金利差や期待が為替レートを決める

2007年以降の円高は、輸出関連企業の収益に大きな影響を与えた。今後の日本経済も、為替レートによって大きな影響を受ける。

ところで、今年の2月以降、それまで続いていた円高傾向が円安に振れた。他方で、日本の貿易収支は大幅に悪化した。また所得収支も減少したため、経常収支の黒字が減少した。そこで、これと円安を関連づける考えが見られる。

しかし、前回述べたように、現在の世界では、為替レートは貿易だけでは決まらず、金利差と期待による資本移動がずっと大きな影響を与えるのである。だから、経常収支黒字が減少しても、円安ということにはならない。「為替レートが貿易収支や経常収支で決まる」というのは、資本取引が自由化される前の考えだ。

また、日本の生産性が今後伸び悩むことから、円安になってゆくだろうという意見も見受けられる。確かに、数十年といったレンジで考えれば、一国の生産性が為替レートに影響を与えるだろう(第2次大戦以降継続して続いたポンドの下落がその例だ)。それを考慮して、経常収支に長期資本収支を加えた「基礎収支」が重要と言われたこともある。

しかし、数年程度の期間では、別の要因のほうが強く働く。特に現状では、短期的な投機資金の動向がきわめて重要な意味を持つ。以下では、このようなことを考慮して、最近の国際収支と為替レートの関係を見ることとしよう。

さて、為替レートは、通貨に対する需給で決まる。しかし、収支の事後的な記録である国際収支表は、すべての項目を足せばゼロになる。したがって、これを見ているだけでは、何が為替レートを動かしたかを知ることはできない。

事前的な需給がレートを動かし、調整がなされて収支が事後的に均等化するのだから、事前的な需給を考える必要がある。それが何かは表に明記されているわけではなく、推測するしかない。主体的に動いて事前的な需給を決める要因として、経常収支のほかに、資本収支のうちの株式、中長期債、「その他投資」、「誤差脱漏」、為替介入を行なった場合の外貨準備などがあると考えることにしよう(直接投資はあまり大きな変化がないので、無視する)。そして、受動的に需給差を調整するのは、短期的な資本取引や外貨準備の一部などであると考える。「その他投資」や「誤差脱漏」を主体的要因とすることには、違和感があるだろう。しかし、これらは、円キャリー取引と密接に関連している考えられるのである。なお、以上の区別をすることに積極的な根拠があるわけではない。そう考えれば、現実の動きを説明できるということである。

経常収支の変化は10分の1以下のウエイト

まず、08年の値を06年と比べると、経常収支黒字は約3兆円減少した。また、株式と中長期債に対する対内投資が、約30兆円減少した。これらは円安要因である。他方で「その他投資」と「誤差脱漏」で流入が約42兆円増加した。このかなりの部分は、いわゆる「円キャリー取引の巻き戻し」だったと推測される。これは、円高要因である。差し引きで約12兆円の流入であり、円高が進行したことと整合的だ。

ここで重要な点は、経常主旨の変化は需給全体の10分の1以下のウエイトでしかないことだ。したがって、円レートは、資本取引(なかでも、外国人投資家の対日投資引上げと円キャリーの巻き戻しとの大小関係)によって決まったと考えることができる。対日投資の引上げは、輸出関連企業の利益の減少などを予測してのものだ。そして、円キャリーは、金融危機による投機取引の手仕舞い需要と、金利差の変化によって生じている。いずれも、将来への期待や金融的条件に大きく影響される要素だ。

06年と03年の比較では、経常収支の黒字は約4兆円増加した。また、外貨準備の増加は約18兆円減少し、株式と中長期債に対する純投資が約2兆円の流出超過から約8兆円の流入超過になった。したがって、円高要因は約25兆円だ。

他方で、「その他投資」と「誤差脱漏」が、約17兆円の流入から約22兆円の流出になった。つまり、円安要因が約39兆円あった。差し引きで約14兆円の流出増だ。これは円安が進行したことと整合的である。この期間においても、経常収支の変化は10分の1程度のウエイトでしかなく、為替レートを決めたのは資本取引(とりわけ、円キャリー取引の増加)だったことになる。

厄介なのは、「その他投資」とか「誤差脱漏」という内容が明確でないものが、重要なウエイトを占めていることだ。現在の世界で、為替レートの分析はきわめて困難な作業になっている。

国際的な資本取引から取り残されている日本

以上で述べたのは、収支差の「変化」に関して資本取引のウエイトが高いということだ。じつは、アメリカやイギリスでは、取引額そのものも資本取引のウエイトが高いのである。

07年のアメリカでは、財サービスの輸出が1兆6457億ドル、輸入が2兆3459億ドルだった。他方で、資本取引は流出が1兆2895億ドル、流入が2兆0577億ドルである。資本の流出入は、輸出入と同程度の大きさだ。これは、貿易と関係がないカネそのものの輸出入が行なわれていることを意味する。これを反映して、所得収支では、受け取りが8148億ドル、支払いが7260億ドルであり、貿易取引と比較できるような大きさになっている。

資本取引がこのように巨額なのは、昔からのことではない。1980年においては、輸出、輸入、資本流出、資本流入は、それぞれ、3444億ドル、3337億ドル、858億ドル、608億ドルであった。07年までの間に、輸出、輸入は5~7培地増加したにすぎないが、資本取引は15~34倍に増加している。

資本取引のウエイトが増加したのは、90年代の後半からのことだ。この時期に、世界的に資本取引が自由化されたためだ(日本が為替取引の実需原則を廃止したのは84年であり、金融機関以外が外国為替の売買ができるようになったのは97年のことである)。

これに対して日本では、07年において、輸出が79兆7253億円、輸入が67兆4030億円だった。資本取引を見ると、流出が31兆7525億円、流入が9兆6871億円である。資本取引額は、貿易額に比べても、アメリカに比べても、少ない。特に流入が非常に少ない。所得収支は、受け取りが23兆4869億円で、支払いが7兆1602億円だ。日本は巨額の対外資産を保有しているために受け取りは貿易額の3分の1程度になっているが、支払いは1ケタ下のレベルでしかない。つまり、日本の資本取引は、経常収支の黒字を証券投資することが中心なのだ。その意味では、かなり原始的である。

このように、日本の海外との資本取引関係は、アメリカの場合とはかなり異なる。日本で金融政策が国内事情だけで議論されることが多いのは、巨額の資金が移動する国際金融の現状から取り残されていることにもよるのだろう。

そのため、低金利政策が国際的な資本の移動に大きな影響を与えるという認識を持てなかった。それが、ここ数年の日本の経済政策失敗の基本原因である。金融政策が金利差や期待への影響を通じて為替レートに大きな影響を与えることが重視されなければなるまい。

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