金融政策が機能しない今回の経済危機

今回の経済危機に先立つアメリカのブームの特徴は、住宅価格がバブルで上昇しただけでなく、消費が増えたことだ。アメリカは国全体として負債を増やしたが、家計も負債を増やして消費を増加させたのである。

住宅価格のバブルが崩壊すれば、住宅を担保に急増してきた個人ローンの増加は縮小せざるをえない。したがって、消費が減らざるをえない。2008年12月のアメリカの小売売上高が前年同月比9.8%減となったことで、それがはっきりと表れた。

では、消費はどこまで減少するのだろうか。それを予測する1つの手がかりは、消費者ローンの残高推移を見ることだ。この連載ですでに述べたように、グリーンスパンらは、ホームエクイティ・ローンについての推計を行なっている。これとは別に、FRB(米連邦準備制度理事会)の統計もある。それによれば、消費者ローン残高は、08年11月で2.57兆ドルだ。03年頃に比べると、5000億ドルほど増加している。この増価は住宅価格の上昇に支えられたものと考えることができるので、住宅価格の下落によってローン残高が今後その程度は縮小すると考えることができる。これは、GDPの約3.5%だ。所得が一定とすれば、ローン残高の増減だけ消費支出が増減するので、消費支出もGDPの3.5%程度減少するだろう。本誌新年合併号で、「米経常収支赤字はGDPの6%程度。消費の減少で輸入が減少し、赤字が現在から半減するのが今後生じる調整の1つの目安」と述べた。これは、いま述べたのとほぼ同規模である。

消費者ローン残高は、08年10月から減少を始めている。11月は年率3.7%の減だ。このスピードが続けば、かなり早く調整が終了するかもしれない。

増加した消費者ローンの究極的な貸し手は、アメリカに対する投資国である中国と日本だ。そこにアメリカから資金が環流する(少なくとも、これまでと同じペースでは対米投資は増えない)。だから、円高、元高が今後も進行するのは、避けられない。

消費支出は金融政策で制御できない

これまで世界のさまざまな国がバブルを経験したが、消費支出が大きく増加したというケースは、初めてと思われる。消費は額的にGDPの最大の項目であり、それが大きく変動することは、経済全体にきわめて大きな影響を与える。

アメリカの消費減が日本の輸出減少をもたらす。輸出が急減して経済が不況に陥るというのも、日本経済が初めて経験する事態だ。つまり、日本もアメリカも、これまで経験したことのないタイプの不況に突入することになる。

これまで経済学では、消費は所得に依存すると考えられてきた。ただし、短期的に変動する所得ではなく、恒常所得、つまり長期的な所得の見通しが影響するので、「資産効果」も働くと考えられた。すなわち、家計が保有する株式などの資産価格が上がれば、恒常所得が増加するので消費も増えるとされてきた。

だから、資産価格上昇が消費を増やすのは、新しい現象ではない。ただし、今回の住宅価格上昇による消費の増加は、資産化効果よりは直接的なものだ。すなわち、消費者ローンを通じて家計の保有するキャッシュが増加し、それが消費支出を増やしたのである。住宅価格上昇がこのような効果を持つことは、これまであまり意識されていなかった。その意味で、今回の経済危機は新しい問題を提起したと言える。

また、バブルが崩壊して支出が減少した場合に、それに対処するのが難しいという意味でも、新しい問題が提起されている。設備投資が減少したのなら、金融緩和によって設備投資を刺激し、景気刺激を図ることができる。しかし、消費の急減は、金利を下げても食い止めることはできない。

アメリカの金融安定化法は、金融機関の安定性を確保することが目的で、経済を積極的に刺激する直接的な効果はもともとない。日本における量きて緩和や日本銀行による企業CPの購入も、企業の資金繰りの手助けのためだ。これらも、直接の景気刺激効果は持たない。

