日本の経験を教えると見得を切れば恥を曝す

「1990年代の日本の経験をアメリカに教えよう」という意見がよく聞かれる。麻生太郎首相は国連総会の演説でそう述べたし、新聞の社説や識者の意見などでも、こうした意見の大合唱が起こっている。

しかし、待ってほしい。いったい何を教えようというのか? 「金融危機対策にはスピードが必要」ということか? 日本で最初の資本注入が行なわれたのは、株価バブル崩壊のほぼ8年後であった。しかし、アメリカはすでに行動を起こしている。「われわれはのろ過ぎました。だから、失敗しました」と言っても、なんの参考にもならず、失笑を買うだけだろう。

そればかりではない。日本における不良債権処理はきわめて不透明なかたちで行なわれたため、以下に述べるように、どれだけの公的資金が投入され、損失がどのように負担されたかさえ、はっきりしないのだ。しかも、それが大きな問題として意識されてもいない。これは、日本の恥部なのである。

日本が「教える」と言っても、「教えてほしい」という要請は(幸いなことに)まだない。だからいいものの、もしそうした要請が来たら、われわれは恥を全世界に曝け出さなければならなくなる。「そうしたことはなんとか避けたい」というのが、私の率直な願いだ。

まず、不良債権処理がどのように行なわれたかを概観しておこう(詳しい説明は、拙著『戦後日本経済史』新潮社を参照)。

最初に取られた措置は、銀行保有不良債権を買取るため、銀行が出資して93年1月に設立した「共同債権買取機構」である。しかし、これはまことにインチキな仕組みだった。買取り資金は当該銀行が負担し、最終損失は機構が債券を売却するまで確定しない。これは、不良債権を銀行のバランスシートから隠すための仕組みであり、公認の「飛ばし」にすぎなかったのである。株価下落から3年後のこの時点でも、「時間がたてば資産価格は回復する。だから、時間稼ぎだけすればよい」という無責任な態度が一般的だったのだ。

95年に住宅金融専門会社(住専)処理のために、財政資金6850億円が投入されることとなった。しかし、これを審議する国会は大荒れとなり、最終的に国会は通ったものの、大蔵次官は辞任に追い込まれた。

これに懲りた政府は、公的資金投入を交付公債を用いて行なうという、きわめてわかりにくい仕組みに転換した(詳細は、次項で述べる)。また、不良債権を買上げる仕組みとして、紆余曲折のすえ、99年に「整理回収機構」を設立した。

公的資金注入総額はいくらだったのか?

98年初めに日本長期信用銀行(長銀)と日本債券信用銀行(日債銀)の経営危機が表面化し、国際決済銀行(BIS)が要求する自己資本比率(国際的業務を行なう銀行では8%)を満たせなくなった。窮余の策として公的資金の注入が検討され、98年2月に「金融安定化法」が成立し、3月に長銀、日債銀を含む21行に約1兆8000億円が投入された。

ただし、その過程はまことにお粗末なものだった。健全行と認定されて長銀が注入を受けたにもかかわらず、審査委員会の佐々波楊子委員長から、「個別行の内容は知らない」という迷言が飛び出したりした。大混乱の国会審議のすえ、98年10月に「金融早期健全化法」が成立した。10月には長銀が、12月には日債銀が破綻し、国有化された。翌年3月には、大手15行に約7兆4600億円の公的資金が投入された。

以上は、預金保険機構が銀行の優先株などを購入するかたちで行なわれた。わかりにくいのは、その購入が交付公債で手当てされたことだ。「交付公債」とは、現金支払いに代えて交付される国債である(実際の支払いは後年に繰り延べられる)。これを交付しても、その時点では予算上の公債増発にはならない。預金保険機構は、資金が必要になった時点で交付公債の現金化(償還)を政府に要請し、政府は国債整理基金特別会計から資金を支出する。

ところで、二度にわたる資本注入で不良債権が処理されたかといえば、そうではなかった。不良債権はその後も増え続けたのである。これは、不況が続く限り、資本注入で不良債権問題は解決できないことを示している。実際、この後数次にわたって公的資金の注入が行なわれた。りそな銀行は2003年に資本注入を受けた。

では、結局のところ、どれだけの金額がつぎ込まれたのか? じつは、それがはっきりしないのである。少なくとも、人によって言うことは大きく違う。金融機関の人は、「われわれが受けた公的資金は総額約25兆円だった」と言うことが多いが、国会質問などで「公的資金46.8兆円投入」と言われる場合もある(たとえば、04年10月26日、大出彰議員の質問主意書)。また、会計検査院の01年度決算検査報告では、「金融システムの安定化のための緊急対策等に投入された公的資金の実績」は、総額33兆8730億余円であるとしている。

人によってこれほど認識が違うのでは、「日本は公的資金をいくら投入したのか?」とアメリカから聞かれたとき、何と答えればよいのだろう? 「教えてやる」と大見得を切った以上、「いくらかわかりません」では、ひっこみがつくまい。

前記大出議員の質問に対する政府答弁は、「単純に合計すれば46.8兆円になるが、各業務の性質が異なるから合算すべきではない」としている。しかし、「では、いくらか」という答えは明示していない。

国民は結局どのように負担したのか?

投入された公的資金のうち、金融機関から返済されず国民負担となった額は、約10兆円だ。この大部分は、破綻した長銀と日債銀に対する投入である。

では、国民はどのようにしてこの10兆円を負担したのか? また、国民が10兆円負担したからには、それによって利益を受けた人がいるはずだが、それはいったい誰なのか? こうした質問に即答できる人は、あまり多くないと思う(10兆円は、預金保険機構が受けていた交付公債が償還されたことによって国民の負担となったのである)。

つまり、日本国民は、よく訳がわからないままに、10兆円という巨額の負担を強いられたのである。6850億円の住専処理のときには大騒ぎしたにもかかわらず、10兆円を問題視する人はあまりいない。「日本国民は朝三暮四の猿のようなものだね」とアメリカ人に言われても、反論できまい(彼らがこの故事を知っていればの話だが)。

じつは、それ以外にも、国民は負担を負っている考えることができる。それは、銀行の不良債権償却を法人税上損金と見なす特別措置に関係している。私の推計では、これに起因する国民負担は、約39兆円だ(詳細は、『戦後日本経済史』第8章の6を参照)。しかし、私以外にこれを問題視する人は、誰もいない。

6850億円で大騒ぎした日本国民は、10兆円に関しては(あるいは39兆円に関しては)、見事にだまされたと言わざるをえない。これは、日本人の政策批判能力が低いことの証拠である。「日本の恥だ」と言ったのは、このことだ。「われわれはバカだ」という恥を、いまさら全世界に曝すことはあるまい。だから、「経験を教えようなどとは、どうか言わないでください」と日本の識者の皆さん方に切にお願いしたい。

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