市場が求めるのは経済構造の大転換

日経平均株価は、10月27日にバブル後最安値を更新した。その後株価は回復したものの、動きは不安定だ。したがって、株価に関する限り、日本経済は2003年に戻ってしまったと言うことができる。つまり、「未来への基礎を築く」という観点からは、02年以降の景気回復はまったく意味のないものであったことになる。

この景気回復は、輸出の増加によって生じた。輸出量が伸びた第一の要因は、アメリカの輸入増加だ。しかしその結果、アメリカの経常収支赤字は持続不可能なレベルにまで拡大してしまった。つまり、対米輸出の拡大は、いつまでも続く性質のものではなかった。

第二の要因は円安だが、これは金融超緩和と為替介入によってマクロ経済が歪んだことからもたらされたものであり、やはり長期的に継続しうるものではなかった。つまり、02年以降の日本の景気回復は、持続可能でない2つの異常な条件によって実現したものであり、いずれは壊れるべき性質のものだったのだ。

04年頃、「日本経済は本格的に回復しつつある」との見方が一般的になった。私はそれに疑問を呈し、05年におけるこの連載では、「経済の現状を虚心坦懐に見つめよう」とか「企業収益の回復は本物ではない」と何度も論じた。それらをまとめて06年8月に刊行した単行本のタイトルは、『日本経済は本当に復活したのか』とした。日本経済が本当に復活したのでなかったことは、いまや万人の目に明らかになった。

02年以降の景気回復は、メッキ張りのものにすぎなかった。今現在株式市場や為替市場で生じていることは、新しい状況の出現ではない。本来起こるべきだったことがやっと起こり、これまで数年間のメッキが剥げ落ちているだけのことである。

10月27日の株価は1982年の水準である。株価に関する限り、日本は26年前に戻ってしまったことになる。日本経済はこのとき以来、「将来に続く道をつくる」という意味ではなにもしなかったことになる。「失われた10年(あるいは15年)」ということがよく言われるが、失われた期間は(少なくとも)26年間に及ぶのだ。日本は、じつに四半世紀以上の期間をムダに過ごしたことになる。

日本の輸出立国モデルは終焉した

「9月以降の株価下落は極端であり、日本経済の実態を反映していない」との意見がある。新聞には、そうした意見が多数掲載されている。たとえば、10月15日のある大新聞は、株価の底値についてのアナリストの予測を顔写真入りで掲載した。しかし、そこで掲載されていた予測は、わずか12日後に、すべてはずれてしまった。

予測者は、「市場が間違っているのだ」というかもしれない。確かに、市場は間違うことがある。しかし、この予測記事を信じて底値買いしたつもりだった人のなかには、その後の株価変動で損失を被った人もいるだろう。

それに、市場は現在利用可能な情報のすべてに反応しているはずである。「市場が間違っている」と言う前に、市場が発している警告に謙虚に耳を傾けるべきだ。

10月下旬の株価下落の直接的なきっかけは、輸出関連企業の09年3月期決算の利益予想が大幅に悪化したことだ。ソニーは営業利益が対前年比57.9%の減とした。この原因は輸出の量的減少と円高による利益の減少だが、すでに述べたように、これらは「新しい事態の出現」ではなく、「これまでの数年間隠されていたものの顕在化」であるにすぎない。

日本の輸出が総崩れになったことは、マクロ的な統計にもすでにはっきりと表れている。日本の貿易収支は、8月に赤字に転落した。9月には赤字を免れたが、貿易黒字は対前年比94.1%という大幅な減少となった。

ただし、「メッキが剥げた」との理解によれば、これも驚くに当たらない。バブル崩壊以降、日本経済の基本は変わっていなかった。それが白日の下に引き出されただけのことである。

「アメリカの投資銀行モデルは終焉した」と言われる。確かにそうかもしれない。しかし、その半面で、日本の輸出モデルも破綻したのだ。この2つは、同じ現象の表と裏である。

これまで、「アメリカ経済は大変な問題を抱えているが、日本経済は比較的健全だ」という意見が強かった。しかし、それはまったくの見当違いだ。現在の日本の株価下落は、アメリカの火事の日本への延焼ではない。この連載で何度も強調してきたように、日本経済の本質的問題の露呈なのである。

今問われているのは、これまで温存されてきた古い産業構造そのものである。本連載をまとめた単行本のタイトルを、07年には『モノづくり幻想が日本経済をダメにする』とした。市場のシグナルは、古い産業構造の存続がもはや不可能になったことを示している。急激な株価下落は、それからの脱却が焦眉の急になったことを示しているのである。

今こそ日本経済の基本構造を転換させるべきだ

経済混乱の嵐のなかで、あらゆる経済活動が破綻してしまうように思われる。しかし、本当にそうなのだろうか?

ウオールストリートは牧場になり、デトロイトは廃墟になってしまうかもしれない。しかし、別の場所では、新しい活動が生まれていることに注意が必要だ。

本連載の第435回で、グーグルの利益が驚くべき増加を示していることを述べた。先頃発表されたグーグルの7~9月期決算では、純利益が対前年比26%増になった。つまり、第435回で紹介したバリアンの考え(不況になればグーグルの売り上げは伸びる)は正しかったことになる。純利益が伸びている企業は、グーグルだけではない。アマゾンは48%の増、IBMは20%の増を計上している。経済混乱のなかで今後もこうした2ケタの伸びが続くかどうかは不透明とはいえ、日本経済の状況とはきわめて対照的だ。

これらの企業は、単に自社の業績を伸ばしているだけではなく、「クラウドコンピューティング」というコンピュータ利用の新しい方向を積極的に推し進めようとしている。これによって小規模企業の生産性が向上する。また企業の初期コストが大幅に低下し、企業が容易になる。シリコンバレーには、この条件を生かして起業する企業が多数現れている。

(ちなみに、アメリカ経済を「強欲資本主義」という人がいる。確かに投資銀行はそうだったかもしれない。しかし、クラウドから提供されるサービスの多くが無料のものだ。日本の新聞が過去の記事データを抱え込んで高額の料金でしか見せないことの法が、よほど強欲である)

変化は、同時にチャンスでもある。経済条件が安定しているときは、新参者が従来の秩序に挑戦するのは難しい。経済が大混乱に陥っている今こそ、新しいものが生まれるときだ。

それにもかかわらず、日本政府が今考えていることは、空売り規制の強化、給付金、証券優遇税制の延長などである。こうしたレベルの対策で将来への展望が開けるなどとは、誰も思わないだろう。金利を下げて円安を実現したとしても、ここ数年の過ちを繰り返すだけのことだ。

市場が激しい株価下落というかたちで要求しているのは、日本経済の構造を根本から転換させることだ。

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