世界を激動させる巨額の資金移動

オイルマネーがEUを経由してアメリカに環流していると、前々回述べた。その中心に位置しているのは、言うまでもなくイギリスである。2007年のEUからアメリカへの投資約1兆ドルのうち、約6000億ドルがイギリスからのものだ。日本からは約680億ドルだから、その10倍近い規模の資金がイギリスから流入していることになる(この他、ルクセンブルクから800億ドル、ドイツ、フランス、オランダのそれぞれから500億ドル程度の流入)。

ただし、イギリスは自国に蓄積した富を投資しているのではない(実際、イギリスの経常収支は赤字である)。海外から投資を受け、それを投資している。つまり、金融仲介を行なっているのだ。

イギリスはオイルマネーを受け入れているだけではなく、アメリカからも巨額の投資を受けている(約5000億ドル)。また、円キャリー取引でも経由国になっている。06年末のイギリスの対外資産残高は5兆2823億ポンドだが、負債残高は5兆5742億ポンドであり、ネットでは債務国だ。

このような資金の動きは、04年頃から特に巨額になった。04年以降、イギリスからアメリカへの投資は継続的に4000億ドルを超えている。イギリスの世界的金融仲介活動が顕著になったのは、1995年頃からである。これは、「ビッグバン」(86年に行なわれた金融自由化)で、イギリスの伝統的な投資銀行であるマーチャントバンクが、アメリカ、ドイツ、オランダなどの金融機関に買収された時期と一致している。

イギリスを復活させた原動力は、このような新しいタイプの金融活動である。06年におけるイギリスの対外投資からの所得は2403億ポンドであり、財の輸出2451億ポンドにほぼ匹敵する。所得収支勘定での支払いは2210億ポンドだから、所得収支はネットでプラスになっている。ところで、すでに述べたようにイギリスはネットでは債務国だから、「マイナスの元本からプラスの投資収益を生み出す」という魔法のようなことを行なっているわけだ(アメリカも同様)。

このような先進国間の巨額の資本取引こそ、21世紀型のグローバリゼーションの中核であり、この理解なくして現代の世界経済を理解することはできない。とりわけ、この1年間に生じている世界金融の大きな動きについて、そうだ。将来を的確に予測するために、イギリスの金融活動の理解は不可欠である。

95年頃からの新しい経済活動

イギリスが行なっている金融活動は、日本の金融機関が行なっていることとはだいぶ違う。

日本の銀行が行なう主要業務は、少額預金を集めて企業に融資することであり、証券会社が行なう主要業務は、投資家の株式投資を仲介することだ。それを行なっているのは、サラリーマンである。皆と同じことをやっていれば、運用成績が悪くても責任は問われないが、高い収益率を実現したところで、格別給与が上がるわけではない。

こうした構造がもたらす結果は、対外資産の運用に表れている。80年代には不動産の投資を行なった。バブル崩壊で巨額の損失が発生したため、それに懲りて、今度は極端にリスク回避的な投資に凝り固まっている。だから、日本の現在の対外投資は、著しく債券投資に偏っている。

イギリスの金融活動は、投資銀行業務そのものだ。オイルマネーの所有者は、資産運用の細かいノウハウは持たないが、運用成績が悪ければ、運用担当者をすげ替える。だから、高い運用成績を追求せざるをえない。したがって、運用の対象は、株式・債券投資だけでなく、企業買収、証券化、キャリー取引、コモディティ取引、不動産取引、そして各種のデリバティブなどであると推測される。そのなかにはリスクが高いが収益率が非常に高いものもある。サブプライムローンは、そのような高い利回り要求から生まれたものだと考えることができる。実際、サブプライムローン証券化商品の半分程度はヨーロッパで保有された。

06年のイギリスの対外資産残高の平均収益率は、これまで述べた数字から、4.6%程度になる。これは日本の数字(07年末の対外資産残高610兆円に対して対外投資収益受け取りが約23兆円なので、3.7%程度)と比べると、かなり高い(日本がイギリスと同じような資産運用を行なうことができれば、GDP成長率を1%ほど高めたのと同じ効果が実現できることになるわけだ)。

また、彼らの投資戦略は、純粋に経済的なものだ。もっと正確に言えば、プライステーカー(市場で形成される価格を所与として行動する人びと)としての行動である。つまり、世界をある特定の方向に導こうというような戦略的なものではない。少なくとも、「ユダヤやアングロサクソンによる世界支配の陰謀」というようなこととは無関係だ。彼らの行動は経済合理的なものだから、予測もできる。

以上で述べた経済活動は、アメリカを中心としたものだ。少なくとも、アメリカがあって初めて成立するものである。アメリカが成長を続けて経常赤字を記録し、それをファイナンスする必要があって成立するものだ。また、金融取引がイギリスで行なわれているとはいえ、実際に投資決定を行なっているのがイギリス人だとはかぎらない。アメリカ人であるかもしれない。というよりは、国籍にはあまりこだわらない国際人なのだろう。

イギリスの投資戦略変更に翻弄される日本

07年、このような世界的資本取引に大きな異変が起きた。EUからアメリカへの資金流入が07年第2四半期に従来の半分程度に減少し、第3四半期には10分の1程度の水準に低下した。

このような変化の中心は、イギリスだ。イギリスの対米投資は、07年第2四半期に急収縮し、第3四半期にはマイナスになった。つまり、アメリカにおけるサブプライムローンの悪化を契機に、投資戦略が大転換したのだ。投資はドル建て資産から、金、原油、その他の商品に向かい、これが、ドルの減価と金・原油価格の上昇をもたらした。

しかし、08年第1四半期には、イギリスからの対米投資は再び増加している。つまり、投資の対象は、再びドル建て資産に戻ったようだ。これが7月以降のドル高を引起こしている。このような変化を引起こした見通しが何であったのか。金融混乱は早期に収縮するという見通しか、長期的にはアメリカ経済が健全な成長を続けられるとの見通しか。あるいは、投機の行き過ぎの揺り戻しなのか。現時点でははっきりしたことがわからない。しかし、イギリスの動向が世界を動かしていることは間違いない。

これに対して、中国や日本からアメリカへの投資は、大きな変化を示していない。07年代3四半期に投資額が減少したことは事実であるが、ヨーロッパの場合ほどの大きな変化ではない(むしろ、07年第2四半期と08年第1四半期でアメリカの対日投資がマイナスになっていることが注目される)。日本の資本収支は変化しているが、日本の自主的な判断というよりは、円キャリー取引の変化による受動的な面を強いと思われる。イギリスの投資戦略の激変に世界は翻弄されているが、特に日本は、各取る対処方針もなく、それどころか何が起きているかさえ把握できず、ただただ振り回されているだけのように見える。

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世界を激動させる巨額の資金移動” への2件のコメント

  1. イギリスの金融仲介モデルは終わったのではないでしょうか?途上国の過剰貯蓄は、SWFなどを通して、彼ら自身で運用しはじめています。

    以上のようなことが、PIMCOのCEOの「When the market collide」にかいてありました。どう思いますか?

    ジム・ロジャーズも以下のように言っていますよ。
    http://www.ft.com/cms/s/0/5d4a02ca-e7a1-11dd-b2a5-0000779fd2ac.html

  2. >イギリスの対米投資は、07年第2四半期に急収縮し、第3四半期にはマイナスになった。
    >しかし、08年第1四半期には、イギリスからの対米投資は再び増加している。
    07年の8月くらいにNYダウはピークなので、マイナスになったのは債券関係なのでしょうか?

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