日本の立場からすると、外需を増やすには円安を実現するしかない。しかし、欧米諸国が金利を引下げてしまったので、日本がいくら金利を下げても、円安にはならない。つまり、輸出を増やす手立てはない。オバマ政権が景気刺激を行なってアメリカの輸入が増えるのを日本の株式市場は求めているが、それは、問題の解決を先延ばしすることにしかならない。

金融を緩和するとバブルが起きる場合が多い。しかし、バブル崩壊で生じる経済の落ち込みは、金融を緩和しても対処できない。今回は、消費が影響を受けたために、そして日本は外需が影響を受けたため、金融政策では対処できない。「景気後退に対して金融緩和」というこれまでの常識的な考えが、通用しない状態だ。

資本移動を通じる金融緩和の世界的伝播

以上で述べたこと以外にも、今回の経済危機では、さまざまな新しい問題が発生した。

最も重要なのは、金融緩和の影響が一国にとどまらず、他国におよぶという点だ。つまり、金融政策に関してグローバリゼーションが生じているのである。

一刻の金融政策が、資本移動を通じて、全世界に広がってしまう。日本の金融緩和は、日本国内の経済停滞に対処するために行なわれた。しかし、それが効果を発揮せず、アメリカの住宅バブルを結果的に手助けしてしまった。

ポールソン米財務長官が1月2日付の英「フィナンシャルタイムズ」で、「中国などの過剰貯蓄が世界中で利回りを押し下げ、バブルを引き起こした」と発言して中国の反発を呼んでいるが、それは否定しえないことである。同じことが、日本からの流出した低金利の資金についても言える。

アメリカは04年6月以降、金融引き締めに転じ、16回も金利を引上げたが、長期金利が上昇しなかった。これは、グリーンスパンが「謎」と呼んだ現象だ。彼は、「その原因はアジア諸国からの資金流入だ。アメリカだけではバブルをコントロールできない」と言いたかったのだろう。

日本で資本取引が自由化されたのは、1997年のことである。だから、日本の金融緩和が世界に影響を与えるようになったのは、それほど昔からのことではない。さらに、地球的な規模で通信コストが激減したため、低いコストで資本取引が行なえるようになった。だから、「金融緩和の影響が、資本移動を通じて全世界に及んでしまう」という現象は、比較的最近時点で顕著になったものである。

こうした事態を踏まえたうえで、金融政策の世界的な調整が必要なのかもしれない。G7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)は、マクロ経済政策の協調議論を行なうための場なのだが、これまでは、あまり実質的な議論はなされなかった。為替レートについての認識が表明される程度で、内容のある政策調整がなされたことはない。昨年11月に開催されたG20緊急金融サミットも、なんのために首脳が集まったのかわからないような会議だった。

金融政策は、内政問題と考えられている。これまでは確かにそうだった。しかし、巨額の資本取引は、そうした認識を時代遅れにしてしまった。これが、今回の金融危機の最大の教訓だ。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments

金融政策が機能しない今回の経済危機” への1件のコメント

  1. 野口様
    初めて、コメントさせていただきます。
    山田義久と申します。
    いつも野口様の著作を通じて、卓見を勉強させていただいております。私もフランスの大学において経済学修士論文を執筆したのですが、結論は野口様の主張と同様、日本企業が輸出主導の製造業モデルから脱却するしかないというものになりました。
    一方、私は実務家として日々企業一つ一つと対峙しているのですが、何をもって「高付加価値ビジネス」とするか、日々悩んでおります。
    具体的にどのような会計的指標で、どのような数値以上を高付加価値と認定するか、現在有価証券報告書を片手に模索しております。
    そこで質問ですが、そのような今後の日本経済を支えうる「高付加価値ビジネス」の実務的定義、特に会計指標にどのように現れるかについて、野口様はどのようにお考えでしょうか。
    もしよろしければご意見伺えれば幸いでございます。

    山田義久

コメントは受け付けていません。