「アメリカ型資本主義」批判は空虚な議論

この1年ほど、日本の新聞、雑誌、出版物には、「アメリカ型資本主義がダメになった」という類いの論調が溢れた。「貪欲金融資本主義が破綻した」とか、「市場原理主義は人を豊かにしない」等々の議論である。

こうした論調が流行したのは、金融危機の進展を見て、「アメリカが失敗した」という認識が一般化したからだろう。「アメリカが世界をリードし、あくなき欲望をむき出しにして利益を追求したが、それがダメになった。だから、世界経済の中心はアメリカを離れ、新興国へ移ってゆく」という議論だ。

これまでの20年間、日本が経済停滞から這い上がれず、鬱積した感情が蓄積されていたのは事実だ。しかし、相手が失敗して喜んでも、なんの益にもならない。また、感情に訴える議論も危険だ。アメリカ人の傲慢さを快く思わないのは日本人として当然の感情だが、それとは別に冷静な議論が必要だ。「アメリカが貪欲」と言うだけでは、「鬼畜米英」と叫んで鬱憤を晴らしていた時代を繰り返すことになってしまう。

「金融は地に足が着かない虚業であり、濡れ手で粟の怪しげなビジネス」という意見も多い。日本で先端的な金融ビジネスが弱いことの裏返しとして、こうした議論が歓迎された面もある。投資銀行の役員や上級職員が高額の報酬を得ていたことも、こうした批判に拍車をかけた。

しかし、最近発表された各国の2008年10月~12月のGDP統計を見れば、事態はこの認識と正反対であることがわかる。この期間の実質GDPの成長率(年率換算値)は、日本が-12.7%、ユーロ圏が-5.9%、そしてアメリカが-3.8%だった。

アメリカの傷がもっとも浅いのである。そして、傷が最も深いのは、日本だ。強い子がしくじったのを見て囃し立てていたところ、自分の足下が崩れてしまったようなものだ。

このことは、株価の動向にも一貫して表れていた。日本の株価の下落率のほうが、アメリカのそれより激しかったのである。GDPという総合的な指標で示されたことで、日本経済が重大な問題を抱えていることが明確になった。

われわれは、この事実を見据えなければならない。そして、なぜこうした事態になるのかを理解し、それが意味するものを把握しなければならない。

アメリカで金融危機が起こり、アメリカの投資銀行モデルが破綻したのは、事実である。しかし、日本の輸出立国モデルも同時に破綻したのだ。これらは、密接に関連しており、どちらか一方だけでは成立しない。そして、互いに支え合い、増幅しながら巨大なバブルを膨張させた。その過程に、日本も深くかかわった。

そのバブルが破綻した。世界のあらゆる国が荷担したことだから、世界のあらゆる国で経済活動の縮小が起きているのだ。

しかし、縮小の程度には差がある。先進国のなかでもっとも深刻なのが、日本なのである。なぜ日本の傷が最も深いのかを、よく理解しなければならない。

いまだにアメリカ頼みである経済の実態

評論家の言っていたことは、現実と正反対だっただけではない。経営者も、評論家の議論など信じていなかったのである。

「アメリカは終わった」と評論家が論じている半面で、経営者はオバマ政権の景気刺激策に大きな期待を寄せていた。事実、08年1月初旬には、その期待から日本の株価が上昇した。

それまでの株価も、「アメリカ頼り」一辺倒だった。07年の夏以降、ニューヨーク市場で下がれば東京でも下がり、上がれば上がった。「アメリカが地盤沈下する」という評論家の議論にもかかわらず、経営者はアメリカに期待し、株式市場はアメリカの株価をなぞるだけの動きをしていたのである。これは、まことに奇妙な光景だった。

「アメリカ一極集中が終わるため、ドル基軸通貨の時代が終わる」とも言われた。しかし、08年の春頃、ヨーロッパの短期金融市場では流動性が枯渇し、ドルに対する需要が急増した。そして、極端なドル不足に対処するため、中央銀行が大量のドル資金を供給せざるをえなくなった。つまり、必要な通貨は、ユーロではなくドルだったのだ。

各国の外貨準備に占めるドルの比率が一時低下したのは事実である。しかし、IMF(国際通貨基金)が08年12月に発表したデータでは、08年第3四半期のドルの比率は64.6%だ。06年第3四半期の66.5%と比べると低下したとはいえ、07年第3四半期の64.2%に比べると上昇している。

ユーロの比率は、08年第2四半期までは上昇したものの、その後のユーロ安で傾向は逆転した。実際、ユーロに対するドルの増加は著しい。08年夏頃の1ユーロ=1.6ドル程度から、現在では1.3ドル程度になっている。ユーロが08年夏まで強かったのは、単にユーロ圏の金利が高かったからにすぎない。

円は高くなっているではないか?と言われるかもしれない。しかし、実質実効為替レートを見ると、円が十分高くなったとは言えない。日本銀行のデータによると、実質実効為替レート指数は、1995年4月には165だった(この数字が大きいほど円高)。ところがその後、為替介入が行なわれたため円安になり、06年から07年にかけては100を下回った。07年7月に91.2になってからは円高に転じたが、09年1月で127.4まで回復したにすぎない。95年4月に比べれば、まだ23%ほど円安である。

つまり、これまでの円が異常に安かった(95年4月に比べれば、07年7月は45%も円安だった)のであり、それが正常な水準に戻りつつあるだけだ。

必要なのは内需中心経済の構想

経営者がアメリカ頼りになるのは、外需依存経済に復帰したいからである。日本の経済政策は、金融緩和、円安によってそれを後押ししてきた。

しかし、輸出立国モデルは終焉した。最初に述べたGDPのデータは、そのことをはっきり示している。だから、日本の将来のためには、内需に依存した経済構造に転換することが必要だ。そして、この方向こそが、労働者の立場から望まれることである。円安、金融緩和一辺倒の経済政策から脱却し、新しい産業構造をどう構築したらよいか?これこそが、今われわれが行なうべき議論である。

本来なら、民主党が労働者側の政党となり、そうした政策を提示すべきだ。しかし、実際には、農家に一律給付金を配るというような政策しか提示しない。民主党にその能力がないのなら、労働組合が提示すべきだ。しかし、実際には、「雇用確保のために内部留保を吐き出せ」という程度の議論しかできない。

「内需拡大」と言っても、具体的にはさまざまな形態がある。山の中に立派な道路を造り、地域経済を土建業者で支えるのも内需中心経済だ。今の政治状況では、そうした姿に逆戻りする可能性が高い。いや、すでにその方向に向けて動き出したと言うべきだろう。GDP統計にあわてた政治家は、公共事業の前倒しのために、09年度補正予算が必要と言い始めている。

ムダづかいの大盤振る舞いの到来を防ぐためには、地に足が着いた議論が必要だ。「アメリカ型資本主義がダメになった」という類いの空虚な議論をしても、事態は前進しないのである。

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