ドルをめぐる世界資本取引の構造

これまで何度か述べたように、今起きている世界経済混乱の基本は、アメリカの対外経常収支赤字が持続可能なレベルを超えて拡大したことによる。以下では、この問題についての分析を行なおう。

1950年代から70年代までは、アメリカの経常収支は黒字の年が多かった。80年代になって赤字になり、86年、87年には経常収支赤字の対GDP比が3%を超えた(財政収支は60年代から赤字の年が多かったが、80年代になって赤字が顕著になり「双子の赤字」といわれた)。しかし、80年代末からは経常収支赤字は縮小し、91年には黒字になった。その後再び赤字が傾向的に拡大し、対GDP比は98年約2%、99年約3%、2000年約4%と高まり、06年には6%近くにまでなった。額で言えば、99年には2739億ドルであったが、06年には7716億ドル、07年には7186億ドルである(計数は国民経済計算ベース。以下同)。

経常収支赤字を増大させた要因は何であろうか? まず、軍事費の増加ではないことに注意する必要がある。軍事費の対GDP比は、60年代には10%程度であったが、70年代から傾向的に低下し、80年代末からは6%程度になっている。90年代末から02年までは、3%台にまで低下した。その後やや増加したが、イラクに対する軍事介入などにもかかわらず、最近まで4%台にとどまっている。冷戦終結の影響は、明白にこの数字に表れている。90年代におけるアメリカ経済の繁栄には、「冷戦終結の配当」の面が確実にあったのである。

経常赤字を拡大させた要因として重要なのは、個人消費だ。その対GDP比は、80年代の中頃までは60%台の前半で安定していたが、87年以降傾向的な上昇を始め、02年には70%を超えた。70年代までの水準に比べれば8%近く高くなっている。

このように、個人消費の増加と対外経常収支の赤字増加は、ほぼ歩調を揃えており、増加額もほぼ見合っている。したがって、「80年代の後半以降、アメリカ経済の順調な成長に伴ってアメリカ人の生活が豊かになり、それが経常収支の赤字増大になって表れた」と解釈することができるのである。

赤字で流出したドルはどのように環流するか

次に、アメリカの経常収支を国別に見てみよう。07年における赤字額は、対日本が1102億ドル、対中国が2897億ドル、対EUが423億ドル、対OPECが1281億ドルであった。これらの合計は5704億ドルであり、経常赤字総額の約8割を占めている。

99年における赤字額は、この順で、805億ドル、727億ドル、403億ドル、142億ドルとなっている。07年にかけていずれも増えてはいるのだが、日本とEUの場合は穏やかな増加である。急激に増加したのは中国とOPECだ。この2つだけで99~07年の増加は3308億ドルとなり、赤字全体の増加4447億ドルの74%を占めている。中国からの輸入は個人消費に充てられているだろうし、OPECからの原油輸入量の多くは自動車用ガソリンの増加に充てられているだろう。したがって、国別赤字の推移は、「アメリカ人の生活が豊かになったため、経常赤字が拡大した」という仮説を裏づけていると思われる。

では、対アメリカ黒字国は、黒字をどのようにアメリカに環流させているのだろうか?

最もわかりやすいのは中国で、対米黒字のほぼ全額が外貨準備となっている。つまり、中国は貿易取引で得たドルをドル建て資産のかたちで保有することによってアメリカに環流させているわけだ。

日本の場合は、日本の対米投資とアメリカの対日投資の差が、経常赤字にほぼ対応している。たとえば、07年の場合は、前者が682億ドル、後者がマイナス485億ドルで、この差1167億ドルがほぼ対日経常収支の赤字1102億ドルと対応している。

つまり、日本は経常収支(特に貿易収支)で対米黒字を実現し、それを資本取引を通じてアメリカに環流させている(なお、アメリカの対日投資は01年から06年のあいだ、継続的に年間200億~500億ドル程度のプラスとなっていたので、資本取引の総額は経常赤字より少ない年が多かった。ただし、巨額の介入が行なわれた04年は例外。また、日本の対米投資やアメリカの対日投資において、証券投資や直接投資だけでなく銀行間勘定などもかなりの額ある。これは、たぶんファンドなどの取引に関連するものであろう)。

OPEC、EUとアメリカのあいだの資本取引はかなり複雑だ。OPECの場合、対米投資が273億ドル、アメリカの対OPEC投資が141億ドルであるから、この差は対米経常黒字よりだいぶ少ない。つまり、OPECは中国や日本のようには経常黒字をアメリカに直接は環流させていないわけだ。

これに対してEUは、対米投資が1兆0190億ドル、アメリカの対EU投資が8681億ドルであり、この差1509億ドルは、対米経常黒字より遙かに大きい。つまり、EUは対米経常黒字を遙かに超える額を資本取引でアメリカに供給していることになる(このような現象は、ここ数年のかなり新しい現象である。対米投資が5000億ドルを超えたのは、04年以降のことだ)。

赤字をファイナンスする資本取引

この背後にある資本取引の姿は、次のようなものと考えられる。産油国は、アメリカ等に原油を売って得たオイルマネーを直接にアメリカに環流させるのではなく、イギリスなどのEUに持ち込む。そして、それをイギリスなどの金融機関が運用する。

こうしたことになるのは、ニューヨーク市場での金融取引規制強化や、テロ警戒の強化を産油国が嫌い、歴史的につながりの強いヨーロッパを選好するためであろう。なお、オイルマネーは、アメリカに対する原油販売だけでなく、日本などへの販売もあるから、ヨーロッパに持ち込まれるOPECのオイルマネーは、OPECの対米経常黒字より大きな額となる。また、ヨーロッパに持ち込まれるオイルマネーは、OPECからのものだけでなく、ロシアなどからのものがあるから、ヨーロッパが運用しうるオイルマネーの総額はさらに大きなものとなる。右で見たEUの対米投資が巨額になるのは、このためだ。イギリスが金融立国で復活したのは、このような背景による。

以上で述べた対米純投資の和は5185億ドルで、ほぼこれらの国の対米黒字に対応している。つまり、中国と日本は直接に資本取引で環流させ、OPECはEUを経由して環流させるというパタンの差はあるが、総体として対米黒字は資本取引を通じてアメリカに環流していることになる。

問題は、今の環流構造が将来も継続するかどうかだ。中国は外貨準備のドル離れを実現しようとしている。しかし、ドルが減価すると、保有しているドル資産の価値が減る。それは中国だけでなく、日本も回避したい。では、どのようにして問題を決着させるのか? 今、世界でかなり高度なゲームが行なわれていると見ることができよう。

ヨーロッパの資産運用はドルの価値を大きく左右する。ただし、これはいかにポートフォリオを組むかという問題だ。世界の命運はこの判断にかかっている。

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