最適経済圏の大きさと危機への対応

ヨーロッパの小国が金融危機によって大きな打撃を受けている。典型例はアイスランドだ。人口わずか32万人の小国が金融立国を目指したが、金融危機によって国家破産的な状況に陥っている。

ヨーロッパ最貧の漁業国だったアイスランドは、1970~80年代の石油ショックで50%にもおよぶインフレを経験したが、90年代に自由化と民営化が進められた。アイスランドの銀行はインターネットバンキングと高金利を武器に、ヨーロッパ各国から預金を集めた。国内銀行の総資産は、GDP(国内総生産)の10倍にもなった。1人当たりGDPが、2004年には世界6位に、06年には3位になった。

インフレが進行して物価上昇率は14%にもなり、政策金利は15.5%になった。高金利に轢かれ海外からさらに資金が流入し、アイスランド通過クローナは増価した。低金利の外貨建てローンで住宅を購入し、さらに投資目的で買い増すケースもあった。

そこに金融危機が直撃した。すべての国内銀行が国有化され、株式市場は閉鎖された。クローナは暴落した。イギリスは、アイスランドの銀行が英国内に持つ資産を反テロ法に基づいて凍結した。オランダやドイツも預金返還を求めた。

人口が424万人のアイルランドも、長らく「ヨーロッパの最貧国」と呼ばれてきたが、90年代にITで急成長し、ヨーロッパで最も豊かな国の1つになった。アイルランドは「ケルトの虎」と呼ばれるようになった。これはこの連載で何度も述べたことだ。

しかし、金融危機の影響を強く受け、アイルランドの株価は中国やインドよりも高い下落率を示している。住宅価格の下落も激しい。

大きいから安全なわけではない

こうしたことから、小さな国では危機への対応に限度があり、地域連合へ加盟する必要があるとの意見が力を増している。

アイルランドは、EU基本条約(「リスボン条約」)の批准を08年6月の国民投票で否決したが、09年に再び国民投票を実施する方針を固めている。その背景には、経済危機があると言われる。これまで独立を標榜する政治勢力が強かったスコットランドでも、独立気運が弱まっている。

また、EU加盟国で自国通貨を維持してきたデンマークやスウェーデンが、共通通貨ユーロの導入に前向きな姿勢を見せている。イギリスさえも、ポンドの急落に直面してユーロに参加すべきとの意見が強まっているという。

以上の動きの背景にあるのは、「大きな経済圏や通貨圏の中に入るほうが安全」という考えだ。以下では、この考えの妥当性について検討することとしよう。

第一に、「大きければよい」と単純に言うことはできない。言うまでもないことだが、今回の経済危機で、大国が安泰だったわけでは決してない。実際、アメリカ、日本、中国のように経済規模が大きい国も、深刻な問題に直面している。

逆に、規模が小さく金融を主産業にしていた国が、すべて破綻状態になったわけではない。スイスやルクセンブルクがその例だ。これらの国も金融危機に直面しているとはいえ、他の国と同じような状態だ。これを考えると、アイスランドの例は特殊だと言ってよい。この例を持ち出して一般化し、金融立国が問題とか、小さい国が問題ということはできない。

また、「大きいことの問題点」もある。共通通貨最大の問題は、参加各国が金融政策の自由度を失うことだ。アイルランドは、ユーロに参加していて金融政策の独立性を奪われていたために、住宅価格の高騰に対して適切な金融引き締めができなかった。

さらに、主権を持たない主体が通貨を発行することの問題もある。参加国間の経済情勢が異なれば、経済政策を機動的に動かすことは難しくなる。財政政策に関して協調が取れないことは、すでに明らかになっている。また、各国の財政事情が悪化して、財政ルールがなし崩しに緩和されれば、共通通貨の基盤が揺らぐ恐れもある。これらは、これから大きな問題として意識されるだろう。今後、参加国の経済パフォーマンスの格差が広がった場合に、政治統合がないままで危機に対応できるか否かが試されることになる。

大きいことで回避できるリスクとできないリスク

以上で述べた問題を、理論的な側面から考えてみることとしよう。最適通貨圏や最適経済圏、あるいは国の大きさを考える際に、「リスクへの対処」が重要な考慮項目として入ったことは間違いない。この問題を考える際に、ファイナンス理論の知見は、重要な示唆を与えてくれる。

「規模を大きくすることによって安全性を高める」というのは、「分散投資」の考えである。この考えを応用した制度が「保険」だ。保険加入者が十分に多ければ、誰かが事故に遭っても、別の人からは事故から免れているから、事故に遭った人を助けることができる。これが、保険の基本原理である。

国の規模が大きければ、保険集団が大きくなったのと同じことになり、十分な分散化ができる。したがって、この種のリスク(後で定義する「個別リスク」)に対する安全性は高まるのである。しかし、国や社会の規模が小さいと、十分な分散化ができず、危機に対応できない。

アイスランドは、製造業など他産業のベースがないまま、モノカルチャー的に金融に傾斜した。多様性のある産業構造を構築できなかったため、大きなショックに直面したとき、総崩れになる。人口が32万人では、多様な産業を持つことは、無理だろう。したがって、国の規模には一定の下限があると言える。その下限どこかをピンポイントで示すのは難しいが、数百万人の人口がいれば、十分可能なことだろう。そして、人口が1億を超えれば、「大きなことのデメリット」が生じる可能性がある。

ところで、リスクには、以上で述べたものとは違う性質のものがある。分散投資や保険が機能する基本的前提は、「誰かが事故に遭ったときに、事故に遭わない人もいる」ということだ。すべての人が事故に遭ってしまえば、いかに分散化したところで、危機に対応できない。

ファイナンス理論では、前者を「個別リスク」、後者を「システマティックリスク」と呼んでいる。後者に対しては、分散投資や保険では対処できない。そして、金融危機には、システマティックリスクの側面が強い。大国も深刻な経済危機から免れえない理由は、ここにある。

だから、金融危機のような問題に対しては、大きな経済圏の中にいたからといって安全性が確保できるわけではない。その一方で、「大きなことの非効率性」は間違いなく生じる。

以上から、次のように結論できる。第一に、大きくなれば個別リスクへの耐性は高まるが、単純に「大きければよい」というわけでもない。大きくても均質もなのばかりであれば、個別リスクに対する耐性は小さい。重要なのは、異質なものが存在することだ。

第二に、システマティックリスクに対しては、多様化しても対処はできない。今回の経済危機では、特にこの問題が重要だった。システマティックリスクに対処するには、経済政策を柔軟に行なえることが必要である。その点から言うと、ユーロのような大きな通貨圏には問題がある。

[ad]

Comments

comments

Powered by Facebook Comments