CDSは悪魔の発明で金融危機の原因?

2月にアメリカ金融危機が再燃したきっかけは、保険グループAIGが2008年決算で992億ドルという巨額の赤字を発表したことだった。この赤字は、「クレジット・デフォールト・スワップ」(CDS)に起因する。同社のCDS取引は、08年3月末時点で想定元本が4750億ドルに達していた。金融危機の進展で、これが2年間で約400億ドルの損失を発生させていた。

今回の金融危機においては、CDSが大きなウエイトを持っていた。リーマン・ブラザーズも、巨額のCDSのプロテクションの売り手になっていたため、それからの損失が経常を悪化させた。

ところで、CDSに関しては誤解が多い。第一は、「想定元本ベース」という概念だ。これについては、拙著『世界経済危機』(ダイヤモンド社)で説明したのだが、要点は次のとおりだ。

「想定元本」とは、取引で受け渡しするキャッシュフローを計算するために想定する元本を指す。将来にわたるキャッシュフローがネットで受け取り超過となる場合、その期待割引現在値を「正の市場価値」と言う。CDSの買い手は正の市場価値を持っている。ただし、その額は想定元本よりはかなり小さい。損失は必ず発生するわけではないからだ。BIS(国際決済銀行)のデータで見ると、08年6月末のCDS残高は、想定元本ベースで57兆ドルだが、市場価値総額(グロス)は3兆ドルである。

CDSの売り手が破綻して取引が解約された場合に発生するインパクト(の期待値)は、市場価値によって表される。「AIGが4750億ドルのCDSを抱えていた」といっても、これは同社が破綻した場合の損失ではないので、注意が必要だ。ただし、実際に損失が生じた場合の現実の支払額は、市場価値よりは大きくなるだろう。なお、ある対象についてプロテクションの売りと買いが行なわれるため、ネットの価値はグロスよりさらに1ケタ程度小さな数字になる。

「CDS契約の残高は、財務省証券の市場規模や上場株式の時価総額をはるかに凌駕する」と言われることがあるが、残高として言われているのが想定元本なので、これは間違いだ。こうした対象と比較するなら、市場価値を使わなければならない。

08年9月にリーマンが破綻した際、CDS想定元本は約4000億ドルだったが、清算価格はその8.625%とされた。そして実際にネットで決済されたのは60~80億ドル程度だった。4000億ドルとの差額は買い手の負担になったとして、「CDSはインチキな商品だ」といった類いの論評が見受けられたが、これは救いがたい誤解である。

CDSはプットオプションの一種で保険とは違う

第2の誤解は、CDSが機能するメカニズムだ。「CDSは保険のようなもの」と説明されることが多い。「損失が発生した場合に助けてくれる」という点では、どちらも同じである。しかし、CDSはプットオプションであり、それが機能するメカニズムは、保険のそれとはまったく異なる。簡単に言えば次のとおりだ(詳しくは、『金融危機の本質は何か』、東洋経済新報社、2009年を参照)。

保険は、「たまたま誰かに大きな損失が生じた場合、その損失を大勢の人で少しずつ分かち合う」という相互扶助の仕組みである。この仕組みで対処できるのは、死亡、疾病、事故など、「私に事故が起きたときに、他の人は事故に遭っていない(正確に言うと、他の人が必ず事故に遭うというわけではない)」というようなリスク(「個別リスク」)である。

これに対してオプションは、「私に事故が起きたときには、他の人も同じ事故に遭ってしまう」というようなリスク(「市場リスク」あるいは「システマチックリスク」)にも対処できる。したがって、これは、異なる立場にある人とのあいだのリスク交換である。各人が保有している資産のリスク特性とその人が望んでいる目標とのあいだには乖離がありうるので、オプション取引で他の人とリスクを交換し、望むリスク状態を実現するのである。

実際に損失が生じた場合、保険の場合には保険の引き受け手が補填するわけではない。しかし、CDSでは引き受け手が保証しなければならない。ウォーレン・バフェットは、CDSを「時限爆弾」とか「金融大量破壊兵器」と呼んだ。これは、「保険とは違って、事故が起きれば引き受け手は大変なことになる」ということを言いたかったのだろうが、「CDSは危険なもの」という誤解を広めてしまったようだ。それに加え、リーマンやAIGなどCDSの引き受け手が実際に問題を起こしてしまったために、さらにその印象が強められ、「CDSは悪魔の発明」という類いの誤解が世の中に蔓延しているように思われる。

安易な引け受けこそが問題の本当の原因

CDSに対しては、さまざまな批判がなされている。その1つは、「証券化商品をCDSで保障し、販売を促進させた」というものだ。つまり、「投資家のリスク管理が緩くなったのは、CDSがあったからだ」という議論である。また、証券化商品を直接保有するのではなく、そのリスクを保障するCDSに投資するという方法も用いられた。こうしたことから、「CDSがバブルを増幅させた」と言われることもある。

確かに、「CDSで保障されたために過剰なリスクを取った」ということはあったのかもしれない。しかし、アメリカの証券保管振替機関であるDTCCによると、住宅ローン関連の資産を参照するCDS取引は全体の1%未満にすぎない。したがって、リスク管理を緩める効果があったとしても、限定的だろう。また、CDSはリスクを移転する役割は持つが、リスクを増幅させる機能は、もともとない。

問題は、CDSそのものに内在するのではなく、その使い方にある。AIGはCDSを安易に引き受けていたとしか思えないのである。「実際に支払いが発生するようなことはない」とたかをくくっていたのではないだろうか。あるいは、仮に支払いが発生しても、古典的な保険のように、保険料総額の範囲に収まると思っていたのかもしれない。

ところで、AIGは、公的資金による救済開始以降に同社から支払いを受けた金融機関名を3月15日に公表した(「ロイター」09年3月16日による)。最大の受け手はゴールドマン・サックスで、受取額は129億ドルである。上位10気管の合計は、31億ドルとなっている。シティグループは10機関のうちには入っていない。

このリストを見ていると、ゴールドマンが最近時点でかなり順調に利益を上げている理由が推測できる。危険な投資はCDSでプロテクトし、損失を免れたのだ。シティは危険な投資を行なった割にはプロテクションを買わなかったのだろう。それゆえに損失を拡大し、今危機に陥っている。

AIGが破綻すればゴールドマンは巨額の損失を被るはずだったが、アメリカ政府がAIGを救済したために、CDSのプロテクションが無効にならず、支払いを受けることができた。「そうした見通しがあったから、ゴールドマン出身のポールソン前財務長官はAIGを助けたのか?」という推測もなされている。その真偽はわからない。ただし、重要なのは、リスクに対して適切なプロテクションを行なったか否かである。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments