今明らかになったモノづくり大国の実像

今回のアメリカの住宅バブルが日本の土地バブルと大きく違う点は、資産価格の上昇が実体経済に大きな影響を与えたことだ。

1980年代後半の日本のバブルでは、地価が高騰して土地投機が拡大した。バブルが崩壊すると、融資した金融機関に膨大な不良債権が残った。これは、基本的には土地取引と金融に限定された問題であった。

しかし、今回は、住宅価格の高騰がアメリカの消費を拡大させた。それは、消費者金融の仕組みが充実していた(以下で述べるように、「充実し過ぎていた」)からである。そのメカニズムを説明しよう。

今100万ドルの家を全額住宅ローン(アメリカでは「モーゲッジ」という)で購入したとしよう。その住宅が150万ドルに値上がりしたとする。差額50万ドルを「ホームエクイティ」と言う。これを担保にした借入れを、「ホームエクイティ・ローン」と呼ぶ(「セカンドモーゲッジ」と呼ばれることもある。「リバースモーゲッジ」もこの一種である)。

これに加え、「キャッシュアウト借換え」(cash-out refinance)と呼ばれる手法が「発明」された。前と同じ設定の下で、金利が3分の2の水準に低下したとしよう。値上がりした住宅価格の限度一杯まで借入れして150万ドルを手に入れると、元のローンを返済しても50万ドルの現金が手元に残る。そして、金利の支払いは前と変わらない。つまり、「住宅価格が値上がりし、金融が緩和されると、現金が手元に現れる」という魔法のようなことが可能になったのである。なお、アメリカの所得税制では、借入金の利子が無条件で所得控除されるから、借入れをさらに奨励する結果になっていることにも注意が必要だ。

ホームエクイティ・ローンやキャッシュアウト借換えで得られた現金は、学費、住宅の修繕、そして、自動車購入などに用いられた。2001年から金融緩和が行なわれ、住宅価格の上昇が消費支出を著しく増やした。日本車の売り上げが伸びたのも、これが大きな原因になっている。

グリーンスパンらは、次のような推計を行なっている。ホームエクイティ・ローンやキャッシュアウト借換えによって、04年には3500億ドル、05年の第1四半期で3000億ドル、そして、06年上半期だけで5111億ドルの資金が引き出された。99年から06年までの期間で、2.62兆ドルの資金が引き出された。アメリカの年間消費支出は約10兆ドル、モーゲッジ残高が10.5兆ドル程度(07年末)であることと比べると、これは驚くべき額である。このようなメカニズムを通じて、資産価格の上昇が実体経済に影響を与えたのである。

バブルの後始末の負担は輸出国が負う

もちろん、こうした手段がなくても、資産価格の上昇は消費を増やす。消費支出が当該年度の所得ではなく恒常的な所得(パーマネント・インカム)によって決まるなら、そうした効果が生じる。これは「資産効果」と呼ばれる。しかし、右で述べた方式では現実にキャッシュが生み出されるため、より強くより直接的な消費増大効果があった。

アメリカの消費支出は長いあいだGDPの60%程度の水準であったが、最近では70%程度に上昇した。そして、家計貯蓄率はほぼゼロの水準まで低下した。消費の増大は、経常収支の赤字を拡大させた。90年代には3%程度だった経常収支赤字の対GDP比が、06年には6%程度にまで拡大したのである。

ところが、住宅価格は06年の夏にピークを打って下落を始めた。すると、これまで消費を増やしたメカニズムが逆回転を始める。こうして消費支出が減少を始めたのである。

ところで、これはアメリカに限定された問題ではなかった。アメリカの消費支出拡大は、全世界を巻き込んでいたのである。なぜなら、それによって輸出国(主として中国と日本)の輸出が増えたからである。日本の景気回復も、これによって実現した。

しかし、住宅価格バブルが崩壊すると、その過程は逆回転する。生産縮小は、主として輸出国で生じることに注意が必要である。アメリカは輸入国であるために、消費減少が国内生産に与える影響は軽微ですむ。つまり、一般に考えられていることとは異なり、アメリカの景気後退はそれほど深刻な問題にはならないはずである。

逆転過程は、拡大したものが元に戻るだけのことなのだが、問題が生じる。まず、摩擦が発生する。たとえば、雇用を拡大した場合、原理的には元に戻せるが、実際には人員削減は難しいだろう。

もっと大きな問題がある。それは、不可逆的なものがあることだ。その最大のものは、生産設備だ。設備投資を行なって生産能力を拡張した場合、それは元に戻せず、過剰設備、遊休設備となって残ってしまう。実際、「日本の自動車会社の海外新鋭工場が完成したが稼働できない」という報道が相次いでいる。製鉄会社の高炉操業停止も始まっている。

まだ完全には顕在化していないが、こうした設備過剰は、日本企業にとって大きな負担になる。90年代の日本は過剰設備の負担に悩んだが、その悪夢が再現するわけだ。

貸したものは返してもらえず踏み倒された

アメリカの経常収支赤字は、資本流入によってファイナンスされた。その結果、対外債務が増えた。つまり、個人が借入れで消費を賄っただけでなく、国全体としても借入れによって消費を賄ったのである。

ところが、ドル安が生じると、債権国から見た債券価値は減価する。日本も中国も対外資産の大部分をドル建てで保有しているため、この問題に直面する。

これは、「徳政令」と同じような「借金の踏み倒し」である。国内の貸借では、こうした問題は発生しない。為替レートが変動する国際間の取引において、初めて発生する問題だ。これによって、日本と中国からアメリカへの巨額の所得移転が起きる。

これは、避けようと思えば避けられた問題だ。ドル建ては必然ではなかったからだ。事実、日本から韓国やアイスランドへの貸付けは円建てだ。この場合には、円高は債務国の負担増となる。しかし、日本の投資家は、アメリカへの投資を円建てで行なうことなど、考えもしなかったろう。

資産価格の値上がりも金融も、ある意味ではフィクションである。それを捨象して物々交換の世界を想定すれば、起こったのは、次のことだ。J君が作ったモノを、A君が消費した。本当は、A君もモノを作り、J君に渡す必要があった。ところが、「今は手元にないので待ってくれ」と言われた。しかし、その約束は反故にされてしまった。

「アメリカはマネーゲームで失敗した。しかし、日本は堅実にモノづくりに励んでいたから、傷が浅かった」と考えている人が多い。しかし、そんなことはない。貿易黒字をアメリカに環流させてローンの原資を提供し、住宅価格バブルを支援した。そして、輸出の増加で景気回復を実現した(もっともその利益は、賃金所得の増大にはならず、企業利益の段階で止まってしまったのだが)。

だから、日本は、アメリカの住宅バブルに無関係であったどころか、深いかかわりを持っていたのだ。「モノづくり大国」の実像とは、そうしたものだったのである。

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