出生率を上げて内需拡大を図る

日本は今、輸出の急減による未曾有の有効需要縮小に直面している。これを放置すれば、日本経済は、これまで経験したことのない深刻な経済停滞に陥る。

それを解決する手段は、金融緩和ではない(量的緩和は企業の資金繰りを助けるが、それ以上の効果はない。輸出が激減する状況では、資金繰りが好転しても金利が引下げられても、生産活動や設備投資は活発化しない)。また、諸外国が金利引き下げを行なった結果、円安誘導で外需依存経済成長を復活させることもできない。したがって、有効需要を補填する手段は、財政赤字の拡大による財政支出の拡大以外にはない。

必要な拡大規模は、輸出の落ち込み規模などから考えて、GDPの少なくとも5%程度という巨額なものになる。額で言えば、30兆円程度だ。これを実行するには、国債発行額をほぼ倍増する必要がある。

言うまでもなく、これは破天荒の規模である。日本経済は、それほど大きな問題に直面しているのだ。

ところで、この事態を他方から見れば、これまでできなかった政策が実行できることを意味する。今回の経済危機は、日本経済の構造を大転換させるための絶好のチャンスとして活用することもできるのだ。

定額給付金に対する世論の支持率は、低い。その理由は、「漫然とカネを配るばかりでなく、もっと有効な政策に使うべきだ」ということだろう。有効需要喚起という観点からすれば、財政赤字と支出を拡大するだけで意味がある(穴を掘って埋め返すだけでも意味がある)のだが、「せっかく支出するなら有意義な用途に使うべきだ」と考えるのは、当然のことだ。

支出拡大の対象としては、貧弱なまま放置されている都市基盤の整備に充てることが、まず考えられる。これについては、本誌1月24日号の本連載で述べた。

しかし、この政策の問題点は、そこで述べたように、事業を地元に誘致したい政治家が群がってムダな公共事業が増える可能性が高いことだ。そして、政治家と業者との癒着関係がますます強まる。問題は結局は政治改革に帰着するのだが、今の日本で抜本的な政治改革を求めるのは、およそ実現不可能な空想事だろう。

出生率引上げ政策を行なう条件が生まれた

ただし、拡大する財政支出の使途は、公共事業だけではない。まったく別のものを考えることもできる。

その1つの例は、出生率引上げのために用いることだ。たとえば、第2子、第3子に対して給付金を支出することが考えられる。これを、「こうのとりプロジェクト」と呼ぶことにしよう。

私は、これまで出生率引上げ政策に対しては、否定的だった。その理由は、次のことだ。

第1に、普通考えられる政策手段の中には、効果のあるものを見出しにくい。通常言われる子育て支援では、とても効果があるとは思えない。所得税における特別扶養控除を少し引上げる程度では、出生率を高めるためのインセンティブにはならないだろう。

第2の理由は、仮に効果があるとすると、今度は「依存人口率の上昇」という問題が発生してしまうことだ。新生児数が増えても、就学年齢時には生産活動に従事することはできないから、出生率上昇が始まった時点から数十年間は、生産年齢人口に対する依存人口(生産年齢以下の人口および退職後の人口)の比率は上昇する。

したがって、子供を増やした家計だけでなく、社会全体としても、生産年齢人口の負担はかえって増えてしまうのである。だから、社会保障財政などは、かえって悪化する。

ところが、このいずれも、仮に多額の資源を投入できるのなら、解決できる。出生率引上げ政策に関する考えを私が180度転換させたのは、日本が今、大規模な財政支出拡大の必要性に迫られており、そのため出生率引上げ政策に巨額の資源を投入することが可能になったからだ。

まず、給付金の水準が十分に高ければ、出生率を高めるインセンティブになりうる。どの程度の額をどの程度の期間給付すべきかについては、詳細な検討が必要だが、出産と子育てに伴う機会費用を補填し、教育に要する費用を支援する必要がある。

女性の就業率が高まった今、出産と子育てによる所得損失は、重要な問題だ。特別扶養控除の引上げ程度では、それを補填することはできない。これ以外にこれまで考えられていた政策のどれもが、この問題を解決できる規模のものにはなっていなかった。

