金融立国の前に金融貧国からの脱却を

財務省が2009年3月9日に発表した1月の国際収支速報では、日本の経常収支は1728億円の赤字となった。経常収支が赤字になるのは、1996年1月以来、13年ぶりだ。

ただし、これをもって経常収支赤字が定着すると考えるのは、早計である。なぜなら、貿易収支は、毎年1月には悪化する傾向があるからだ。これまでも1月の貿易サービス収支が赤字になった年は多い。

経常収支の今後の動向を考えるため、まず、最近数年間の経常収支の動向を見ておこう。

日本の経常収支黒字は、01年には10.7兆円であったが、輸出の増加によって年々拡大し、07年には24.8兆円になった。このうち、貿易サービス収支が9.8兆円の黒字、所得収支が16.3兆円の黒字であった。ところが08年の秋以降、輸出が急減した。このため貿易サービス収支が急速に悪化し、09年1月には1.1兆円の赤字になった。さらに、金利低下と海外現地法人からの配当金減少などによって、所得収支が前年同月比31.5%減の9924億円になった。このため、経常収支が赤字になったのである(なお、経常収支は、貿易サービス収支、所得収支、経常移転収支の和)。

では、今後の経常収支はどうなるだろうか? まず、貿易収支の赤字は、今後も続く可能性が高い。また所得収支の黒字も急速には回復しないだろう。したがって、経常収支は、かつてのような大幅な黒字にはならないだろう。

ただし、今後しばらくの簡は、経常収支の赤字が定着したり、大幅な赤字になったりすることもないだろう。たぶん、貿易サービス収支の赤字と所得収支の黒字がほぼ等しい値になり、その結果、経常収支がゼロ近辺の値となる状態が続くのではないだろうか。「国際収支の段階説」と呼ばれる考えによれば、これは、「成熟した債権国」の段階(貿易収支は赤字になるが、海外資産からの所得がその赤字を補う債権国)である。

もっとも、より長期的に見ると、経常黒字は縮小傾向を示すと考えられる。なぜなら、国内の貯蓄投資差額と経常黒字は等しいが、人口構造の高齢化によって貯蓄率が低下するからである。したがって、「経常収支がわずかながら赤字の状態が継続し、赤字が徐々に拡大する」ということは、十分考えられることだ。これは、国際収支の段階説で「債権取り崩し国」と呼ばれる状態である。

輸出で外貨を稼ぐ必要はない

以上で見た国際収支上の構造変化は、今後の日本の経済政策に重要な意味を持つ。とりわけ、内需中心経済構造への転換に関して重要だ。なぜなら、内需指向型経済活動は、輸出産業に比べると、「外貨を稼ぐ」という点では効率が悪いからである。

これが問題だと考えている人が多い。「自然資源に乏しく国土が狭い日本は、資源や食料を外国から輸入しなければならない。だから、輸出で外貨を稼がないと生きてゆけない」という強迫感である。

しかし、この考えは誤りである。それについて、以下に説明しよう。

日本の対外純資産は07年末で約250兆円ある。仮に経常収支赤字が定着しても、貿易収支と所得収支が08年1月程度であれば、年間の経常収支赤字は約2兆円である。だから、対外資産を取り崩しても、あと125年間は対外純資産はなくならない。

つまり、内需を拡大する政策は「外貨を稼ぐ」ためには役立たないが、それでもいっこうに構わないのである。成熟した債権国にとって重要なのは、対外資産の運用を適切に行なうことなのである。

日本では、数年前から、所得収支の黒字が貿易収支黒字より大きい状態が継続していた。貿易収支が赤字になった今、所得収支の黒字は、日本にとって大変重要なものとなった。したがって、対外資産の運用を適切に行なうことによって、所得収支の黒字を確保してそれを増大させることが、大変重要な課題になる。

重要な点なので、以上の結論を繰り返そう。輸入が必要なことは間違いないが、それに必要な外貨を輸出で稼ぐ必要はない。輸入が輸出を超え、貿易収支が赤字になる状態が続いても構わない。なぜなら、対外資産が生み出す所得で輸入代金を支払えるからだ。

家計にたとえれば、次のようなことだ。これまでは、額に汗して働き続け、生活費を超える所得を得てきた。それを貯金した結果、資産が蓄えられた。だから、退職して勤労所得がなくなっても、資産運用の収益で生計を立てられる。

これまでの日本は、モノ作りに励み、貿易黒字を稼いできた。しかし、いまや、退職後世帯と同じ段階にまで成熟したのである。

ただし、蓄積した資産の運用法に関しては、個人の家計と国とで大きな違いがあることに注意しよう。

個人の場合には、蓄積した資産は、定期預金などの確実な資産で運用するのが賢明である。「貯蓄から投資へ」などというキャッチフレーズに騙され、株式や投資信託、あるいは外貨資産などをつかまされた退職後世帯は、今金融危機のなかで深刻な資産目減り状態に陥っている。

しかし、国については、リスクを取る方向での資産運用が必要なのである。これまでの日本は、巨額の対外資産を、外国(主としてアメリカ)の国債などの証券投資で運用してきた。そのため、対外直接投資の比率はきわめて低い。それが「安全な資産運用だ」と説明されているのだが、実際は、資産運用のノウハウがなかっただけのことである。そのため、前述のように、円高と全世界金利低下で所得収支が減少している。

資産大国にふさわしい賢明な資産運用を

世界的な金利の低下と配当所得の減少で、日本の所得収支は減少した。しかし、運用方法を改善すれば、この状態を克服することができる。

これに関して大きな参考になるのが、アメリカやイギリスだ。これらの国はネットの債務国であるが、それにもかかわらず、所得収支は継続してプラスなのである。しかも、年を追うごとに黒字が増大している。

アメリカの07年の所得収支は、817億ドルの黒字だ。そして、08年の所得収支はかなり顕著に回復している(07年代2四半期97踊るから、08年第3四半期には308億ドルに増大)。イギリスも似た状況である。特に08年第1四半期には黒字が増えた。日本の所得収支が、07年7月の1.5兆円から08年12月の0.7兆円へと半減したのと対照的だ。世界金融危機のなかで債権国日本の所得収支は減少しているのに、債務国アメリカ、イギリスの所得収支黒字が増加しているのである。

両国とも、経常収支がプラスだった時代に海外投資を行ない、その収益が高いことがこれに影響している。しかし、アメリカの所得収支がプラスになるもう1つの理由は、日本や中国がアメリカ国債という低利回りの対象に投資していることなのだ。つまり、アメリカは、低いコストで調達して利回りの高い投資を行なっているために、所得収支がプラスになるのである。

アメリカが低い利回りで調達できるのは、日本や中国が、より高い利回りを実現できたかもしれないのに、それを実現していないことを意味する。日本の資産運用の改善は、貿易収支の赤字が定着してしまった今こそ、必要なことだ。

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