経済学者バリアンの驚くべきグーグル観

10月6日、ダウ平均株価は、ついに1万ドルの大台を割った。

これを見て、「アメリカはもう終わりだ」と思った人が多かったに違いない。「アメリカ式強欲資本主義の終焉」「アメリカ一極集中から多極化へと変貌する世界」などという記事が、これまでも新聞や雑誌に数多く現れたが、これからますます増えるだろう。

ところが、アメリカ経済の別の分野を見ると、じつに意外なことが起きているのである。

3カ月前の7月半ばのことだが、「グーグルの4~6月期純利益がアナリストの予測を下回ったので、失望した投資家による売りが加速し、グーグルの株価は約7%の急落を示した」というニュースが報じられた。「金融危機の影響がついにグーグルにも及んだのか」と思ってよく読むと、「利益の対前年比は、35%増だった」とある。つまり、「もっと増加すると予測されていたにもかかわらず、実績がそれを下回ったから失望した」ということなのだ。簡単に言えば、「利益が1年間に2倍にも3倍にも増えるというこれまでの急成長からは変化した」ということである。

金融危機の大暴風の中でこのような驚くべき成績を示しているのは、グーグルだけではない。マイクロソフトも同日に決算を発表したが、売上高と純利益が前年同期比で2桁以上の大幅な増加を記録していた。アップルもそうだ。これらの企業は、すべてアメリカ西海岸に本拠を置く先端的企業である。

確かに、アメリカの投資銀行はダメになった。また、自動車会社GMの破綻も時間の問題だろうと言われている。

しかし、これらは、アメリカの一部でしかない。ニューヨークやデトロイトに本拠を構える企業が崩壊しつつあるのは事実だが、アメリカ全体が総崩れしているわけではない。アメリカはじつに多様な社会なのだ。

不況になればグーグルの利益は増える?

アメリカ経済がこれから大きな景気後退に直面することは確実だ。ところで、広告支出は景気にきわめて敏感に反応する。そしてグーグルは広告業である。したがって、その売り上げや利益は、今後大幅に落ち込むに違いない。

常識的に考えると、こうした結論になる。

しかし、「そうではない」とグーグルの主任エコノミストであるハル・バリアンは言う。彼の意見では、ガソリン価格や食料品価格の高騰でアメリカの消費者は節約を余儀なくされるため、ムダな消費を少しでも減らすために、オンライン広告をより頻繁に利用するようになる。そうなれば、グーグルの利益はさらに増加するだろう。

(1990年代に経済学を学んだ人には、「バリアン」は懐かしい名前である。彼の書いた教科書が、日本でも人気を集め、さまざまな大学で使われていたからだ。カリフォルニア大学バークレー校の情報管理学部長だった彼は、2007年にグーグルにフルタイムで入社した。彼のような超一流経済学者を引き付けたことを見ても、グーグルが普通の企業でないことがわかる)

確かに、バリアンの言っていることは、ありうることだ。大企業がテレビや新聞に出している広告は、巨額の費用を要するから、景気が悪くなれば予算をカットされる。

しかし、グーグルが行なっている検索連動型広告は、それとは異質なものだ。利用者は、大企業というよりは中小零細企業であり、しかもそれほど多額の広告費を要するものではない。だから、景気が悪くなったとしても、削減されないことは十分ありうる。バリアンの言うようなことになる可能性は、十分ありうる。

バリアンの意見が正しければ、経済全体が不況になればなるほど、グーグルは成長することになる。実際、第2四半期には、不動産、自動車、旅行など、景気が悪いと検索件数が減りそうな分野でも、検索件数が増加したのだそうである。

また、グーグルの売上高に占める海外市場の割合はすでに52%となっているため、アメリカが景気後退しても、影響はさほど受けないという意見もある。

先日、NBCのニュースでグーグルのCEOシュミットのインタビューが放映されていた(ちなみに、NBCのテレビ番組は、いまやインターネットを介して日本からでも見られる)が、彼は「グーグルは潤沢なキャッシュを持っているから、金融危機には影響されない」と言っていた。これも確かにそのとおりだ。

以上で述べたすべてのことは、金融危機に対してグーグルが強い抵抗力を持っていることを示している。「抵抗力」どころか、不況によってますます成長にはずみがつくことさえありうるのだ。

この連載の第414号(08年5月24日号)で、グーグルの1~3月期決算を見て、「デカップリングしているのは、新興国ではなくアメリカ国内だ」と書いた。6月までのデータを見る限りでは、まさにそのとおりのことが起きていることになる。

グーグルとトヨタの違い

7月以降では、グーグルの株価も下がっている。07年7月初めに539ドルであったものが、08年10月6日では371ドルなので、約3割の下落になっている。だから、金融危機の影響を受けていないわけではない。

しかし、日本の超優良企業であるトヨタ自動車の株価は、07年7月初めの7780円から08年10月6日の3900円まで、ほぼ半分になっている。つまり、トヨタのほうが、下落率が遥かに大きいのだ。

トヨタの9月期の連結決算では、営業利益の対前期比は、約4割減になりそうだと報道されている。グーグルのように「増」ではなく「減」である。グーグルとトヨタの差は、まことに大きい。そして、ここには、日本とアメリカの経済構造の違いが表れている。

トヨタも、「トヨタ銀行」と言われたほどの潤沢なキャッシュを持っている。この点ではグーグルと同じだ。トヨタだけでなく、日本経済が全体として潤沢な資金を持っている。経常収支は黒字だし、個人の資産残高は膨大だ。三菱UFJフィナンシャル・グループがモルガン・スタンレーに出資したり、野村ホールディングスがリーマン・ブラザーズの事業を買い取ろうとしている。しかし、問題は、豊富なキャッシュや資金を生かすビジネスモデルを持っていないことなのである。

それか平均株価にも表れている。最近の日経平均株価は07年7月初めの56%の水準にまで低下しているのに対して、ダウ平均は、10月初めからの急落にもかかわらず、73%の水準である。

日本は受動的であり、そして誰もが同じことをやっている。だから、危機に対して総崩れだ。「赤信号、皆で渡れば怖くない」という。信号の場合にはそうかもしれない。しかし、洪水や津波が来たときには、皆が同じことをしていれば、皆が押し流されてしまう。

だからこそ、日本のほうが金融危機の影響を強く受けている。「アメリカの飛び火を受けている」のではなく、日本経済の構造そのものに深刻な疑問を突きつけられているのだ。

この原稿が掲載される頃には、グーグルの7~9月期決算が公表されているはずだ。バリアンの意見が正しいか。それとも、グーグルといえども金融危機の大津波には抵抗しえないのか。どちらになるのかを注目したい。

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