したがって、給付水準を決める1つのメドは、損失所得と教育費を完全に補填することだ。これまでの常識的な議論の枠内でそうした水準の補助を与えるのは困難だったが、十分な額の支出を行なう大事業とすれば、可能である。

第2子、第3子の年間出生数はせいぜい数十万人だから、仮に1人当たり100万円を支出しても、総額は数千億円である。これは、有効需要喚起に必要な支出額に比べれば微々たるものだ。ただし、同程度の給付を就学期間中続けることとすれば、支出は累増する。有効需要喚起が必要なのはせいぜい数年間だから、将来の支出をどう賄うかの検討が必要になる。

第2点の依存人口比率の上昇は、避けられない。子どもが増えれば、その養育と教育のために、どうしても追加的な資源を振り向ける必要がある。

しかし、「内需依存経済への転換」とは、まさにそうしたことに資源を振り向けることなのだ。養育と教育のために増大する支出が、内需の拡大となるのである。出生率引上げ政策を公的な施策として行なうことの意味は、その負担を個別家計ではなく、社会全体として負うことだ。

モラルハザードの問題が起きにくい

ここでいくつかの点に注意しておきたい。第1に、「こうのとりプロジェクト」は、「外貨を稼ぐ」ためには役立たない(これに限らず、そもそも内需を拡大する政策のほとんどは、外貨稼ぎには寄与しない)。

しかし、それでもいっこうに構わない。なぜなら、日本の所得収支は巨額の黒字を記録しており、これは近い将来に増えることはあれ、大幅に減るとは考えられないからである。したがって、貿易収支が赤字に転じたとしても、経常収支は黒字を続ける。

日本経済を家計になぞらえれば、資産運用の収益で生計を立てられる退職後世帯のような段階にまで日本経済は成熟したのである。「自然資源に乏しい日本は、輸出で外貨を稼がないと生きてゆけない」という考えは、いまや時代遅れだ。

第2に、「こうのとりプロジェクト」は、モラルハザードを起こしにくい。一般の所得保障政策は、「働かなくとも生きていける」という期待をもたらし、人びとの労働意欲を低下させる恐れがある。しかし、出生率に関連した給付は、こうした問題を引き起こさない。

第3に、このプロジェクトは、政治的な利権獲得活動の犠牲になる可能性が低い。この点が、社会資本整備との最大の違いだ。

なお、関係する事業者と政治の癒着関係を防止するためにも、給付金は関連サービスの供給者に支給してはならない。子どもを増やした家計に直接に給付する必要がある(補助金の支給が政治的な問題を引き起こす基本的な理由は、財やサービスの需要者に対してでなく、それらの供給者に補助が与えられることにある)。

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出生率を上げて内需拡大を図る” への2件のコメント

  1. 野口さんはこれから労働集約型産業はどんどんインド、中国に移転すると考えているのですよね?現状でも就職先が少ないのに増えた子供はどうすればいいのでしょうか?日本の長期停滞は避けられないないでしょうが無理なことをしない方がいい。違ったところでゆがみが生じるだけ。魔法は存在しない。地道に個人、企業が革新的なサービス、技術、サービスを考えるしかない。サイズは大きいが質の悪いシンガポールを目指した方がいい。そのために野口さんが「超」勉強方でいうようにもっと学校で知識をつめこむべきでそっちに費用をかけるべきだ。

  2. 私も日本の出生率を上げるべきだと考えています。今後20年間で総人口3億人、将来的には20億人程度まで増やします。日本列島に住む日本人は多いほど楽しい。みんなでわいわいがやがややりながら楽しく暮らしていきます。人口過多の都市もあれば過疎の村もあるわけで、居住スペースは十分あります。人数が多いほうが働きがいもあります。今後10年以内に小中学校の数が不足しますので、廃校はやめましょう。内需拡大にも賛成です。かつては世界中で人口抑制政策が繰り広げられましたが、世界人口ももっと増えるべきです。地球上に居住可能な人間の数は限られているというフィクションを本当のように吹聴する学者有識者はいますが、人間の数は多いほど楽しい。もっともっと地球上に人口を増やすべきです。以上、最後までお読み頂きありがとうございました。

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