何が成長に必要なイノベーションか

安倍晋三内閣は、イノベーションによって経済成長を促進するという目標を掲げている。これに関連して、次の4点を指摘したい。

第一に、政府の関与について。基礎科学は別として、生産性に直結する応用技術について言えば、技術開発に政府が関与して望ましい結果が得られる場合は少ない(応用技術であっても、原子力や宇宙開発では、国が関与すべき余地が大きい。しかし、こうした重厚長大的技術の重要性は低下したと考えるべきだろう)。

政府が「イノベーション」を看板に掲げたとき何が起こるかは、容易に想像できる。まず、委員会をつくり、将来の経済発展に寄与する重点分野を選ぶ。そして、重点プロジェクトを選び、それを補助することが行なわれる。その結果、研究助成金の獲得合戦と補助金のばらまきが行なわれるだろう。

しかし、重点分野が最初からわかるはずがない。専門家を集めて検討したところで、現代の技術で「有望な分野」を大所高所から判断できるはずはない。

それに、もともと技術開発に関しては不確実性が大きく、その分野の専門家といえども、何が成功するかを予測することはできない。したがって、政府が関与すると、技術開発の方向づけにバイアスがかかり、望ましい発展が阻害される危険すらある。技術開発については、試行錯誤しか方法はないのである。

これは、シリコンバレーにおけるIT(情報通信技術)発展の経緯を考えれば明らかだ。ITは、政府が補助し指導して発展したわけではない。多数のベンチャー企業がさまざまの挑戦を行ない、そのなかで成功したものが残ったのである。

成功した事業の裏には、失敗した事業が山のようにあることを忘れてはならない。「イノベーション」とは本来、そうした過程を通じてしか実現できないものである。

ベンチャーとは「挑戦する」という意味だから、そもそも、補助すべき対象ではない。日本でしばしば「ベンチャー支援」と言われるが、これは語義矛盾としか言いようがない。

日本が弱い技術はソフトと金融

第二に、イノベーションの内容に関して、日本で「技術」と言うと、製造業的な技術(ハードウェア的な技術)を中心に考えられることが多い。大学の工学部も製造業的技術に偏っている。

しかし、ソフトウェアに関する技術は、ハードウェアに関する技術に劣らず重要である。というより、ハードウェア的な技術に対して重要性を増している。

ソフトウェアが弱いことは、アメリカと比較した場合の日本の産業の特徴だ。グーグル、ヤフー、マイクロソフトなどIT産業を先導するアメリカ企業は、ソフトウェアを提供する企業であり、製造業ではない。また、製造業であっても、ソフトウェアが価値創造で重要な役割を果たすものが登場している。しかし、このような企業は日本には存在しない。したがって、製造業に関連した技術を中心に考えると、日本の産業構造変革に対して、かえって障害になる。

金融技術はソフトウェア的技術の1つだが、日本が弱い分野だ。日本とアメリカの金融技術の差を象徴的に示すのは、国際収支における所得収支だ。この欄でかつて指摘したように、アメリカは世界最大の債務国であるにもかかわらず、所得収支は黒字である。

その原因は、アメリカの対外資産の運用が優れている一方で、日本の対外資産の運用が拙劣で、アメリカに低利に資金を融通しているからだ。

その日本においてすら、国際収支での所得収支の比重は貿易収支より大きくなっている。つまり、製造業の製品を輸出するより、対外資産の運用益で国際収支を支えるほうが重要になっているのだ。このような経済の構造変化を考えれば、金融技術の比重は、製造業的技術に比べて本来は高まらなくてはならない。

第三は、関連する範囲の広さである。ITは、エレクトロニクスや自動車などのように特定の生産物に関連する技術ではない。さまざまな経済活動において利用され、関連分野が非常に広い技術である。このような技術は、しばしばGPT(General Purpose Technology)と呼ばれる。電力も、GPTの1つの例である。したがって、これに関して重要なのは、「検索」とか「ブラウザ」とかいう特別の技術というよりは、それを使う社会の体制、とりわけ企業の構造だ。

たとえば、インターネットによる通信コストの激減が引き起こした経済活動の変化として、「アウトソーシング」(業務の社外委託)がある。1990年代以降の世界経済の大変革は、アメリカ企業がインドや東欧などの労働力をインターネットで活用することによって引き起こされた。しかし、日本の大企業のように、すべての業務を自社内で処理しようとする体制だと、アウトソーシングには限度がある。日本でITの活用が進まない最大の理由は、この点にある。

また、アメリカにおける電子政府が高水準に達しているのに対して、日本の電子政府はほとんど使い物にならないことをこの欄で指摘したことがある。通信回線のスピードがいかに向上したところで、それを用いるコンテンツが整備されなければ、ITは社会全体の生産性向上に寄与しない。「GPTの活用には企業や政府の仕組みの改革が必要」ということになると、現在の日本で必要とされるのは、狭義の技術ではなく、技術の利用体系にかかわるものだと言うことができる。

最重要のイノベーションは資源の産業間再配分

第四は、「産業構造の改革も重要なイノベーションだ」ということである。これは、通常はイノベーションとは考えられていないが、「イノベーションとは、労働と資本の総投入量が不変で生産量が増大すること」と考えれば、じつはこれこそが最も重要なイノベーションだ。現在の日本では、産業セクター別にかなり大きな生産性の格差がある。生産性が低いのは、卸売・小売業、多くのサービス業、そして農業である。したがって、生産資源や労働力がこれらの部門から他部門に移ることによって、経済全体の生産性は向上する。

これまでの日本では、就業機会確保の観点から、こうした分野における低生産性がやむをえないものと考えられてきた。しかし、人口が減少しつつある今、この点に関しての基礎条件は変わった。

個別技術に関して政府が関与しうる程度は少ないのに対して、生産資源の部門別配分に関して政府が行なうべきことは大きい。ただし、積極的に新しい政策を行なうというよりは、現在行なわれているさまざまの補助策をやめることが重要である。そうすれば、市場の力によって自然に生産性の高い分野へ資源が移動するだろう。たとえば、相続税における事業承継税制を廃止すれば、既成旧市街の商店街の利用が変化し、活性化が実現されるだろう。

発明は偶然に支配されるが、資源の産業間移動による経済活性化効果は確実である。しかも、政府がやる気になればすぐにでもできる。ただし、その実行は政治的に著しく困難だ。短期的な成果を求める政府が、経済の根本問題に手をつけることができるかどうかは、不確実と言わざるをえない。そう考えると、最も重要なイノベーションは、政治過程においてこそ必要だと言えよう。

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何が成長に必要なイノベーションか” への1件のコメント

  1. 市井の者が金融技術の基礎を学習するのに、適したテキストすら見あたりません。
    先生が以前すすめておられた『コーポレートファイナンス 第6版』は大変良い教科書でしたが、演習がないため、自分の理解度を確かめることができません。マートン他の『現代ファイナンス論』にしても、練習問題はあっても回答が不十分です。
    学者にしても、本気で金融技術を普及する気があるのか、お寒い限りです。せめて、演習と回答の付属したしっかりとした教科書が欲しいものです。

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