」ということだ。したがって、06~07年頃の水準を回復することは不可能である。「バブル発生以前の水準」とは、02年頃の水準である。経済構造が変わらない限り、その水準が続くのだ。

第4四半期に設備投資がきわめて大きな落ち込みを示していることに、注目すべきである。需要の落ち込みが一時的と考えられているのであれば、生産調整は行なわれるにしても、将来の生産力増強のための設備投資がかくも大きく落ち込むことはない。GDP統計の数字は、需要の落ち込みが継続的と考えられていることを示している。

ただし、設備投資の急ブレーキを踏んだといっても、これまでの設備投資で積み上がった過剰生産能力が調整できるわけではない。自動車産業を中心として、生産能力の過剰は深刻な問題である。

需要が回復しないのであれば、過剰生産能力の負担は、今後長期にわたって企業収益を圧迫し続ける。10年3月期にも赤字が続くと予想している企業が多いことが、それを示している。

しかも、圧迫されるのは、企業収益だけではない。雇用も大きな影響を受ける。生産要素のうち、資本設備(機械や工場など)が容易に圧縮できなければ、労働力を圧縮するしか方法はない。雇用情勢が今後一段と深刻化することは、避けられない。

生産能力に対応する需要でなく新しい需要をつくる必要

ところで、GDPのニュースを聞いてわれわれがなすべきことは、未曾有の落ち込みに驚愕し狼狽することではない。また、「底入れすれば回復するだろう」と根拠のない期待をすることでもない。今日本経済が本質的な危機に直面していることを認識し、日本経済の構造を根本的に再編成することである。

しかし、企業も政府も政治家も、そのような方向は考えていない。現在の生産能力に見合うだけの需要をどこかに探し出そうとしている。前回述べたように、「先進国がダメなら新興国」というのが、そうした考えの代表だ。しかし、この方向は、日本にとっての解にはなりえない。「環境バブル」もそれに似たものだ。

マクロ経済政策の議論でよく用いられる「需給ギャップ」という概念も、大きな問題がある。なぜなら、そこで言う「供給能力」とは、現在存在する設備を完全利用した場合の生産量だからである。この概念を根拠として需要を拡大するのは、「現在ある過剰施設を廃棄せず、それに見合う需要を探し出す」という考えにほかならない。

政府が見通しを甘くしているのは、抜本的な対策をする意図がないことを示すものと解釈することができる。補正予算における追加経済対策も、前回述べたように、一時しのぎの緊急避難でしかなく、経済構造を変えるためのものではない。

新しい需要は、現在の生産能力とは別のところに見出されなければならない。具体的には、エコカーやエコ家電ではなく、また新興国の最終消費でもない。

必要なのは、まず国内における生活基盤施設の整備と介護などのサービスの拡充だ。これらに関しては、公的主体の役割が大きい。ただし、単に予算を増やせばよいというものではない。都市基盤整備のためには都市の新しいビジョンが必要だし、介護などに関してはシステムの見直しが必要だ。そして、なにより必要なものは、長期的にそれらの政策を支えうる財源の確保である。こうした課題に応えることが、政治の役割でなければならない。

また、何より重要なのは、個人消費支出の継続的拡大を目的とすることだ。そのためには、賃金が継続的に上昇する経済構造をつくる必要がある。新興国の製品と直接に競合するような事態になれば、企業の利益が減少するだけでなく、国内の賃金水準が新興国並みに低下する。新興国需要を追い求めるのが問題なのは、そのためである。

輸出産業が抱える過剰生産能力の多くは、廃棄するしか方法があるまい。企業に公的資金を投入するなら、それを目的とすべきだ。少なくとも、条件とすることが必要だ。

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