ついに姿を見せた自動車への露骨補助

4月10日に政府・与党が追加経済対策を決めた(4月末に国会提出予定)。この結果がどうなるかは、あらかじめ見えていた。財政支出拡大という千載一遇の機会を狙って、国家資金の争奪合戦が行なわれることだ。

まず第一に、これまでもそうであったように、増大する公共事業を地元に誘致するために、政治家が暗躍するだろう。そして、不要不急の公共事業の洪水が発生する。

これまでと違うのは、産業界から露骨な補助策が要求されることだ。「環境対応」とか「グリーン革命」という流行のキャッチフレーズに隠れた需要拡大策の要求だ。今こうした補助を最も強く求めているのは、輸出の急激な落ち込みによって海外需要の大半を失った製造業である。とりわけ自動車だ。

補助を得た業界は、これまでのビジネスモデルを見直すことはなく、過剰設備から生み出される過剰供給のはけ口を求めて、ひたすら需要探しに狂奔するだろう。アジア諸国との激しい価格競争に巻き込まれて製品はコモディティ化し、家電製品と同じ道をたどるだろう。かくして、日本の製造業は政府保護に依存する体質を強め、農業がそうであったように衰退してゆくだろう。

この原稿をいったん書き上げた段階で、「新車買い替えの補助策を経済産業省が検討中」という報道がなされた(その後、正式決定)。4月から行なわれている自動車重量税減免と合わせると、ハイブリッド車への補助は40万円程度になる。

自動車業界が新たな補助策を要求してくるだろうとは予想していたが、ここまで露骨な事態になるとは思っていなかった。

言うまでもないことだが、こうした施策に必要な財源は、天から振ってくるわけではない。当面は国債発行によって賄われるとしても、いずれは納税者の負担になる。産業保護策の財源負担を押し付けられる納税者の1人として、強い憤りを覚える。そして、こうした保護策を納税者の立場からチェックする政治勢力が存在しないことに思い至り、慄然とする。将来の日本がたどってゆく道のりは、はっきりと見えてしまうのだ。

景気刺激策を行なうための国際発行増加によって、長期利子率は上昇し、将来の設備投資を阻害するだろう。そして、社会保障制度をはじめとする諸制度の見直しは、ドサクサの中で忘れ去られる。やがては税負担が耐えられないレベルまで引上げられ、日本経済は疲弊するだろう。

必要なのは都市基盤整備、介護、農業

もちろん、右に述べた「破滅のシナリオ」は、不可避というわけではない。原理的に考えれば、財政支出拡大を日本の構造を改革する促進剤とし、それによって日本経済の大転換を図ることができる。こうした大手術を行なうのに、今はまたとないチャンスなのである。

第一に、増大する財政支出で都市基盤整備を図る。やるべきことは山ほどある。

第二に、介護などの分野に資源と労働力を投入する。介護サービスが今後の日本社会できわめて重要なことは、言うまでもない。そして、有効求人倍率が軒並み1を下回っている現在の日本で、ここは例外的に人手不足が顕著な分野だ。だから、この施策は、社会の需要に合うし、失業の防止という目的にもかなう。

第三に、農業を改革して、未来の日本を支える産業に転化する。

これらは、原理的には可能なことである。経済的な見地から考えれば、日本経済の資源配分をこのように変更することは可能であり、それによって不都合が発生することはない。たとえば、以上のような内需中心の経済構造に移行した場合、貿易黒字は縮小し、あるいはマイナスが固定化する。しかし、所得収支の黒字がそれを補うので、国際収支上の問題が生じることはない。

問題は、経済面にあるのではなく、政治面にあるのだ。現在の日本の政治状況では、こうした転換が、著しく困難なのである。まず、公共投資を都市基盤整備に集中させることは、日本の政治状況では不可能に近いほど難しい。「公共事業とはすなわち地方の工事」という利害構造が出来上がってしまっているからだ。

介護や農業については、現在の制度の基本が障害となる。どちらの分野も、日本経済のなかで最も社会主義的色彩が強い分野であり、国の統制が制度の基本になっている。それらが状況を固定化している。

介護分野で労働力が不足しているのは、賃金が低過ぎることの証拠だ。では、現在の規制を緩和して市場原理に任せれば解決できるのか? 原理的には可能だが、その方向づけは強い反対が生じるだろう。それなら、介護保険の保険料を引上げればよいのか? これも現在の日本の政治状況では実現できない。農業については、現在の農地法の強い制約を突破できなければ、事実上なにもできない。

このように、経済的・原理的には解決可能でありながら、現実の制度を変える政治的なリーダーシップがないために、どの分野でも立ち往生してしまう。政治の貧困こそが、日本の悲劇の本質である。

最も重要な「教育」は閑却されている

最後に、現在の日本で教育が顧みられていないことに言及したい。特に、社会人の再教育だ。

オバマ米大統領は、2009年2月24日の就任後初の議会演説の中で、「アメリカ人に少なくとも1年あるいはそれ以上、より高度な教育か職業訓練を受けるように求める」と述べた。これは、きわめて適切なメッセージだと思う。

「生涯教育こそ活力の源泉」という考えがアメリカではもともと強い。そして、税制上でもさまざまな措置が講じられている。たとえば、「生涯学習税額控除」では、2000ドルの税額控除が認められている。

これに対して日本では、社会人の再教育に対する施策は、ほとんどない。専門職大学院の学費は卒業までに300万円程度であり、かなりの負担だが、それを所得税で必要経費に算入することは認められない。

「人材投資促進税制」という制度があり、中小企業の従業員の教育訓練費が一定割合を超えると税額控除が受けられることになっている。しかし、対象は限定的であり、額もわずかだ。

贈与税の減税が検討されるにもかかわらず、教育税制が放置されることに、日本の現状が象徴されている。相続税や贈与税の減税は、古い社会構造を温存する。それに対して、教育は、古い社会構造を変えるための最も基本的な道具だ。アメリカでは社会を変えることが望まれているのに対して、日本では固定化することが望まれているのだ。

教育が必要なのはいつの時代にも同じだが、経済危機のさなかにある現在の日本では、特に重要だ。なぜなら、前回述べたように、現在の経済の落ち込みは、景気循環ではなく、巨大バブルの崩壊だからである。落ち込みが終わっても、条件が変わらなければ、バブル前の状態が続くだけだ。展望を開くためには、これまでのビジネスモデルを抜本的に変革する必要がある。そのためには教育が最も重要だ。

特に重要なのは経営者だ。政府の保護を望み、将来の方向づけについて新興国需要とか環境関連ということしか考えられない経営者が企業を運営している限り、日本に未来はない。今緊急に再教育すべきは、企業の経営者だ。

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