70年代石油ショック時のイギリスをなぞる日本

1970年代の石油ショックへの対応において、日本が世界で最も優れた成果を上げたことは、よく知られている。その原因としては、賃金上昇率を抑制できたこと、省エネが進んだことが通常指摘される。

これらは事実であるが、原因はそれだけではない。円高を容認したことも大きな原因だ。なぜなら、この連載でこれまで強調してきたように、石油価格の上昇とはドル建て価格の上昇であり、為替レートいかんによってはアメリカ以外の国が被る影響は異なるものになるからだ。

70年代の初めに、国際通貨制度の大きな変革がなされた。71年8月にアメリカがドルと金の交換を停止し、ブレトンウッズ体制が崩壊した。それまで1ドル360円であった円ドルレートは、同年12月のスミソニアン合意で308円になった。さらに、それ以降の変動為替制度の中で円高が進み、70年代末には200円を超えるレベルにまでなった。

スミソニアン合意以前に比べれば、円の価値は大きく上昇したのである。このため、日本国内では石油価格はドル表示ほどには上昇しなかった。したがって、手物価や賃金への波及も、抑えることができたのである。

これに対して、イギリス、イタリアなどでは、通貨価値が下落した。このため、国内物価への影響は著しく大きなものとなった。

他方で、通貨価値下落にもかかわらず、貿易収支が改善することはなかった。これは「Jカーブ効果」と言われた。こうなるのは、価格調整に対して数量調整が遅れるからである。通貨の減価が進行しても、輸出数量が増加せず、受取りのドルは減る。このため、ドル建ての貿易収支は悪化してしまうのである。

両国はドル価値の低下に対して為替面の対応を誤ったため、経済が破滅的な状態に落ち込んでしまったのだ。この時代のロンドンは、中心街のオフィスが軒並み閉鎖され、ゴーストタウンのようだった。イギリスがこの影響から立ち直るには、その後20年以上にわたる期間を要した。

70年代初めと今の経済環境はよく似ている

日本で石油ショックが論じられるとき強調されるのは、先に述べたように、賃金上昇抑制したことだ。そして、これを可能にしたのは、企業別労働組合という日本特有の仕組みだと指摘される。これが「日本型経済制度」が優れているとの認識につながり、80年代における日本企業の世界進出とも相まって、日本型の経済制度に対する過剰な自信を生んだ。

しかし、右で述べたように、通貨価値の調整を巧みに行なったことの効果を軽視してはならない。これを実現できた理由は、金融引締めを果敢に実行できたこと、そして産業界が急激な円高に対応できたことである。この意義は、現時点において十分に強調されるべきであろう。

70年代との比較がなぜ必要かといえば、今世界経済で生じていることは、70年代初めの事態と同じであるからだ。その本質は、ドル価値の低下である。そして、金、原油、ドル、円、ユーロなどが、相対価値をそれまでのものから変更する過程にほかならない。これは、この連載で何回かにわたって強調してきたところである。

アメリカ経済の状況も、70年代初めと今は、非常に似ている。

第1に、危機に先立って繁栄の時代があった。70年代の通貨危機の前には、60年代のアメリカの繁栄があった。現在の通貨危機の前には、90年代のアメリカの未曾有の経済成長があった(60年代のアメリカの繁栄は、日本も高度成長していたことから日本人にも理解できる現象だが、90年代のアメリカの黄金期は、同時代の日本とあまりに対照的であったため、日本人にはなかなか理解できない)。

第2の共通点は、通貨危機に先立ってアメリカが戦費増大を経験したことだ。スミソニアン合意の前には、ベトナム戦争の泥沼があった。現在は、それと同じく泥沼化したイラクへの介入がある。

これが、経済繁栄に伴う家計支出の増加と相まってアメリカの国内支出を増加させ、経常収支赤字の拡大要因となったことは否定できない。

生産力の増強に結び付かない支出の増加で経常赤字が拡大すれば、通貨価値への信頼が揺らぐのは当然のことだ。

大きな違いは政策対応力の劣化

もちろん、70年代と今とでは、異なる面もある。しばしば指摘されるのは、70年代においては賃金上昇がスパイラル的なインフレを引起こす危険があったのに対して、現在では日本国内に賃金上昇圧力はないことだ。確かに、国内の賃金をめぐる条件は、70年代と今では大きく異なる。

また、70年代には、消費者物価の上昇がきわめて顕著に生じた。それに対して現在は、物価は上昇に転じているものの、生活を破壊するほどの急激なものとはとらえられていない。

しかし、今回のドル建ての原油価格の上昇率は、石油ショックのときと大きな違いはない(73年の第1次石油ショックで原油価格は1バレル約2~3ドルから10~12ドルに上昇、78年から80年の第2次石油ショックで30~40ドルまで上昇した。今回は2003年頃の30ドル程度から140ドルまで上昇)。

また、経済活動が国際的になっている今、国内で賃金インフレが起きなくとも、中国などの生産国で起きれば、同じことである。

8月25日付の『朝日新聞』によれば、広東省深圳市政府は04年から毎年、最低賃金を引上げており、この3年でほぼ2倍になった。7月には一挙に20%引上げた。広東省は個人所得を12年までに07年の倍にする計画を明らかにした。08年から少なくとも3年間は、最低賃金を毎年1割以上引上げるという。さらに、人民元は05年から20%以上切り上げられている。

中国での賃金上昇は、中国からの輸入品の価格上昇を通じて、日本国内に持ち込まれるだろう。だから、日本人の生活に対する影響は、今後かなり大きくなるはずである。むしろ、日本人の賃金が上がらないため、物価上昇が直接に生活水準の引下げを意味することに注意しなければならない。

それに加え、日本全体として、賃金よりは資産に依存する度合いが高まっている(退職後の世帯は賃金には依存できず、資産に依存して生活を支えているが、同じことが経済全体についても言えるのである)。だから、金利が引上げられないと、資産の実質価値減少という問題に直面する。

70年代と今とを比べたときの最大の違いは、政策対応能力だ。70年代の石油ショックの際には、それが日本存亡の危機であるという認識があり、その背景の下で、きわめて強力な経済政策が発動された。

それに対して、日本政府は今、「総合経済対策」というつぎはぎの糊塗策でお茶を濁そうとしている。こうした対応ぶりは、70年代におけるイギリスやイタリアに似ている。イギリスは、第2次大戦以降、継続的な経済力の低下で沈滞しており、社会階級間の対立が激しく、果敢な経済政策は採れなかった。

現在のような対応が続けば、これからの日本は、70年代以降のイギリスと同じく、20年を超える期間にわたって続く経済停滞に陥ってゆくだろう。

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